5年もすぎた、まだ5年。 いろいろ。 新聞に、いまだ追悼式なんて、悲しすぎてでられない・・という嘆きコメントが掲載されていた。 わかるな・・・ あの年は父が他界し、弟は、消防団で自分のうちをおっぽり投げて夜を徹して働いていた。奥さん(義妹)はその間に脳梗塞で倒れて。 我が家の不運は、すべてあのときに始まったようにも思う。 弟は無理をしたと思う。 「ガンの種」から芽が出て大きく成長しはじめたのは多分その頃。 骨までの転移は、1年2年ではないはずだし。 まあ、何をいってもせん無い話。 残された人たちは、ただ耐えて生きて行くしかない。生きていれば、たまには嬉しいことも楽しいことも、ああ、生きていてよかったと思えることもあるんだし。 それが人生だ、多分。 あのがけ崩れの下から助け出された優太くんは元気に成長しているらしい、現場に家族で献花に行ったという記事を見た。 山古志のマリも元気だという。八歳、飼い主もロシア人女性を娶られてお子さんが生まれたとか。 このように、不幸のどん底だった人たちもそれぞれに生き続けたおかげで(命があって、天寿があったので)状況が変わった。 ただ今を精一杯に生きるしかない。 それしか人間にはできない。 小さなささやかな存在。 これから、チラシ寿司を作って、母と義妹のバースディ祝いに行く。
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