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■ おかんて難しい
昨日は旦那が宿直だったので、子供らも一緒に風呂には入れずに ばったりと寝ました。
・・つもりが夜更かししてんのねー。
いや、委託用に1冊づつ袋に入れながら深夜のTV (赤井と雅の「ごきブラ」とかパパイヤと石塚の「DEBUYA」とか・・・つい) 見てしまって、もう(苦笑)
お陰で今日は特に頭がぼーっとしてました。 そして眠い。寒いから眠い。 人間も動物なんだから冬眠準備だよ。 身体もこの時期、栄養溜め込むらしいし、やっぱり冬眠しなきゃいかんのだよ、人間も。
なんて身のない事を考えながら今夜の食事の買い物に。
スーパーで買い物かご持ってる私に(ベビーカーなのでカートは押せない) カートでぶかってきやがった女性がいて、もう、朦朧とイライラしてる私は (痛いやんかっ!!)と振り返ったら 「すいませーん!!」とでかい声で逃げられた。 「すいません」私もあやまったけど、きっと聞こえてないな。あの様子じゃ。
いらいらしてたけどそんなに睨んだ訳じゃないから 「あんなにでかい声で・・・地声がでかい人なんだろ」と思い 家に帰ってナニげに鏡を見たら 「・・・・おこってる・・・・」
普通の顔をしているハズの「日常的な私の顔」は『睨みモード』になっていました。反省。ま、いっか。
最近ちょっと「叱る」事の難しさを考えてます。 と言うのも長男が時々「叱っている」私を冷めた目でみている気がして。
間違った事をしたり、何度も同じことをしたり、危険な時などに「叱って」いるので、 正当な「叱る」理由はあるんです。 けどね、・・・ようは「叱り方」だな。
さとしているウチはまだ良いとして、どんどん熱がこもってくると 声は腹式で出すわ、標準語で叱り出すわ、女の言葉じゃなくなってくるわ・・・。
ようするに「でかい声でキツイ叱り方」になっていくんですね。
大人気ないです。ホント。子供と対等に並んでしまってたりもするし・・・。 感情的にもなってしまう。 「親をナメてんのか!てめー!」とまで言ってしまう事もあって・・とほほ、です。 (言われてる子供には通じてない)
これまでは抵抗しなかった長男(いや、全然しなかった訳はないけど) も「でも」とか「だって」とか自分なりに理由をつけて対抗してきます。 その理由がまた全然筋道にあってない。 子供なりの考えがあってこそ、と言うけれど、悪い事や危ない事に「子供なりの」の理由は通じないと思うの。 それは親のエゴですか?大人だけの正当性ですか?
「だけどあのままだったら圭太が怪我するやろ!!」とか 「そこは一旦止まれって言ってるやろ!!」とか 大人の視点だから見える事を子供に叩き込んで悪いですか?
さすがに昨日の夜、不安になって、蒲団に入りながら 「なあ、いっつもカーカンが『危ないから止まり』って言ってる所、覚えてる?」 と聞くと 「うん。覚えてる」と長男。 「なんでいっつも『危ない』って言ってると思う?」 「・・・車が来るから」 「よう分かってるやん。じゃ何で今日また前も見ずに、あんなスピードでシューって走ったん?車来てたらぶつかってるやろ?」 「・・・・・・」(説明がつかない) 「車、こーへんと思ったんか」 「うん」
ほら、この油断が子供よ。
もう少ししたら長男も自分なりの正当性をきっちりぶつけてくると思います。 それはそれで討論していく楽しみができると言うもの。 今の様に、私だけが躍起になって「叱って」るうちに「怒鳴りつづける」日々が 一番しんどいねー・・・これが。 ものすごい自己嫌悪に陥り、使ったエネルギーをダイエットに利用出来ないかと悔やみます。
風呂上がりとかバスタオルで拭いてやってる時に、この時がチャンスとばかりに私にしがみつき 「カーカン好き!」と言う長男があまりにも可笑しい。 「カーカンも和馬の事は大好きやで。・・・良い子にしてたらな」
嗚呼・・・。素直じゃない私を許せ和馬(笑)
「怒ったら恐い」と言われたカーカンも「でも好き」と言われたカーカンも そのうちあんたら男の子には「おかん」と言われたりするんやろな。 いくら怒っても「うっさいのー」ってあしらわれる日がくるんや。 それでもカーカンは怒らなあかん。
ほら圭太までが我を通し始めてる。みてみあの目付き。あーあ、何しとんねん。 うわっ、こらっ!!それはあかんて言ぅてるやろー!! あ、あほや、ほら、だからゆーてんのに、ほら、痛ない痛ない。 和馬、はよタオル持っといで!!ちがう、それは雑巾や。いつものトコにあるやろ。 うわー、こぼすなー!! あー!!!!!もーええ!!触るなー!!ごるぁっ!!こっち来ーい!!お前は座っとけー!!
・・・・「叱る」って難しい。
2002年11月06日(水)
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