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ねことおやつ
   
 

2004年04月28日(水) ★ 清子さん

「これが最後かもよ!」と
ママが、おばあちゃんに会っておこうというので、
おばあちゃんが入居している老人ホームへ行った。

なぜ、最後かというと、ママが勝手に作ったジンクスなのだ。
私がひさしぶりに会ったご老人はその数年後に亡くなってしまうのだ。


・パパ方の祖父母に10ン年ぶりに会ったことがあった。
 ふたりともとっても元気で、ちゃんぽんなんて一緒に食べたのに、
 そのつぎの年の夏、祖母が亡くなり、
 秋になると後を追うように祖父が亡くなった。
 それを知らされたのはその次の年の1月だった。
 あれは 夢のようだった と思った。泣いた。
 私がママ方に引き取られたから、あれが最後になってしまったのだ。
 大人の事情で、孫が会えないなんて。私はパパの子供じゃないと思う。


・数年前の正月、ダーの実家に一緒に帰った。
 ダーのおばあちゃんは入院していた。
 お見舞いに付いて行くと、ベッドの上に起き上がったおばあちゃんが居た。
 ボケる事なくシャキっとしていて、お話もした。
 遠目に見ると疲れているようなのだけど、瞳にだけなにか力が宿っていた。
 帰るとき「握手しとくれ」とおばあちゃんは言った。
 ダーの手を包み込むようにおばあちゃんの両手が包む。何故か泣きそうになった。
 おばあちゃんは私の手も握ってくれた。何も言わず、じっ と私を見て。
 その次の年の1月の雨の日、ダ−も私も風邪を引いて寝込んだ。
 夜中にすっ、と目が覚めたダ−は おばあちゃんが亡くなった連絡を貰った。






私のおばあちゃん…ママ方のおばあちゃんは、もうボケていてお話も機嫌がいいときしかできない状態になっている。ちょうど風邪を引いてるとかで、熱が少しあるとの事だった。洋服の襟を口にくわえて放さない。


老人はボケると記憶が幼児に戻って行くのだそうだ。
どんどん 還って、何処へ行ってしまうのだろうか。

何を話せばいいのか解らなくて、ただ傍に居た。すぐに帰っちゃいけない気もした。
帰る時 初めて、おばあちゃんの手を触った。
襟をくわえ握りしめているおばあちゃんの手は、乾いて柔らかかった。
手を摩ってあげると おばあちゃんは、少し笑ったようだった。
ダーもおばあちゃんの手をさすってくれた。
私はおばあちゃんの ほほに触れた。
おばあちゃんは 笑った。笑った…と言っても、「ほら、笑ってる」とママが言わなければ誰も解らないくらい不器用に、笑った。
私は おばあちゃんのほほを少し多めに撫でてあげた。

もう、お話ができなくても こうしてコミニュケーションはとれる。
おばあちゃんに、もっと触ってあげるべきだと思った。
ママも、おじちゃん(ママの兄)も、おじちゃんのお嫁さんも。

…って3年ぶりに帰って来た人のいうセリフじゃないけど。






私の記憶にあるおばあちゃんは、はつらつとしていて、おシャレと歌とお金を貯めるのが好きだった。一緒に買い物に行ったりもした。おばあちゃんはびっくりするような大輪の花が色とりどりに描かれたロングスカートを買った。若すぎる買い物だったけど、おばあちゃんにとても似合った。「舟焼き作ってやるけん」と小麦粉でホットケーキを焼いてくれた。魚肉ソーセージを朝ご飯でいつも焼いてくれた。私が好きだったから。私は、おばあちゃんの作る料理が好きだった。

私は九州を離れて、数年おきにしか帰らなくなって、
私は会う度 髪型とか服装とかがくるくる変わるものだから、
おばあちゃんから見るといきなり大人になって帰ってくるのだろう、
帰る度に おばあちゃんと私は昔程の親密感がなくなった。


佐賀空港が出来るとかで本家は道に変わってしまった。あのおばあちゃんの家が好きだったのに。家を移ってから もともと嫁姑が仲悪かったものだから、おばあちゃんはしばらくママと暮らしていた。ママが入院する事になって、おばあちゃんは老人ホームに入った。


おばあちゃんは、すごく小さくなっていた。
ちいさくて ちからがなくなっていた。





おばあちゃんの好きな、おじいちゃんは若い時に死んでしまって、
女手ひとつでママたち3人を育てあげ、その後に嫁姑の人生があって、
今は、どんどんちいさくなっていく。

おばあちゃんは、幸せだったのだろうか。
そんなことばかり考えていた。





また、おばあちゃんに会えるかな。

近くにいるからって、幸せにしてやれるって訳でもないけど、
親元から遠くに住むって、最高に親不孝だと思った。








私が生きて行く中で、いつか機会があるなら
また、九州に住もうかななんて思った。
全く知らない土地がいい。

今度は 熊本か宮崎・鹿児島あたりに、住みたいかな。








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帰り、ママとダーと3人でスーパーに寄って適当に安いもの買って帰った。
今晩の食事はダ−が作った。

スープ・茄子とひき肉のオイスターソース炒め・じゃがいも炒め・オムレツ…が失敗してスクランブルエッグ。

今日の料理はどれもこれも成功。とっても美味しかった!
ママは、オイスターソースを使った事がなくて、
この不思議な味をとても喜んでくれた。



父長崎人+母福岡人=純血の九州オンナ、福岡に産まれ、
関東→京都→佐賀→京都→横浜→群馬と流れてます‥

レイ 

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