こしおれ文々(吉田ぶんしょう)
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| 2005年10月13日(木) |
太田君に捧げる吉田祝辞その�� |
美味しい料理を食べたら【うまい!】と言ってやりましょう。
小気味のいい音楽を聴いたら かかとを支点につま先を上下してリズムを刻みましょう。
結末のわからない映画を見たら 【意味わかんねー】と笑い飛ばしてやりましょう。
あらゆる事柄に直面したとき どこからともなく感情が湧き上がり、 電流となってあなたの体を駆け抜けたなら、 素直にその口から吐きだしてやりましょう。
吐き出された言葉は、 とても純粋で 混じりけのないきれいな形容詞となっているはず。
そしてその言葉自体が、 きっと等身大のあなたを表す何事にも代え難いものであるはず。
平成17年10月13日、 現在、午前0時37分です。
サッカー日本代表とウクライナの試合は 後半35分でいまだ0対0の同点。
昨日の午後3時26分、 私の大学の同級生に第一子が誕生したそうです。
めでたいね。ホントによかったね。
おめでとう。太田君。
ホントにおめでとう。太田君。
| 2005年10月12日(水) |
太田君に捧げる吉田祝辞その�� |
料理番組では、 出される料理は美味しいことが当然であって、 グルメリポーターは、 うまいかまずいかではなく、 どんな風に美味しいのか、 その辺にある店とは どんな違いがあるかを表現することが求められます。
映画評論家は その映画のどんな点が素晴らしいのか、 どんな意味がこめられているのか、 素人が気付かない点、 それが細かければ細かいほど 評論家自身の評価につながっていきます。
テレビや雑誌など、情報発信の媒体は、 他との差別化を図ることで 消費者にどれだけ消費されるかを競ってきました。 消費者がそれだけ飽きやすく、
常に新しい刺激を求めているという背景があるからでしょう。
どっかの偉そうなコメンテーターみたいな文章ですが、 別にそれが悪いわけではありません。
どちらかというともっと競って面白くしてくれと言いたい。
ただし、その評論家根性は いつのまにか日常生活にも蔓延し始め、 ・いかにも最もらしいことを言うこと ・他人が気づかない点にふれること
それが美徳のように扱われている気がします。
俺って賢いぞアピールですな。 ネットの世界にはウジャウジャいます。
かくいう私もこうして【ぶんしょう】を書いているとき、 物語のときは特に、 こう書けば読者が面白いと思うだろうとか、 こういう表現が吉田っぽいかなとか、 逆にこう書けば読者が混乱するからわざと使ってやれなどなど、 自然にやってしまうものです。
そんな技術を多く持ち合わせている人が 【筆が立つ】人々であり、 書くことで収入を得ることが出来る人々なのでしょう。
技術の鍛錬は必要であっても、 あくまでそれは 読者を楽しませるという目的があって必要になる訳で、 技術を持つことが目的になってはいけません。
俺って賢い☆ってことをアピールされても はた迷惑なだけです。
私は素人です。
面白くないからといって プロデューサーに怒られることはありません。
目の前の料理が どんな風に美味しいかを表現する必要はないのです。 まずくて喰えない代物が出てくることだってあり得るでしょう。
映画を見たとき、 さっぱり意味がわからない結末でも、 正しい意味を解き明かす義務だって あなたにはないのです。
だってあなたも素人ですもの。
【これは小さい一歩でも人類にとって大きな一歩である】なんて 月に着く前から考えつくような 偉そうな言葉なんて 誰も期待してはいないのです。
つづく。
| 2005年10月11日(火) |
太田君に捧げる吉田祝辞その�� |
平成17年10月12日、 現在、午後9時59分です。
本日午後3時26分、 私の大学の同級生に第一子が誕生したそうです。
検査の度に頭の位置が変わるほど お母さんのお腹の中をグルグル動き回る元気っぷり。
落ち着きのなさは父親譲りでしょうか・・・。
元気すぎるのも考えもので、 大回転の結果、逆子になってしまい帝王切開することに。
ちなみに『帝王が切開』と聞くと すさまじい想像を膨らませてしまうのは 私だけでしょうか?
トランプの『神経衰弱』と 同レベルの恐ろしさがありませんか?
それでも母子ともに健康のようで、 まずまずなにより。
【地球は青かった。】
初めて宇宙に行ったどっかの外国人が残した超有名な言葉。
実は私、 この言葉が妙に好きなんです。
飾らず、気取らず、 その外国人が直面した【地球は青い】という事柄を これ以上ないくらいシンプルに表現した言葉だから。
【地球は青い】ということに直面した人は それまでいなかった訳で、 いまだって、青いことは知っていても 青いことに直面した人はほんの一握り。
【地球は青い。】ではなく【地球は青かった。】
つまり、【青かった。】という部分に 青いことを直面したというニュアンス、 経験したというニュアンスが含まれていて、 決して、直面していない人には言うことが出来ない言葉なんです。
シンプルでも、 言える言えないで、そこに大きな開きがある言葉。
これは勝手な想像ですが、
その瞬間、 【地球は青いんだ】という感想が 電流となってその外国人の体を駆けめぐったのでしょう。 毛細血管の隅々まで駆け抜けていったのでしょう。
そして思わずポロッと口に出てしまったのでしょう。
【地球は青かった。】
この言葉には、 お腹がすいたから食べる、 眠くなったから寝るといった 動物の本能のような自然さが滲み出ている気がします。
つづく。
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