月の輪通信 日々の想い
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朝、あわただしく朝ご飯。
あわてず騒がず、ゆっくりと朝食の席に着いたアプコの髪を、私がきゅうきゅう、引っ張りなが ら三つ編みにする。
「なーんか、アプコが一番偉そうやねぇ。本番前の大女優さんみたい。」
オニイやオネエが、ぱたぱたと食事を終えて席を立っていくのに、アプコはまるっきり、急ごうと はしない。
あくまでもマイペース、マイペース。
「アプコは大きくなったら、ファーストレディになったらいいやん。」
アプコのお姫様ぶりに、オニイがからかう。
「ファーストレディって何のことか知ってるの?」
「うん、なんかアプコえらそうだしね・・・」
うふふと、父さん母さんは笑ってしまう。
うちの中ではいつまでも「姫子」で、マイペースに育っていくアプコ。
ファーストレディとは言わないけれど、自分の好きなこと、やりたいことをどんどん自分のものに していきそうな、大物の予感がある。
「でも、オカアチャン、おばあちゃんになってしまうねんで・・・。」
急にアプコが半ベソをかいて小さな声で言った。
「???」
なんだかワケが判らなくて、みんながアプコの顔をのぞきこんだ。
「あ!」
不意に、私にはアプコの半ベソの意味が分かった。
数日前の私とアプコの会話。
「オカアチャンがおばあちゃんになって、お耳がきこえなくなったら、大きな声でお話ししてくれ る・・・?」
あれを、覚えていたんだね。
アプコが大きくなって、大人になるということは、オカアチャンが年をとっておばあちゃんになる ということ。
寝ぼけているように見えたけど、オカアチャンのお話、アプコの小さな胸にずんとこたえていた んだな。
「ごめんごめん、大丈夫よ。
アプコちゃんが子どものうちは、オカアチャンはおばあちゃんにならないよ。
お耳もよく聞こえるし、階段もとんとん降りられるよ。」
私はアプコの泣きベソがたまらなく愛しくなって、あわてて畳みかけた。
「ず−っと、ずーっと、オカアチャンはオカアチャン。ホントだよ。」
ポロリとこぼれかけたアプコの涙が、すっと引いていく。
「早く卵、たべちゃおうよ。オカアチャンが食べちゃうよ。」
湿っぽくなる前に、このお話はおしまい。
ごめんごめん、オカアチャンが悪かった。
毎朝、毎朝、目覚めればオトウチャンがいる、オカアチャンがいる。
百年前からそのままで、百年先でもそのまんま。
幼いアプコの毎日は、当たり前のように永遠に続いていく。
空を飛ぶ鳥のように、海に住む鯨のように、アプコは明日を疑わない。
そんなアプコの無邪気な永遠に、オカアチャンの勝手なメランコリーや感傷のために影を落と してはいけなかったのに・・・
「いつもいつもオカアチャンが好き。」
そんな甘いアプコの言葉に、明日の不安や昨日の感傷を癒していく身勝手なオカアチャン。
アプコにとってのオカアチャンは、いつも大きな声で笑い、悲しいときには抱っこしてくれ、あつ あつの塩おにぎりをハイッと渡してくれる大事な「永遠」の一つだったんだね。
ああ、やっぱり、「オカアチャンがおばあちゃんになったら・・・」は失言でした。
園バスへの道のりをアプコと歩く。
オニイと歩き、アユコと歩き、ゲンと歩いてきた毎日の道のり。
毎年、おなじ場所に咲く山アジサイも、春の終わりににょきにょき伸びる「破竹」のせいくらべも、アプコにとってはいつも永遠。
アプコの背がのび、青い通園靴が小さくなってもアプコの世界はいつもそこにある。
その永遠を大事に守ってやることも、母の大事なつとめの一つでした。
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