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2002年07月01日(月) |
幸福也。●断腸亭日乗 ●停電の夜に(再々読) |
仕事をしていれば、そりゃあ滅入ることもあるし、疲れることもある。他 人に囲まれて、世界や人間を描出する仕事などしていれば。それでも、今は実に楽しい。実に実に楽しい。 若い主演俳優の、日毎に新しい発見をしていく姿を見守るのは、スタッフ冥利に尽きるし、また、年上の大物俳優とのつきあいとは違って、終演後の楽屋で、今日の芝居について喧々囂々できたり、夜遅くまでともに酒を酌み交わすことも出来る。 毎日同じ芝居の幕を開け、基本的には毎日同じことを繰り返しているはずなのに、毎日が感動的に違う。そして、自分自身の中には、沸々と、まだ誰も知らない感動を見つけたいと思う気持ちが湧いてくる。
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今わたしは、ここ3年間ずっと心に秘めて慕ってきた男性と共に暮らすようになった。好ましい関係を保ちつつも、向こうが結婚しているため世間に秘していた恋が、胸を張れる関係に転じつつある。
わたしはどうしてしまったんだろう? あらゆることが好転する。あらゆることが喜ばしい。 失ってしまったものはないか? 忘れているものはないか? と自問する。
そうだな。本を読まなくなった。もちろん、新作の初日を開けて、かつ恋をして生活をして、と、物理的な時間のなさもあった。でもそれより、フィクションより自分を取り巻く物語の方が面白かった、そのことが大きい。作品をたちあげること、恋人とのあらゆる交歓。 それでも、常に常に、かつてのようにフィクションに溺れる時間を待っている。恋人の寝息を待ち、一人わくわくしながら開く表紙を。
そうだ。わたしは孤独を失ってしまったんだ。あれだけ仲良くしていた「孤独」を忘れてしまった。これだって、いつかきっと戻っていることを知っているくせに、今、忘れていることが、贅沢にも、淋しい。孤独から派生する喜び、孤独から派生する発見、そんなものをわたしは愛していたんだろう。 今。常に一緒にいたかった人と常に一緒にいられるという、人生でどれだけあるかわからない幸福の時を過ごしているというのに、そんなことを思うわたしがいる。そしてまた、恋人の中にも同じ匂いのものを嗅ぎ取ってもいる。これから、二人して、共生する時間と孤に(個に)戻る時間を、うまく生き分けていくようになるのかもしれない。それなれればいいと思う。お互いの仕事のためにも。
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わたしは今日、久しぶりの休日を過ごした。部屋を片づけたり、本を読んだり、料理をしたりしながら、こんな風に思った。 仕事に熱中していると、どうしても仕事が表、生活が裏に思えてしまうけれど、表裏一体の暮らしをしなければ、様々なものを発見する五感を失ってしまうだろうな、と。
恋人は、今日頭脳と肉体をどちらもフル稼働する仕事で、クタクタになって帰ってくる。気分転換に外で一緒に一杯やり、それから上出来のカレーライスを食べてもらう。「牛丼かと思った」と笑われるほどに沢山いれた牛肉のシンプルなカレーに、夏野菜のガーリックオイルソテーをたっぷり添えたもの。 人と暮らすことの喜びに、食事を用意する喜び、食べてもらう喜び、共に食卓を囲む喜びがある。喜びが待っているかと思うと、あらゆることが好転し、ちょっと自慢したくなるような料理をわたしはこの1ヶ月でたくさん作った。おかげで、2ヶ月で5キロしぼった体重が一気に2キロ戻ったけれど。
明日の九州日帰り出張に備え、仕事を片づけてから眠るはずだった彼は、疲れに抗しきれず眠ってしまった。ここにも喜びがある。人の寝息を感じる喜び。 どこから眺めても、その眠りの中で疲れが少しずつ溶けているように見える。必要な眠り。だから、そのまま眠らせてあげて、朝、早く起こしてあげようと決める。朝に弱いわたしは、それまで眠らず、寝息を聞きながら、仕事したり書いたりして過ごす。
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「断腸亭日乗」を読みながら、なんでもいいから毎日を書き留めてやろうと思う。思ったので、今日はこうして書いている。幸福なことばかり書き留めることに、ちょっとした戸惑いはあるのだけれど。
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