世界お遍路 千夜一夜旅日記

2009年08月09日(日) 夢枕?ってやつ??

昨夜,夜中3時にめずらしくトイレに起きた。
昨日は9時半まで塾をやっていたし,冷房でひえたんだろうと思うのだが。
で,また寝入ろうとした、あるいは寝入った直後?その当たりでだと思う。(時間感覚なし)弟が出てきたんだなあ。
丸々した健康なときの顔で、黒々したたくさんの毛髪があって,にこにこしていた。
服装は坊さんスタイルではなくて,フツーだった。
あれ坊さんスタイルではない,と思ったのだが,詳しく服装は覚えていない。
このところ,お盆にはかえっておいで,と毎日祈っているんで「帰る」のメッセージで出てきたのか,と思うのだが。
目覚めても丸々とした顔立ちと黒々毛髪,笑顔が,クリアに残っていた。
ちなみに今日お昼ごろに雷がなった。

このごろ,ふっと気がついたのだが,弟が急激に悪くなったのは3月のお彼岸ころだ。
実は,あそこらへんで定命が尽きていたんじゃないかと思う。
わたし,3月末に輸血,と聞いたときにウワー・・とえもいわれぬいやな気分になったのをよくおぼえている。
しかし,5月まで持った。
それは,ひとつには祈りの力だったのではないかと。
弟の旧友の神主さんは衷心に毎朝祈ってくださり。
破磐の宮司さんも祈ってくださったはず。
そして、家族や近しい人たちの念,思い。
わたしも,毎朝必死に祈っていた。
最後の数日,わたしは1日数回病室で自分のエネルギー(気)を祈りつつ、いわゆるツボから注入していた。弟の体に自分の手から出ている「気」がはいっていくのがわかった。姉弟だし、こういうときは入りやすい。
最後のときもそうだった。
私が病室でにぎっていた手を離して、塾を休みにするために病室を出て10分足らずで逝ってしまったのだ。
天寿,だったのだろう。
しかし,魂は不滅。
存在する、みえないけれど。

それにしても、と思う。
3月に,最後の旅で弟夫婦が訪れたのは,姫路と大阪だ。
他界する前に,破磐の宮司さんと姫路のdさんたち,大阪の味噌先生に会ったということ。
2晩とも「ありがとう」と電話してきた。
その楽しそうな声が今も耳に残っている。
そもそも破磐さんとのご縁は観音巡礼でわたしが姫路のDさんに出会い,そこから始まったわけで。
それは弟につながって、となって。
通常会うわけがない人たちが出会うとは、つまりは,それはご縁(前世縁)で、今生で会わねばならなかったんだろうとは思うが。
ふしぎだ・・・・
どういうご縁だったのか。

蒸し暑い。
ごろごろとしてすごした。
久しぶりのゆったり時間。
やることはたくさんあるのだがね・・やる気にならんという毎度のいいわけで。ごろごろしつつ、「与え尽くしの愛」と「シルバーバーチの霊訓1」を好きなページから読んでいた。
どちらも,スピリチュアルな本。
今の私の「魂の栄養」として必要な言葉があふれている。

そうそう,今日は長崎原爆忌.11時2分テレビの慰霊式のライブを視聴しつつ黙とうしました。
これまた,このごろふっと感じたのだが,広島・長崎の原爆投下、敗戦記念日、なぜに日本のお盆月である8月なのか。
6月でも7月でもなく,なんだか天の配剤を感じる。
8月は「昇りやすい月」なのであろう、と。




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