月の輪通信 日々の想い
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小学校、アユコの学年行事。
子ども達とおかあさん達のソフトドッジボール大会。
子ども相手とはいえ、運動不足のおばさんにはドッジボールは少々きつい。
とっとと痛くない程度にボールを当ててもらって、外攻めにまわるに限る。
ドッジボール終了後、5年生の子ども達が学級園で栽培した小松菜をおかあさん達に販売する ことになっていた。
「私たちが栽培した小松菜です。無農薬のおいしい野菜です。買っていただいたお金は次の作 物の肥料代にします。どうぞ買って下さい。」
各クラスの代表が、おかあさん達に挨拶。
きまじめなアユコもその挨拶係を仰せつかっていたらしく、前に出て緊張した面もちで話してい た。
今、学級園から収穫してきたばかりの小松菜は、育ちすぎといっても良いくらい立派なお菜っ ぱだ。
「おかあさん、買ってよね。」
と念を押すアユコ。
一束10円の安値にも釣られて、二束頂く。
「せっかくアユコが作ったお野菜だからお料理もアユコがやってね。」
ということで今夜のメニューは、小松菜と豚肉のスープ。
洗い桶に水道水を満たし、青々とした小松菜を洗う。
ダイナミックに収穫された小松菜は、まだその根っこに畑の黒々とした土をたっぷりと付けてい る。
流しが泥だらけになるので、キッチン鋏でバチンバチンと根っこを始末する。
「葉っぱの一枚一枚をきれいに洗ってね。小さな青虫が結構いたよ。」
「えーっ!」
アユコがちょっと弱った声を出す。
「あったり前よ、無農薬なんでしょ。虫にとっておいしい菜っぱは、人間にもきっとおいしいよ。」
面白がってちょっと意地悪を言ってみる。
「無農薬だから、安全でおいしい野菜。」
子ども達は教えられた通りの知識で、自分たちの作物を売り込んでいたけれど、実際に自然 のままに雄々しく育った野菜には、どろんこも青虫さんももれなく着いてくる。
母の意地悪と、次々に見つかるツメの先ほどの小さな青虫たちににうんざりし始めたアユコ は、それでもザバザバと何度も水をかえて、お菜っぱを洗ってくれた。
細切りの豚肉と緑豆春雨で、野菜たっぷりのスープを作る。
取れたて新鮮野菜の張りのある緑が、暖かいスープに溶け込んで、秋の夜の嬉しいごちそう になる。
「ほら、店で買った野菜は泥も付いていないし、虫食いのあともない。
お料理するのも簡単だし、味もそれほど変わらない気もするよ。
それでも『無農薬』がいいのは、なんでなの?」
スーパーのお菜っぱを見せて母の意地悪、もう一押し。
おいしくできたスープを味わいながら、アユコしばし黙考。
『無農薬』が体にいいだろうと言うことはよく分かる。
自然に育てられた自家製野菜を頂くと、その奔放な生命力あふれる緑に、思わず心が豊かに なる。
そして、育ち盛りの子ども達に本物の味、自然の味覚を十分味わわせてやりたいと思うのも、 確かに親心ではある。
その一方で、虫食い野菜をきれいに洗う手間は面倒だ。
葉脈の陰からひょいと顔を出す青虫さんにも、ちょっと手がすくむ。
その上、価格も少々高い。
『無農薬』がいいと、分かっていながら、きれいに姿のそろったスーパーのお野菜に手が伸び る主婦の思い。
そんな小さな矛盾が、農家の人たちに虫食い一つない、こぎれいな『農薬使用野
菜』を作らせてきたのだと言うことを、アユコは理解できただろうか。
一株の小松菜を、人は小さな虫や動物達と分け合って食べて、生きている。
土と太陽と水が、十分に慈しんで育てた青菜には、虫や動物を等しく育てる自然の力が満ちて いる。
きれいで便利なスーパーの野菜に慣れた母にもエネルギッシュな自然野菜の一撃。
まことに貴重な「体験学習」の機会を頂いたようだ。
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