月の輪通信 日々の想い
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来月、久しぶりに薪の窯を焼く。 工房の薪窯は、古来から伝わる桶型の特別な窯だ。 普段、工房での焼成は主に電気の窯で行っており、薪窯は格の高いお茶道具など窯変の作品を焼くためだけに使用している。
今回はオニイが、薪窯の焼成に作品をいれてもらえることになった。 基本の抹茶茶碗を制作するのだという。、 これまで我が家の子ども達は、遊びで粘土をいじらせてもらったり、窯番や土作りなどの下仕事の手伝いをしたりということはあっても、きちんとした作品の制作はさせてもらったことはない。 春から工芸の専門学校へ進むオニイに、他所で陶芸の基礎を習い始める前に、自分の家の窯の古来の技法の入り口だけでも学ばせておきたいと言う父さんの親心なのだろう。 オニイ自身もそんな父の想いが判るのか、「じゃ、仕事場、行ってくる」と少し緊張した面持ちで工房へむかう。 「おお、なんかかっこいいじゃん」と茶化してしまいそうな言葉をぐっと呑み込んで二人を見送る。そこには、母や妻の入る余地のない厳しい師弟の時間が流れているのだろうか。
年末年始、親類や知り合いの人に会うたび、オニイの進路が話題に上った。 「どこ、行くの?」 「春から京都の伝統工芸の専門学校へ・・・・」 「おお、いよいよ跡取り修行やな」 何度も繰り返された会話。 父や母にとっては、晴れがましくちょっとこそばゆい嬉しいやり取りだけれど、当の本人はどう聞いていたのだろう。 正月の帰省の折、バイトのため一足遅れて母の実家へ向かう車中で、父さんと将来について話をしたらしい。 陶芸を学ぶ道は選んだものの、陶芸を生涯の仕事としていけるのかどうか、それだけの実力が自分にあるのかどうかなど、自分の不安や思いを率直に語ったのだと言う。 普段なかなか親に本心を明かさないオニイにしては珍しいことだと、父さんが言う。
外から見れば、父母の望む希望を汲み取って進路を決めた従順な跡取り息子。 けれども、誇り高く、自分の世界を頑固に守る若いオニイの内心が、そういつまでも穏やかに流れていくとは思えない。 「伝統」やら「跡取り」やら、常に作り続ける「作家」としての苦悩やら、現代っ子のオニイがこれからぶつかって行くであろう壁は厚く高い。 迷いなくすんなり歩き続けられるほど、穏やかな道のりではないはずだ。
迷えばいい。 ぶつかればいい。 たくさん回り道をすればいい。 全く違う道へ方向転換してしまってもいい。 とりあえず君は、入り口に立ってくれた。 それだけでも父母は十分に嬉しい。
オニイが帰った後の工房で、製作途中の茶碗を見る。 一つ一つ、父さんに教えられたとおりに拵えた基本の茶碗。 生真面目で素朴でまっすぐなその茶碗の形が、期待と不安にどきどきしながら門前に立つ若いオニイの後姿にも見えて、なんだか胸が熱くなった。
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