月の輪通信 日々の想い
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2003年10月30日(木) だれの為の柿の木?

この間(23日)、「秘密の味」で、ミニおむすびのことを書いたら、なんとなく朝の台所の人口密
度が高い。

お弁当おにぎりの残りご飯でほんの一個、こしらえるだけだったのに、へたすると、4人分のミ
ニおにぎりがいるようになる。

これでは「秘密」の意味がないではないか。

この日記の隠れ読者であるオニイはともかく、アユコやゲンもこれを読むようになったか?

とにかく、別の「秘密」を考える必要がある。

あほらし・・。



お向かいのMさんに招かれて、子ども達とお庭の柿の実を取らせてもらう。

Mさんは一人暮らしのおじさんで、あちこちで呼ばれて造園の仕事をしておられる。ご近所では
ちょっと偏屈な人で通っているが、うちの子ども達にとってはめっぽう気前の良い面白いおじさ
んだ。

毎年、柿の実が赤くなると、「子供ら連れて取りに来て。」と声をかけて下さり、鋏だの梯子だの
を用意して子供らに収穫させて下さる。

「わしは柿はあんまり食べへんのや。」

といいながら、Mさんのおうちには立派な柿の木や栗の木が丁寧に植え込まれていて、収穫の
時期になると気前よく子供らに分けて下さる。

その量たるや半端ではないので、あちこちにお裾分けしてようやく消化するくらいだ。



今日取らせてもらった柿の木は、Mさんがハイキング道側の庭に植えた若い木で、今年は細
い枝がしなだれかかるほどたわわに実を結び、道行く人が口々に指さしては、その下を通り過
ぎていく。

道行く人がちょいと台にでも乗れば届きそうな、でも通りすがりに失敬するには高すぎる、そん
な微妙な高さにみのった柿の実。

そんな羨望の的を

「枝ごと切っていってええんやで。ようけ、持ってかえってや。カラスに喰わすだけやから・・・」

と気前よくいただけるうれしさ。

ゲンが得意になって梯子にのぼり、パチンパチンと落とした実を、アプコがナイロン袋に集めて
回る。

胸躍る収穫の楽しさを知っていて、Mさんは毎年子供らを自宅の庭に招き入れ、「勝手に取っ
てて。」と道具だけ貸して下さる。

子どもの喜ぶこと、よく知っておられるのだなぁ。



Mさんの息子さんはとうに独立して、都会に住んでおられる。

盆や正月にも永らく帰省されたこともない。大きな会社で隆々とやっておられるらしいが、ご近
所では誰もその息子さんの姿を見た人がいない。

奥さんもなくして2頭の犬との一人暮らし。

毎日、どこやらの庭仕事やら、簡単な土木工事やらを引き受けて軽自動車で忙しく走り回る。

広いお庭はいつも丁寧に掃き清められ、庭木はしょっちゅう鋏を入れてきれいに刈り込まれて
いる。

十分に手入れの行き届いた柿の実は、艶やかで上々の出来。

「自分では食べない」という柿の木をMさんは何故わざわざ自宅の庭に植え込むのだろう。

本当にMさんが「柿取りにおいで。」と呼び寄せたいのは、うちの子ども達ではなくて、どこか遠
くに暮らす我が子、わが孫達なのではなかっただろうか。



一人暮らしの長いMさんには、もはや息子とか孫とか、血縁の人の匂いがかけらもしない。

ずーっと独身で通してきた人のように、近親者の陰がどこにも見えない。

それでも、

「お宅のニイチャン、こんなん、いらんか?」

と、時々カブトムシの幼虫だの袋一杯の栗の実だの思い掛けないプレゼントを持ってきて下さ
るやり方は、子どもを育てた人だけが知っている子どもの喜ばせ方のひとつだ。

そんなとき、

「ああ、この人にも子育ての時期があったのだな。」

と想いが至る。

「またいつでも取りにきいや。」

と、笑顔で送りだして下さるMさん。

一人暮らしのMさんに、いつもにぎやかで騒がしい我が家の4人のこどもたちの日常はどんな
風に映っているのだろう。



2頭の愛犬にぶつぶつ小言をたれながら、さっさと足早に散歩に出掛けるMさんの足取りが、
このごろ少し年老いて見えるような気がする。



・・・追記・・・

柿取りのあとに、父さんがMさんから頂いてきた物がある。

「盆景石」というのかな、黒塗りの盆にのったつやつや光る高そうな石。

どこかの倉庫で眠っていた物をもらってこられたようだ。

Mさんの贈り物には時々「ん?」と首を傾げる物も混じっている。

今朝、登校前のオニイが訊いた。

「この玄関に置いてある石、何?」

「あ、それね、霊験あらたかな石でね、三回なでて、アタマを撫でるとアタマがよくなるらしい
よ。」

「え〜?うそ〜ぉ」

といいつつ、おそるおそる石を撫でてみるオニイ。

朝からひとしきり笑わせてもらった。

Mさん、ありがとう。


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