おひさまの日記
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2003年08月14日(木) |
寂しいと言えないから |
アンナが熱を出して10日目。 熱を出した当初と比べたら下がってはいるけれど、 いまだ微熱が続く。
さらに、咳がひどくなり、止まらない時には泣きながら咳き込む。 それが続くと嘔吐する。 ここ2、3日それを繰り返していた。 咳止めの薬が全然効かない。
今日の夜も「苦しいよぅ」と言いながら、コンコンと咳き込むアンナ。 ある瞬間、ハッ!として、 私は一緒に布団に横になってだっこした彼女に言った。 「病気が治ったら、ママがまたお仕事して一緒にいてくれなくなるって思った?」 するとアンナが答えた。 「…うん、ちょっと思った」
私は、彼女が寝込んでから、ずっと一緒にいた。 いつもそばにいた。 パソコンが壊れたこともあるし、普段はパソコンにかけている時間を、 アンナと一緒にいる時間にあてた。 もちろん、ずっと一緒にいるわけだから、途中イライラして怒鳴ったりもした。 でも、いつもよりもずっと一緒だった。
私は続けてアンナにこう言った。 「病気治っても、お咳が止まっても、 ママはアンナと一緒にいるから、安心して治っていいんだよ。 ママはお仕事よりアンナの方が大切なんだよ。 今まではパソコンいっぱいしてあんまり一緒にいなかったけど、 これからは元気なアンナとも一緒にいるようにするから、 安心して元気になりな」 アンナは「ありがとう」と言ってちょっとにっこりした。 すると、今まで止まらなかった咳が軽くなり、やがて止まり、 そのまますやすや眠りに落ちていった。
あまりに長く熱が下がらず、また咳が止まらない様子見て、 寂しくて、アンアがこんなこと自分で招いてるんじゃないかと感じた。 病気になってママに自分を見てもらいたいんじゃないかと。 で、それを伝えてみた。
すると。
ま、まさか本当に咳がずいぶん減るとは!? 自分でも嘘臭いと思ったよ。 でもそれは現実に起こった。
寂しいと言えないから、子供は具合が悪くなる。 ちょっとした風邪を引いたり、お腹が痛くなったりする。 実はそれはよくあることだ。 病気になるとママがやさしくしてくれるから。 気にかけてくれるから。 そばにいてくれるから。 寂しいと言えないから。 言えないから。
学校に行きたくない子供が、朝になると本当に頭痛や腹痛がするのも同じ。 行きたくないと言えないから。 言えないから。
そして、それでも伝えたいから。
大人も同じだ。
寂しいと言えないから、 こっちを向いて、かまってと言えないから、 何かの気持ちがあっても言えないから、 でも、伝えたいから、 色々なことを代替え行為として利用する。 それは、潜在意識の成せる技。 自分を病気や辛い状況に追いやってまで、 周りの人達や、時に自分にメッセージを送ろうとする。 自分で自分を傷つける行為をすることだってある。 リストカットもそうだ。 自暴自棄な生活で自分を痛めつけることだってそうだ。 寂しいよ、苦しいよ、こっち見てよ、と言いたいのだ。
心と体は密接な関係にある。 体だけじゃない、私達のすべてが心と密接な関係にあるのだ。
以前の日記にミュンヒハウゼン症候群のことも書いたけど、 それも、伝える行為がエスカレートしたもの。
「寂しいよ」 そんなシンプルなことなのにね。 まっすぐに伝えられないんだよね。 言えないんだよね。 言っちゃいけないような気がしちゃうよね。 言ったって無駄だと思っちゃうよね。 言ったら自分が壊れちゃうとさえ思うかもしれない。
人は自分が寂しいことに気付かないことだってあるんだ。
相手を責めず、ただ穏やかに、ただシンプルに、「寂しい」と言えたら、 自分がそう感じるのだと伝えられたら、素敵だよね。
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