| 2009年12月29日(火) |
梅澤先生のブログより |
いいお天気だった. しかし、午前は、給湯設備の取替えに付き合って、へとへと. イッサは興奮して走りまわって悪さはするで. で、午後から、昼寝.なんと3時間も。 すっかり身体が軽くなった. 今朝も軽いめまいがしていたのだが、それが取れた.
で、梅澤先生のブログ. 微量の抗がん剤治療の先生のブログだ. 「今年の言葉」に次のように書いておられた. 他界された患者さんの家族が先生に書いて見えた患者さんのことばだそうだ.
病気がわかってからの 宝物のような時間、 本当に幸せです。 心から感謝しています
先生は、涙が止まらなかったそうだ. すごい言葉だなあ. 1度は死ぬのだ. どうせなら、事故で、訳のわからぬままあっという間にあちら世界に移動するより、残される家族にこんなそれこそ宝のようなこと、言って逝けたらすばらしいだろうな.
先日、高松のホテルで見たテレビ NHKの番組だったけど かつてガン死した千葉敦子さんのことをガン患者の番組でやっていた. 「残された時間でできることをリストアップすること それをやりつづけること」 生前の彼女の連載を私も時々週間朝日で読んでいたが、この言葉に沿った生き方だったなと思い出す.
「のこされた時間」ということであれば、転移ガン(あるいは多発ガン)患者の場合は、だいたい読めるが、とりあえずまだガンが見つかっていない人はまだまだ先、と思ってしまいがちだ. しかし、終末に向かって歩いていることはガンのあるなしに関わらず同じだ. ホテルで番組を見つつ、私は私に問いただした.
今、死んで、お前は、にっこり笑えるか。
悔い無きように生きたいと教師を辞めた. 段階1はクリアしている. では、私は、私の「何か」・・このように生まれてきたわけ、現世の「大河の1滴」として何かをなし得たか。 答えはノウだ.
なんで私は生まれてきたのか。 何度も(交通)事故に遭いつつ、死んでない. どうしてなのだろう。 まだ、この世でしなければならないことがあるのだろう. それは何なのか. 「あちら」に逝けば、それがわかるのだろうが、ではわからないからといって、このまま生きていていいのか。 とりあえずは、後悔するとわかっているのだから、悪あがきでもいいから何かをすべきなんだろう. 来年は、悪あがきをする年でありたい. さまざまやれば、生まれ出る前に私が「やる」と決めてきた何かをかするかもしれない. このまま無為に生きて行くことが(家族のことは無関係、私の魂の問題)、苦しくてならない. 淡々と日々をセ精一杯に誠実にでいいのだろうとは思うけれど、なんだか何かをしたい. と思う年の瀬だ.
時計が壊れた. こちらに帰ってきて買ったソーラー時計だ. そんなにかんたんに壊れるもん? 今までなんこ時計が壊れたかな・・動かなくなる、どうやっても. 昔だれかにいわれたなあ、あなたの体から出ている「磁界」が強いのだと.
今年に買いたいもの 腕時計 携帯ラジオ(CDプレーヤーのものを聞いているのだが、昨今雑音がひどい) お財布(3年前に買ったものがくたびれてきている)
時計とラジオは、これからいってくるかな。 まだ、夕方5時過ぎだ. 睡眠3時間で少し充電できた.
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