半ば強引に行く事を決めた。
12月はクリスマス商戦。仕事を休むことは難しい。先週末にも行く気で連休を取っていたが、直前でダメだと言われたし、来月に入ると彼も忘年会で忙しいだろう。あたしに逢う時間をとってくれるとは思えない。だからどうしても今月中に逢いたかった。
本当は休めるような日程ではない。急に冬のプレセールの日程が前倒しになった。本来なら店長のあたしがいなくてはならない初日。それをおして休日を取るには、仕事を絡めるしかなかった。
万一逢えなくても、あたしはいかなければならない。
どこか近場にホテルを手配しようと思った。見知らぬ土地で、逢えなくて途方に暮れるのは困る。水曜の夜にメールを送った。
「どっちにしても行くので、どこかホテルを取ろうと思います。」
当然、すぐに返事は来ない。 曜日が変わって、木曜日の午前1時前。ちょうど、あたしがお風呂に入ってる間に、彼からのレスが来ていた。
「金曜日なら普通に逢えるよ。」
気付いてすぐに返事をする。
「じゃぁ、普通に行きます。」
マナーモードの携帯が震える。電話だ。
「横須賀か、静岡かに寄ろうと思って。」
「横須賀?遠いよ。」
「そなの?じゃぁ、静岡にする。」
「何時頃静岡なんだ?」
「仕事で行くから、朝かが動くよ。移動するのは夕方だと思う。」
待ち合わせの場所を決める。時間は?どうするの?
「がんばれば8時には着けるかもしれん。」
「がんばってくれるの?」
「さあ。」
さあ。だって。さあ。って言われちゃった。逢える?逢えるんだろうか。 でもまだ当日まで時間がある。
明日、キャンセルされるかもしれない…。少し心配。そんなことはしないだろうと思うんだけど、そんな心配をしてしまう。
どちらにしても、あたしは金曜日の朝に東に向かう新幹線に乗る。
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木曜日。 午前中。キャンセルメールはない。この時間は仕事してるから。 午後。まだメールは来ない。まだ仕事中だろう。 深夜。この時間帯が一番怖い。
午前2時まで携帯を気にしていたが、キャンセルのメールはなかった。 それでもまだ不安。
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朝、バタバタと用意をし、駅へ急ぐ。 午前10時台の新幹線に乗らなければいけない。
新大阪で、いつものように、雑誌を買い、飲み物を買う。 乗る予定の新幹線が、思ったより混んでいそうだ。 自由席のチケットを指定に変更しようと窓口に並んだが、なかなか進まない。 もう時間がなくて、諦めて自由席車両の長蛇の列に並ぶ。 幸い、窓際に座れた。
隣に座った人が大きな声で独り言を言うサラリーマン。何かと話しかけてくるので、困惑する。雑誌を読んでいると話しかけてくる。コーヒーを飲むと話しかけてくる。 困ったので、寝たふりをしていたら本当に寝てしまった。
以前に1度この駅で降りた事がある。途中下車だったので、駅前でお友達とお茶をしただけだ。せっかくなので、お友達に連絡を取ってみたら、病気で寝てるという。残念だね、逢えないね。逢いたかったのに。
迷いながらバスに乗り、やっとのことで到着。 数時間をそこで過ごし、店長といろんな事を話し、画像を何枚も撮る。 自分の店のスタッフに電話をして、状況を話し、アドバイスし、本社のMDに連絡し商品を調達し、ちゃんとお仕事。きっちりお仕事。
お休みなのにね。頭のなかは、やっぱり仕事でいっぱい。
夕方、在来線に乗って移動する。 知らない駅。知らない土地。 列車のスピードが早い。駅と駅との距離が長い。
逢えるのかどうか、まだあたしは不安だ。 一応、到着時間をメールで伝えておく。
「午後6時半頃になります。」
知らない景色を眺めながら、携帯を手に取る。
「それは早いな。」
返事が来ていた。 どうやら、本当に逢えるらしい。
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待ち合わせ場所の駅に着いた。
以前に車で通りがかった事がある。 ああそう、漁港へ行った時だ。
駅前から少し歩く。時間はたくさんある。 歩いていると、見たことがある風景。 ああ、ここ車で通ったんだ…。 そう思いながら歩く。
午後から降り出した雨は、小降りになっていた。 ビニール傘をさして、歩く。 メイン通り。脇道。 古い商店が多いアーケード。 午後6時過ぎには、すでに店を仕舞いかけている。
テクテクと歩いて、駅前ビルに入ってみたり、アーケードの端までいってみたり。 雨で路面が濡れていて歩き辛い。スニーカーを履いてくればよかったと後悔する。
なぜだか、外国人が多い。 交差点に数人でたむろして立っている。 すれ違う中にも何人もいる。
女子高生の集団。 大阪とはまったく違う。とても短いスカートの下は、半ズボン? あしもとはプレイボーイのソックスに、何故かキティちゃんの健康サンダル。 …そんな流行なの?
駅前広場に、着ぐるみ族?らしき若い女の子が数人。 金髪、ガングロ、オールインワンのピンクの着ぐるみ。あしもとは、またキティちゃんの健康サンダルだった。初めてみた姿に驚く。 しかも、みんな同じピンクのオールインワン。 …可愛いんだろうか…。
歩き回って足が疲れたので、バーガーショップに入って休憩することにした。 携帯を確認すると、またメールが来ていた。
「まだかかりそうなので、漫画喫茶にでも行っていて下さい。」
ひとりでいると、周りの会話が耳に入ってくる。 女子高生の会話。イントネーションは標準語。 キャバクラでバイトしてるらしい女の子の会話。
「…最低1日1万5千は堅い。良かったら5万。」
得意げにどうやって売上げを伸ばすのかを延々と話している。 どうやら友人をバイトに誘っているみたい。
漫画喫茶なんて、歩き回ってみたけどなかったしな…。 山葡萄スカッシュを飲みながら考える。 駅のこちら側にないとすると、反対側かしら。
タウンページで検索して、駅前の地図を確認すると、反対側に1軒あるようだった。 駅を通り抜けないと。
「すみません、反対側に出たいんですが、どうやっていけばいいですか?」
駅員に聞くと、どうやら通り抜ける事は出来ないらしい。 ずぅっと大回りして、地下道まで歩くしか方法はないらしい。 教えられた通りにテクテクと歩く。 ずぅっと右に行って、歩道橋を上がって降りるとそこに反対に抜ける道路がある。 結構な距離。
反対側は、少し怪しげな飲み屋が多かった。 パチンコ屋、韓国バー、スナック。
「○○市に突入。」
ん?もうわりに近くなのかな? 土地勘がないので、いまひとつわからない。 漫画喫茶も発見したんだけど、入ってすぐに出るのも嫌だったので、そのまま歩いて10時までやってるスーパーに入って待つ事にした。
時刻は午後8時過ぎ。
1階から3階まで見てまわって時間を潰す。 タバコを吸いたいと思ったが、喫煙場所がない。 仕方なく、入り口横の灰皿があるばしょで一服。
「足が痛いなぁ…。」
歩くための靴ではない。 晴れていれば、どこかに座れたのに、座る場所さえもない。 見るものもないので、ぼぉーっと待っていた。
どれくらい待ったんだろう。やっとメールが来た。
「まもなくつきます。」
ああ。ほんとに来てくれたんだ。
どんな顔をして逢えばいい? きっと普通にこんばんわって言うんだろうけど。 毎回そんなことを考えてしまう。
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思っていた方向と違う方に車を発見した。
一瞬、反対側に停まってくれたが、4車線の道路を渡る事が出来ない。 どうしようと思ってると、結局ぶーんと走り去った。 どうやらUターンしてくれるようだ。
ハザードを着けて停まる車に乗り込む。
「こんばんわー。」
「こんばんわー。お久しぶりです。」
「はい。お久しぶりです。」 なんだ、やっぱり普通だ。 本当はすごく逢いたかったとか言いたいんだけど、そんなことは言えないし、言わない。
「何を食べますか?」
「なんでも。洋か和かと聞かれれば和です。」
「和かー。和ねぇ。ないんだよなぁ…。」
ないなら聞くなよ。笑。 どこでもいいし、なんでもいい。そんなにお腹が空いているわけでもないし。
結局、前回と同じく、深夜の焼き肉になった。
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