思い出に変わるまで
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| 2007年07月06日(金) |
病院とライスバーガー |
ホームスティの受入れを決めた事を母に私は話していました。
昔、高校生の頃から英語を、英会話を勉強したくて商業科の高校卒業と同時に就職はせずに専門学校の道を選んだ。 高校二年の時にはバイトをしてお金を為、近所のハワイ出身の方の英会話教室に通い、彼の里帰りに同行して初めての海外旅行、ハワイに行った。 外国の文化や生活がとてもめずらしく、もっともっと現地の人と話がしたかったけど高校生ながら自分の英語力不足を実感した。 専門学校では貿易と英会話を学んだけどなかなか上達は難しく「語学留学」をしたいと思う反面、親に甘える気は無かったし、経済的な理由で諦めた。
昔からそんな事ばかり考えてたから母にしてみれば形は違うけど「私の夢」がひとつ叶ったという点では喜んでくれていた。
今回病院に入院していて自宅に戻れないのが残念だったけど、ホームスティの話が出た頃からデビ君に会いたいって母も希望していた。
夕食が外食する予定をしていたので仕事から帰ってから空いた時間を病院へお見舞いする時間にした。
デビ君は将来医者になりたくて、医学の道に進む人。 日本の病院も見てみたいという彼の希望も重なってスンナリ了承してくれました。
会った瞬間母は「MAMIのMarherです」って自己紹介。 脳梗塞の後遺症で言語障害がありながらも色々デビ君に話しかけてる。 聞き取りづらいところは英語に直して教えていたけど少し遠慮がちに「ハヤク ヨクナッテ クダサイ」って言ってくれました。 母も顔色、機嫌も良く幾分か楽しそうで笑ってました。
その後少し病院内を巡り、帰る途中にショッピング。
数日前、デビ君に今回の旅行の記念のお土産に私達夫婦からのプレゼント。 甚平を買う予定だけど、服のサイズもあるから今度一緒に買いに行こうと話してた。
その買い物をしました。 デビが選んだ甚平は濃紺のシンプルな甚平。 いたく気に入ってもらえた様で当日の夜から毎晩着てくれていました。 身長があるから私達もビックリする程似合っていましたよ。
買い物の後は一度帰宅し、仕事から戻ったさとしクンを拾い○スバーガーへ。 おととい日本の食文化の話をしていたらさとしクンが「僕のイチバン好きなハンバーガーショップは○スバーガー」と言ったのをきっかけにライスバーガーの話になった。 アメリカ人には珍しいみたいですごく興味を持ってぜひ食べてみたいという事で行ってきました。 想像以上においしかったみたいです。 特に海鮮テンプラのライスバーガーがね。
○スタードーナツのエン△ルクリームもいたく気に入りぜひカリフォルニア州にも店を出して欲しいと言ってた程。 甘すぎなくていいんだって。
日本食は彼の口にはだいたい合うみたいで納豆と生魚以外は何でも食べてくれました。
「おいしい」って言葉は嬉しい言葉ですね。 笑顔がこぼれてしまいました。
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