おひさまの日記
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私達にはそれぞれの扉がある。 その扉を開けると、自分の世界が内奥に広がっている。 そして、私達は心許せる人にその扉を開き「さあ、中へどうぞ」といざなう。 私の世界を、あなたには見せたい、見せてもいい、どうか見てください、 そんな想いで人を招き入れるに違いない。
ある人が私に向かって「さあ、中へどうぞ」と扉を開いた。 私がその扉から中に入ろうとすると、扉の向こうは空間ではなく、壁だった。 私は顔面をその壁にしたたか打ち付けたような気持ちになった。 入れないのだ。 その人は「さあ、どうぞ、どうぞ」といざなう。 私はその中に入ったフリして「素敵な場所ですね」と言うしかない、そんな感じ。 「開けたら壁でしたよ」とは言えなかった。 私にとっては壁までの1ミクロンの隙間が、 その人にとってはとてつもない大きな自分の世界なのだから。
私の大切なその人は、 壁の向こうにある世界を見たくないようで、 また、それを見るものだとも思っていないようで、 壁で入り口を塗り込めていた。 私はとても悲しくなった。
でも、私にはどうすることもできない。 それに、たとえそこが壁だったとしても、 それは、その人にとっては、今この時点で完璧な世界なのだ。 唯一できることがあるとしたら、ただ、その人を見ているだけ。 その人の壁で塗り込めた入り口の奥にある世界を感じながら、 それをまったく認知していないその人を、ただ見ているしかない。 その壁が崩れて、その先に広がる空間を、その人が感じ始めるまで。 その壁が崩れ、奥にある世界をその人が感じ始めた時、私は初めて口を開くだろう。
壁で顔面を打ち付け痛かったのなら、もうごめんだと去ればいい。 でも、それができない。 中に入れない痛みを感じながら、 いつか壁が崩れますようにと祈りながら、 その人を見ている。 私には聞こえるんだもの、聞こえてしまうんだもの。 壁の奥にある世界で、その人が叫んでいる声が。
とても抽象的な話だ。 心の扉。 今の私にはそう表現するしかない。
ちゃんと話しているし、会話も成立している。 でも、私の言葉を跳ね返すその壁。 浅い場所で、打ち返される私の言葉。
壁のかすかな亀裂から洩れる泣きそうな切なそうな声が、 いつまでも私を引き止める。 痛いのに、ものすごく痛いのに、私をその場所に引き止める。 人は愚かだな。 でも、愚かだからできることもあるのかもしれない。
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