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■ 原稿書きを始めると、何故、日記まで勤勉に書かなくてはいけない気になるのだろう?
―――真にしなければならない事は、冬コミの原稿である。 それは、誰に言われずとも解っている事で。 駄菓子菓子!!(←古すぎ) これも毎度毎度の事ながら、テスト中に漫画読みふけってしまったり、小説全巻読破してしまったり、はたまた、今しなくてもいいじゃん!!っていうような、部屋の掃除を始めてしまったりするのが、人なのである。ああ、何故なのかしらん。 いってしまえば、現実逃避の一つである。 典型的である。 馬鹿である。 けれど、解っちゃいるけど止められない♪(BYスーダラ節) ―――本日は、原稿の為に…ではなく!(汗)勤務時間調整も兼ねて、週末金曜休みにシフトを組んでいる為、お休みであった。 本来ならば、原稿、原稿、原稿三昧の週末にせねばならぬ所だというのに…木曜日、寝たのが、日付変わって金曜日になった朝の5時(爆)前夜、顔洗ってセルフで、マッサージして、目の下パックして……ついうっかりうたた寝二時間かまして、目が覚めたら、日付が変わってて、Σギャフン!となった我輩は、これではいかんと!とがんばって原稿を(再録原稿の直しだが/苦笑)読み出して……気がつけば3時を回っていた。―――そろそろ寝なければ。そう思い、とりあえず最後のメールチェックと、bbsチェックそして……ああ、そう言えば〜と、種のsssなんか書きはじめちゃって(とあるサイトで誰でもトライ20題なんてものを発見して、ついつい、なにかかけそうだな〜とか思ってプリントアウトしておいたのが、手元にあったのが運の尽きだったらしい/笑)―――気がつけば、馬鹿コント書いて、自分は楽しかったが、ひとりよがりになりはしないか?と自ら突っ込みをいれたくなるようなものが完成。―――ひよっている内に、時計の針は朝の4:30を指し、夜早く朝早い、典型的な老人サイクルで生活している父が起き出した物音をBGMに就寝……次に目覚めた(叩き起こされたともいう)のは、日も高くなった10:00頃だった。―――それで、直ぐに原稿に取り掛かればいいものを…ママ上さまに、「部屋の片付け」を厳命され、「そげな時間内のに〜〜〜」と泣き言をいいながら、ついつい真面目に片付けをしてしまう我輩。―――これは、現実逃避だな。そうなんだろ!?とやっぱり自らに突っ込みをいれつつ、適当に片付いた後は、先行予約のその後の処理をえっさほっさと済ませるべく、郵便局に行ったりしているうちに、気がつけば日は傾いて……ああ、フロはいらなきゃ。で1時間(爆)―――長いんだ。長風呂なんだ、我輩!!(えばり←なぜ!?)―――現在進行形で、原稿は五里霧中、書き下ろし?なにソレオイシイの?という状態で、我輩ピンチ!?←ああ、いつもの事だな。学習しないな、このオンナ(苦笑) ―――とりあえず、今日明日で手直し&プリントアウトまでは終わらせたい。いや、終わらせるんじゃ!日曜日には、チビギャングどもがやってくる!そして、多分頑張ってあんまり飲まずにいたお酒を飲んでしまうだろう、心の弱い我輩の坑道パターンが読めてしまっているので!(←おい)勝負は、今夜から、日曜の朝までである。これぞ、地獄の一丁目。―――あと、2丁目、3丁目がある予定!(自爆)――――――でも、プリンタヘッドは新しい買えたので、プリントに問題はない筈!まにあってよかった!でも、ヘッド位置調整しても、微妙にプリントが整わないのは、やはり古いバージンのプリンタだからなのか!?新しいヘッドの癖に、いま一つ調整プリントが綺麗に出ないジャン!と微妙に良品じゃなかったのか!?とか、一抹の不安を抱きつつ。―――新しいヘッドになってから、プリントアウトは、調整用印刷しかしていないので、どうなるかが少々心配な、今日も今日とで、原稿から現実逃避で今日和vな我輩。
<今日は何の日?> ▲平将門、常陸国府を襲撃(939) ▲とんちで有名な一休宗純、没。87歳 ▲近松門左衛門、没。72歳(1724) ▲フランス人のモンゴルフィエ兄弟が気球で初の有人飛行成功(1783) ▲東京・木挽町(現在の銀座)に歌舞伎座開場(1889) ▲関西鉄道会社で客車の外側に塗装を施して等級を区別(1896) ▲第一回早慶戦。11対9の接戦で慶応勝利(1903) ▲トルストイ、没。82歳(1910) ▲ニクソン米大統領が共同声明を発表し、「核抜き」「本土並み」の1972年 沖縄返還を確認(1969) ▲第一期長島巨人軍監督誕生(1974) ▲ユネスコ、「体育・スポーツ国際憲章」採択(1978) ▲伊豆大島三原山、209年ぶりに大噴火。島民ら1万300人、観光客2000人に 島外避難命令(1986) ▲バングラデシュで非常事態宣言(1990)
=誕生花= ●ほたる袋 (Campanula) 花言葉:誠実
―――…一休さんといえば、我輩にとっては、アニメの「慌てない慌てない、一休み一休みv」という小坊主姿の彼しか思い浮かばないが、一休さんは、ちゃんと実在の人物である。もちろん、一休さんにいつも泣きついていた武士の彼(名前忘れた…なんだっけ?ナニ衛門さんだっけ??)彼も実在の人物である。フィクションなのは、アニメのストーリィである(苦笑)言われるまでもなかろうが。まぁ、確かに、屏風の寅とかは、真面目にそういう話しがあったらしいが(苦笑)―――京都の金閣寺を建てた足利義満の時代だから、かなり世は平和で、文化が花開いていた時代。一休さんは、次の時代直前まで生きていた…筈だ。うろおぼえ。つか、めさめさ、当時のニンゲンとして、ご長寿でんがな!あんさん!!(←おもわず突っ込む)とりあえず、お亡くなりになった日ということで、ご冥福をお祈りいたします。……なむなむ。
2003年11月21日(金)
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