世界お遍路 千夜一夜旅日記

2009年07月25日(土) 御嶽山

今日は亡き弟が毎年行っていた御岳登拝の日だ。
昨日昼ごろ、またしもて母の言葉で言う「1つ雷」がなって雨が来た。
雨は20分ほども降ったろうか.
以降上がった。
そう、雷が一回だけしか鳴らないのです。
続かないで終り。
母や義妹と明日御嶽山に行くから、みんなと行こうとこっちに来んだわ.
合図雷だね。
派手な合図だね、と.
今まで、納棺のとき、友人たちがたくさん来てくれて宴会をした時、骨入れのとき(骨いれ式の時はちらり雨だったが、夜には鳴った)
これというときは、いつもそう。
雷と雨がセットだ。
で、20分から30分で晴れる。

今日の御嶽山、多分いい天気だろう。
中学以来の友人で、御岳教の神主さんが遺骨を御来光が見えるところに納めるといって登拝してくださっている。
それで、なんと今日は弟の月命日。
ジグゾーパズルがはまるような因縁DAY。
母がいう
「去年までは、毎年、豆をゆでて一夜ずけの漬物を弟が持っていくように準備した、今年はしてやりたくても持っていくあの子がいない」
昨年は、帰ってきて
「登拝する人が高齢化している、だんだん少なくなっているし何とかしないと、とさんざ言っていけど、自分がいなくなってしまった」と.
友人の神主さんは、いずれ世話役を頼もうと思っていたとお葬式のときに話してくれたが.そして弟は頼まれれば喜んでいやっていただろうと思う。

昨夕、末弟同じ年で急死(心筋梗塞)した子(享年47歳)のお通夜に出た。
わたしが、大学の頃に勉強を見た子。
母が彼のお母さんと仲良し。
彼、いまなら、いわゆる学習障害なのだが、当時はそういう概念はなかった。
友達となじめず、学習も思うように進まず・・・ご両親は大変だった。
わたしには「ネエチャン」とよくなついてくれたが。
一人っ子、うちの母と同じ年のお母さんが残された。
体調がよくないのだが、さらに悪化して「自分を残していった」と悲嘆にくれて起きあがれずに通夜はおられなかった。
ああ、諸行無常。
やはり、現世が地獄なり。
今を、ただいまを精一杯に生きよう。


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