思い出に変わるまで
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2006年10月23日(月) 出血

病院へ行ってきた。

診察の間すごく不安だった。

昨日、おとといと新しい家の掃除に行ってた。
たまたま外泊許可の出た母も実家に帰っていて介護もした。

事の重大さに気づいたのは昨日の夕方。
いつもより多い出血があった。
晩ゴハンを食べてる時にお腹に張りや生理痛みたいな鈍痛も感じた。
寝る時には出血は鮮血になっていた。

切迫流産

するかも・・・。

ずっとお腹をさすりタメやさとしクンの手を借りて「がんばってね」って祈り続けた。

今朝には出血の量も増え、先週予約を入れてた診察の時間まで部屋でずっと横になって寝て過ごした。

先生の診断の結果

切迫流産の可能性が非常に高い。
赤ちゃんの袋(胎嚢)は育ってるけど肝心の胎児の姿が確認できない。
ひょっとすると既に死んでしまっているか、成長が止まってる可能性もある。
金曜に引越しを予定しているので水曜に再検査して、結果によって木曜日に流産の手術もするかもしれないので心積もりはしておいて欲しいと言われた。
流産してしまう可能性が非常に高い。
先生から断言されてしまうとさすがにショックだった。

お腹の子供が流れてしまう事は早期であればあるだけ母体の都合では無く、胎児自体の問題で流れてしまうんです。
そう記載された用紙を頂いたけど、この一週間安静にできなかった私の責任もある。
自業自得。
タメの断乳も完全には出来ていなかった。
授乳する事によって流産を引き起こしてしまったかも。
客観的に考えても今の私の体の状態で胎児が持つとは思えない。
絶望的だろう。
アレコレ考えたら涙が止まらなかった。
正式にはまだ7週5日だった。
胎児が育たない。
私の子宮は居心地悪かったのかな。
ごめん、ごめんね。
自分の体力を過信しすぎてお腹の子供をいたわってあげられなかった。


今は懺悔の言葉しか浮かばない。

さとしクン、ごめんね。
子供・・・守ってあげられないかもしれない。


mamirin |MAIL

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