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2003年06月30日(月) 優しさも、ときに、罪。

●朝から受難の歯医者へ。神経を抜いて久しい前歯が折れてしまい、駅前の歯医者を適当に選び通っているのだが、ここの歯科衛生士は、困ったことにルーズソックスを履いている。もう、最初に見たときからイヤーな予感。……やっぱりちゃんといい歯医者を選ぶべきだったか……。
 このルーズソックス嬢は、施術中に口内の水分を取る作業が悲しいくらいに下手。「お水とりますねーーーー」と言いながら、口腔内壁にブシュッブシュッとノズルをぶつけるだけで、わたしの口腔内にはどんどん水がたまっていく。そして、わたしがちょっとした痛みに顔をしかめようものなら「大丈夫ですからねーーーー。痛くないですよーーーーー」と甘ったるく語りかけてくる。いや、語りかけてなどいない。彼女のことばはわたしにかからず(届かず)、ただ独り言になっているだけ。
 わたしはひたすらに「頼むから語尾を伸ばさんでくれ、頼むから」と願いつつ、「もう終わるかな、もう終わるかな」と受難の時を耐えて過ごす。
 来週頭にようやく前歯治療は終わるのだが、セラミックの歯を入れると8万円するらしい。嗚呼。

●A氏のために夕食を作っていたら、恋人から食事の誘いの電話。瞬時に様々な思い駆け巡り、「今、ちょうど食事の支度してるところだから……」と言うと、「外でちょっと食べたい気分なんだ。今、誰かと一緒じゃないと食べる気になれなくて」などと洩らす。わたしは、すべての料理を火が止められるところまで調理して、バタバタと出て行く。出て行きながら、A氏に電話。反対はしないと分かっていても、やっぱり。
 A氏は、帰るとき電話してくれればその時まで事務所で仕事をしていると言う。

 恋人はどうやら胃潰瘍らしい。あれほど二人で飲みまくっていたお酒も、ビールをコップ一杯に日本酒を半合が精一杯。疲れと精神の滅入りが、明らかに彼を憔悴させている。
 食事をすませ、早速とタクシーに乗り込む彼を見送り、わたしは電車に乗り込む。

●やってきたA氏は、ふんだんに用意された夕食に舌鼓をうちながらも、何やら考え込んでいる。気になるわたしが聞いてみても、何やらはっきりしない。少しずつ少しずつ話をして、ようやくA氏の沈み込みの原因がわかった。

 彼は、自分が幸せになることで、(わたしの)恋人が傷つくことになるのが、どうにも納得できなかったのだ。(わたしの)恋人に悪いとか、そういうことじゃなくって、どうして、みんながいっぺんに幸せになれないんだろうなあ、という、46歳の男には珍しいほどの、単純で朴訥とした、幸福というものへの疑問が、去来していたらしい。

 そういうA氏の優しさをわたしは好ましいと思うし、もっと毅然と「俺は勝ち取ったのだから」と胸をはり、余計なことを考えないでいてほしい。

 思いやられる優しさは、時折人のプライドを傷つける。そして、恋人は、そういう男だ。

●わたしの心はどんどん迷いをぬぐってひとつの道に収束しようとしているのに、「あいつにはまだ伝えない方がいいよ」というA氏がいる。

 今週末には、わたしがA氏宅を訪れ、対面を果たす。ことはどんどん進んでいるのに、わたしとA氏という二人組は、まだまだあれこれと、壁を越えなければいけないようだ。



 


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