| 2009年09月17日(木) |
いいお天気、南無日天さま |
すばらしいお天気だ。 今朝は、末弟がショートステイで通所のほうに1泊したためにやや寝坊。 末弟、月1回のステイを、本人は「夜勤」と称していやがらずにいってくれるので母が助かっている。 友人や知り合いに、毎朝5時半過ぎには起きて末弟に玄米菜食の弁当作って、朝起こしにいっているというと「大変」とか「よくやっているね」といわれるがなぜかそうは思わない。 ま、確かに客観的にいえばフツーじゃない話だが、自分としてはなんか不思議だけど「当然」という感じだろうか。 もちろん、わたしも人間だし、たまには、こんなこといつまで続けるんだ・・とか思うこともあるのだが。 多分だが、前世で、わたしは末弟になにか多大な「借り」を作ったのだろうと思う。今生では、それを今せっせと返している最中なんだろうと思っている。 だから「当然」という思いが涌き出るんだろうと感じている。 これが終わると、わたしの今生の修行も終りか。 (この連休は身辺整理するぞ) 来世まで持ち越ししたくはないよなあ。 ま、せっせとやります。 亡き弟も、末弟にこんな借りがれば、まだこちらにいたかもなんて思ってしまう。 末弟のおかげで実家や母とつながっている感謝、と毎朝念じている。
今朝はそんなわけで、ゆっくりと瞑想と朝の祈りをした。 何しろ、朝の清浄なる光、頭のてっぺんの百会から太陽エネルギーがどんどん入ってなんと言うか気持ちいい。 このところの瞑想課題は自分の肉体の内にある白い「エーテル体・・霊体」をイメージすること。(これが、頭のてっぺんからスイーンと抜けたら、体は抜け殻になるんだよ、いわゆる屍、チベット僧は、意識を保ったままスーッと抜く練習をするというじゃないの。)
で、その霊体の手にレモンを「現実化」して色や匂い、さらにはジューシーさをリアルに感じること。 これ、ダスカロスの会でお習いしたこと。 ここまではわりと簡単にできる、問題は、レモンをバラに、さらにはオレンジに変容させてリアルに感じるということ。 わたしは、バラより菊をイメージしているが。 一種の「体力」がいります。 白をイメージして、そのうちに入って、下降するって言うのを最終日にやったのだが、これ、できなかった。難しい。 白を創出しても、入って降りるだけの力がない。 下降ができるようになれば、「超自己(内なる神)」に会えるのだろう・・って思うのだが。 道は遠い。 しかし、プラクティスあるのみ。 反省 今日の日記はやや オカルティックだったかも。
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