- 2003年08月28日(木) 発展途上の人
育っていく人を見ているのは楽しい。
今日、ある人のライブを聴きに行った。
その人はとても若く、ギターの腕はその年齢にしてはすごい!と思うけれど、音楽としてはある意味「致命的な欠点」があって、弾いていてリズムがどうしても狂ってしまう……
その人のライブは、でもなぜか目が離せず、かれこれ4回くらい断続的に聞きつづけてきた。
そしたら。
ほんとにほんの少しずつなんだけど、明らかに上達してるの!
「ここでリズムが狂う」という場所も、何度か来るうちにだいたい把握してしまった。
それが、たとえば「4小節に1度」テンポがずれてしまっていたのが、「1フレーズに1度」とかに減っている。
1曲の中で、前は十何回かずれていたのが、今は4、5回に減っている。
こんなにはっきりわかると、ああ、ライブって楽しい、と思ってしまう。
音楽の本当の姿は、音を出した瞬間だけのもので、次の瞬間にはもう別の音がとって代わってしまっているものだ。
でも人間は、常に時の流れに流されながら生きている(自分の意志で時間を行ったり戻ったりはできない)ので、音の流れのひとまとまりを「曲」とか「歌」とかいうまとまりとして捉え、同じような音の流れを何度も再現しようとする。
同じ音は、二度と決して現れることはない。
あのときのチューニングの揺らぎは、もう二度と繰り返されることはないのだ。
あの瞬間のキックとベースのタイミングのずれ=グルーヴは、同じ曲の同じ小節の同じ拍の同じ音符をもう一度鳴らしても、決して同じときめきをもたらすことはないのだ。
再現されるのは、いつも「似たもの」だけ。
録音した音は、そのライブハウスのその空気の振動ではなく、磁気テープやビットの作り出す振動にすぎない。
でも、ただ似ているだけのものでもとっておきたいほど、その瞬間のときめきは、何ものにもかえられないのだ。
最近、わたしは彼のギターのテンポのずれが心地よく聞こえるようになってしまった。
そういえば、ブルースのいちばん昔の有名な人の歌を聞いたら、おんなじようにテンポが5拍子になったり3拍子になったりしてたっけ。
あれはあれで「名人の持ち味」だったりする。
何か、似たような域に達してきているような気がする。
でも、彼は「発展途上の人」。
テンポもちゃんととれるようになるだろうし、もっともっとギターそのものの腕も上げていくだろう。
それだけいっそう、彼の「今」の音を記録しておくことは、貴重なものになるのではないか、と思う。
(彼が有名になったら「アンソロジー」に加えてもらえるかもしれないじゃない? なあんて(笑))
- 2003年08月27日(水) ライブ中止の理由 DVとシェルター
★1・ライブ中止の理由
★2・HP更新
★1・ライブ中止の理由
今回のライブ中止は、とても残念だった。
けれど、無理して走っていたら、いろんな意味で大きな損害が発生していたことだろう。
精神的にも、経済的にも……
中止してしまうのは、その気になってくれた人には大きな迷惑になることだと思うけれど、あえて勇気を持って決心した。
そのことを、ライブのゲストにあたる「MIWA+よっちゃん」に、メールで説明した。
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MIWAさん、よっちゃん
本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。
困っていることでわたしに振ってしまえばどうにかなることは、ぜんぶ振ってください。
今回中止にした理由。
「1500円の価値のあるもの」について、見込みが甘すぎました。
「こういうことをやれば」と思っていたこと、こないだのど〜るライブで全部やられてしまった。それも、無料に近いかたちで。
確かに、これだけじゃあ「1500円」はムリ、と思い、他に何か付加価値の高いもの、と考えたけれど、準備期間があと1ヶ月を切ってしまったのに今からできることなんて、ない。
付け焼刃でいいかげんな企画をしても、ぼろぼろになるのは目に見えているし。
そういうことがわかるにつれて、わたしの気持ちはがたがたになってしまい、このままでは危険な状態になるだろう、というところにまで落ち込んでしまいました。
メンタル医のところにも先週から2度ほど続けて通わなければなりませんでした。
「中止」を決断してやっと、精神的には少しずつ改善しつつあります。
わたしが今度の企画をしたいちばん大きな動機は、お店の常連さんや出演している人たちにMIWA+よっちゃんを知ってもらいたかったからでした。
ところが、その人たちはみんな口をそろえて「1500円じゃ高い」としか言いません。
わたしはそれに反論できませんでした。
彼らの知っているわたしの音楽では「平日のcharge300円」にしかならないのでした。
それに「見ず知らずのフォークデュオに1500円を投じるのも」、とためらってしまうのでした。
MIWA+よっちゃんの音楽をより多くの人々に知ってもらいたい、という気持ちは変わらないけれど、逆にご迷惑をかけるようなことになってしまったのが大変残念です。
楽しみにしてくださった人たちにも申し訳ないと思います。
ただ一方的に「止めます」とだけ通告するのでは、お二人とも納得できないだろうと思って長々書きましたけど、所詮は「言い訳」にしかならないと思います。
せめて説明する責任だけでも果たせれば、と思います。
これからは、もっとまわりをよく見ながら、いろんな人に相談して企画したいと思っています。
やるなら「1500円でも安い」と思えるような付加価値のあるものを。
本当に申し訳ありませんでした。
会津里花
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いつか「ええっ!? そんなライブがこんなに安く聴けるの?」と言われるようなライブを企画したい……!
とは言っても、わたしにもともと企画力があるわけではないので、せめてそういうライブを企画してもらえるようになりたい。
わたしが勝負できるのは、あくまで「歌に込める気持ち」だけ。
正直言って、誰もがうっとりするほど上手なわけでもないし、聴く人の気持ちをとりこにするような名曲を持っているわけでもない。
技術的にはこれからもいくらでも磨いていこうと思うしそれはできるだろうと思うけれど、歌はなかなかできないし、若さだけで輝いていられるような年でもない。
わたしにしかない魅力は、わたしが歌う歌に込める気持ち、それだけ。
ひとつの歌に必ず一人の思い出。
わたしにとって、歌は人間そのものと同じくらい大切なものだ。
それを多くの人に伝えられるようになりたい。
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★2・HP更新
「DVと会津里花」というページをつくり、そこに8月25日の日記へのリンクを設けました。
被害者(だけでなく、実は加害者も)の傷が生々しく、痛みが激しくて耐え切れないような時は、被害者を脅かさないような(あるいは加害者が逆上してしまわないような)、安全な場所が必要なのだと思う。
それは、被害者にとってはシェルターであり、加害者にとっては、もしかしたら警察なのかもしれない。
でも、だとしたら、加害者を受け入れる警察の組織や施設は、加害者にとって適切なものであるべきだろう。
いくら「加害は加害」でも、その当事者の人権を蹂躙するような扱いしかできないようなところだったら、加害当事者の認知のゆがみは正されるどころかよりゆがめられ、社会の敵を警察が増産することにしかならないだろう。
その意味でも「DV防止法」はより充実したものに改正されていかなければならないと思う。
「殴られた現行犯以外は相手にされない」などというのはもちろん論外だと思う。
(ただ、そうすると、「警察の存在意義と役割」について、より深い認識が必要になるのではないか……
少なくとも、今のわたしにとって警察とは「胡散臭い、疑り深い人格を養成して、偏った価値観にしたがって『秩序』を形成維持しようとする人たちの組織」のように見えることがままあるから。
あ、でも、わたしが「男のフリ」していた頃と比べたら、今はかなりそうした不信感は消えている!
少なくとも今は、昔みたいに「警察は『オレ(=わたし)』の敵!」などと思う必要を感じない。
頼りないけど、助けを求めればそれなりに役に立ってくれそう、と思える。
……今更だけど、女に戻ってよかった)
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- 2003年08月26日(火) 「加害者」「被害者」の棲み分け、和解……
自分と闘っています。
でも、そんなこと他でやってくれ、と思っている人もたくさんいるだろうと思います。
加害者の被害者性を突き止めない限り、暴力加害の連鎖は止まりません。
けれど、それを「被害者」であることを強く自覚する人たちの前であからさまにすべきかというと、そうとも思えません。
なので、「DV加害者の掲示板 http://www.jackies.jp/dvbtr/index.html」というのを作りました。
注意書きをよくお読みになって、参加される意思のある人は参加してください。
きっと、被害者も加害者も、お互いに相手と「和解」することができる気持ちになったとき、初めて心の平安を取り戻すことができるのでしょう。
- 2003年08月25日(月) Anyone to help me...? 9/23ライブ中止
わたしはDV加害者でした。
もう3年も前にそれは終わったし、相手=元配偶者だった人は不問に付しているし、たぶん騒ぎ立てるほうがよほど相手の心をずたずたにしてしまうと思うので、わたしもそのことについてなんの補償もせず、できるだけ彼女とは接しないようにして生きています。
でも、今でもわたしの心の中で、ざわざわ騒ぎ立てる何かがいるのです。
そのせいで、ある掲示板に自分のことを書いてしまいました。
そしたら、心無い人が、そのことをネタにわたしをゆするようなことを書くのです。
ネット上で書いたことだけをネタにしているので、はっきり言って事実無根な勘違いまでされていて、正直言ってとても悔しいです。
わたしは、とっさにその「心無い人」が、あるわたしの知っているいやな人だと思ってしまったけれど、(たぶん大半は本当にその人なんだろうけれど)全てがそう、と決め付けてしまってはいけなかったのでした。
わたしには調べようがないから。
それから、わたしの心は音を立ててきしんでいます。
きっと、わたしに悪意を抱いている人は「ざまあみろ」と思うでしょう。
また、わたしを「支配」したいと思っている人は、自分がわたしに対して影響力を行使できて嬉しいでしょう。
わたしにも、そうした「影響力を行使したい、他人を支配したい」という気持ちが全くないわけではありません。
むしろ、たとえばネット上で、過去にそういう気持ちを抑えられずに人をつけまわしてしまったことだってありました。
でも、それって「ストーカー」でしょう?
今のわたしにはその自覚があるので、そういうことは一切したいとは思いません。
過去の過ちが現在の自覚で帳消しになるほど、世の中は「甘くはない」のでしょう。
(「世の中甘くない」という言葉を使うのはいやだけど;本当はわたしが思っているよりもずっと世の中は「甘い」はずなので)
でも、自覚があります。
自覚して生きるのは、ものすごく辛いです。
自分自身に犯罪者の烙印を焼き付けるようなものだから。
焼印は、ことあるごとに痛みます。疼きます。
わたしは、無理して男の役割をまっとうしようとして勘違いの努力を続ける中で、誤った「男ジェンダー」として「DV」に走ってしまったのです。
そのことを自覚したとき、「もうこんなくだらない努力は止めよう」と思ったのです。
だから、妻子がいたにも関わらず、女に戻る決意をしたのです。
本当は、離婚などしないで、幸い彼女がしっかりした職を持ち、わたしが働かずに家事に専念しても生活が立ち行く目途があったから、わたしは子どもに対する責任も自分が育児を担当する、というかたちで担っていきたい、と思っていました。
ところが、それは彼女の思惑とは全く相容れなかったようで、彼女には完全に拒否されてしまいました。
あくまでわたしに対しては「男として社会適応して生きていくこと」を、彼女はわたしに突きつけたのでした。
わたしにそれができそうもない、とわかると、彼女はさっさと子どもを連れて実家に帰ってしまい、わたしは一人ぼっちになってしまいました。
もしかしたら、彼女はわたしにそういう「制裁」を与えることによって「改心」するとでも思ったのでしょうか。
でも、わたしにはそんなこと、できるはずもありませんでした。
彼女に捨てられたわたしにできることは、離婚届を作って役所に提出することだけでした。
本当に、悪夢のような時期でした。
世間的に見たら、わたしが悪いのです。
「妻子を捨てて性転換に走った身勝手なやつ」
何度もそう言われ、叩かれました。
でも、だったら、もう限界を越えて自分では止めることもできない状態に更にストップをかけ、たとえば自殺するまで自分を押し殺して生きるべきだったのか?
それとも、わたしが「思い直して」、またDVをぶり返してでも「男らしく生きる」べきだったのか?
わたしは、そのどちらも正解だったとは思いません。
わたしは、40歳になる直前のあの時期、もう男性として生きることはできなくなっていたのです。
たとえ、上に書いたような歪んだ「男らしさ」ではなく、もっとしなやかでやさしい「適切な男性性」を学ぶことができたとしても、わたしが男の体を持ち、男として生き続けることは、もう許されることとは思えなくなっていたのです。
そのことには、あと一つだけ理由があります。
けれど、それはここにも書けません。人を傷つけることになるから。
もしもわたしではない他の人だったら、「女に戻る」という方法以外にも、救われる道は何かあったのかもしれません。
いえ、わたしじゃなければ「女に戻る」などという発想は浮かばないでしょう。
3万人に1人くらいしか、わたしと同じように自分のことを本当は女だなどと思っている生物学的男性はいないでしょうから。
たまたま、わたしの場合は、物心ついてからずっと自分に嘘をつきつづけて「男として生きなくてはいけない」と思いながら、その一方で「本当は女だ。自分は嘘つきだ」ということがわかっていた、というだけのことです。
ごまかしとおすことができたら、死ぬまでごまかしつづけるつもりでした。
でも、彼女と家庭を続けていこうとする中で、そのむなしい努力は力尽きました。
どのみち、嘘で家庭を続けようとすることが間違いだったのだろうと思います。
今こんなことを書くのは、わたしがある人(たち)からとても傷つけられたからです。
心が弱くなっているときに、見てはいけない場所を見てしまったのでした。
そのことも、これからは充分に気をつけなくてはいけない、と思います。
具体的には、他人の名前を何の配慮もなしにあげつらって、自分は匿名のままで罵倒しまくる、という卑怯で異常なことが平気で行われるような「匿名掲示板」はわたしが見てはいけない、ということです。
わたしの心は今、とても弱っています。
たぶん、そうでなければこんな暴露的なことも書きはしないでしょう。
たとえ自分の日記だろうと。
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『DVと会津里花』へ9/23のライブは中止することにしました。
理由:
一見関係なさそうだけれど、↑のように自分を一生懸命追い詰めようとしているのは、要するにライブを成功させる見込みがないから、「激鬱」になればダメダメ〜になっても誰も怒らないだろう、というセコい根性からだと思う。
だったら、そんな「成り行き」みたいなんじゃなくて、自分で責任もってけりをつけたほうがいいと思う。
皆さん、ほんとうにすみません。
- 2003年08月24日(日) セクシュアルマイノリティ差別
@ケータイ
セクシュアルマイノリティ(性的少数者)差別は、時にはとんでもない犯罪にも結びつくことがあるらしい。
日本はまだまし。
でも、だからといって日本を"国際的なレベル"=より悪いほうに合わせる必要はないと思う。
これからの世界は、人類の黄昏の時代を迎える。
「非戦日本」は、その時代を最も的確に先取りした状況にある。
わたしたちは、この状況を肯定して生きていくべきだし、性差別犯罪がDVなど比較的狭い範囲で"ささやかに"しか起こらないことを誇り、助長していくべきだと思う。
わざわざキリスト教原理主義とかの考えに染まりたい人なんて、いないでしょ?>性的に多数派のみなさん
でもDV犯罪はまず最初の性差別だ。
絶対になくしていきたい。
- 2003年08月23日(土) 「獨楽(こま)」
素敵なところだった
わたしは三十年前を思い出した
家の中をわたる風は 確かにあの頃のものだった
わたしのからだの中を さわやかに駆け抜けていった
自然いっぱいの空気の中で バーベキューした
バーベキューのお肉やしいたけばかりじゃなく
空気もいっぱいからだに取り込んだ
ものすごくおいしかった
健康になるわたし ちょっと食べすぎのわたし
歌をうたった
みんなで歌える歌
聞いてもらいたい歌
家の中は とてもやさしいひびきだった
わたしの声が 天井の梁に 床柱に
やさしく受け入れられていくようだった
最高の経験だった
家に帰ったら すっかり疲れてしまって
それ以上でかけることはできなかった
でも まあ いいや
- 2003年08月22日(金) 自分のLive @EXPERIENCE
ふう。
なんとか、できた。
↑のような感じ。あんまり出来が良くない。
★練習不足
★慣れてない歌が多かった
ということで、次回はもっと気楽に、自分のレパートリーを。
カラオケで歌いなれてる曲でも、ギター伴奏には慣れてなかったりするので、注意。
- 2003年08月21日(木) 「caaab」
久々に「エゴグラム」やってみたらこんなことに。
http://www.egogram-f.jp/seikaku/kekka/caaab.htm
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性格
既成の価値観や慣習に殆ど縛られない物の考え方をする人で、一種の自由放任主義的考え方と行動を取る人です。権利や義務や責任感を矢鱈(やたら)に強調する、従来の権力支配が絶対の社会機構に対して、強い抵抗感を持っている人とも言えます。言うなれば、下らない世俗に塗(まみ)れた社会の階段を登って行く事に、大した意義を感じないタイプであるとも言えるのです。そんな詰らぬ事に煩われるよりも、他人に迷惑さえ掛けなければ、各人の判断と自覚によって、自分の好みや才能を自由に生かして、生き生き伸び伸びと自由奔放な楽園を築けば良いと考えているタイプです。極く一般的な考えを持った社会人から見れば、夢見る人とか、空想の人とか言う、悪口で片付けられて仕舞うかも知れません。だがしかし、貴方のようなタイプを、そう言う一言で片付けて仕舞うような世の中、詰まり経済拡大、科学万能を念仏のように唱え、軍備の天文学的拡張、人口の爆発的増加などの、非常に憂うべき状態さえも、私利私欲追求の目的に利用して喜んで居る現代の政治家や経済人が、逆に狂って居るのだと言う正確な認識を持つ事も、現代に生きる私達には、絶対に必要な事では無いでしょうか。
恋愛・結婚
誠実さと言う面では、多少欠ける所が有るかもしれませんが、相手を退屈させたり、飽きさせ無い所の有る、天衣無縫なタイプでしょう。責任感は薄いが、優しさや思い遣りの深さが有り、現実的な処理能力の高いので、丸っきり出鱈目(でたらめ)をして配偶者を困らせるような事は、余り無い筈です。配偶者が貴方を、世間や親戚一同の模範や誉められた者に仕立て上げよう等と、考えている場合には、良い相性と申し上げられませんが、相手が変化が有って、人間味や面白味の多いパートナーを求めて居る場合でしたら、ドンピシャリの相手でしょう。
職業適性
新しい価値観の上に立った自由業こそが、貴方に最も相応しい仕事です。貴方は二十世紀のルネッサンスを目指すべきタイプなのです。
対人関係
世間一般の俗人と付き合う場合には、もう少しそれぞれの生き方を理解して遣ったり、調子を合せて遣ったりする必要が有るでしょう。
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- 2003年08月20日(水) GIdしずおか定例会(2)〜CLAIR Live @EXPERIENCE
★GIDしずおか定例会、なんとか開催。
会則の体裁がちょっとずつ整いつつある。
学習会、今回は「急ぎすぎた」。塾の時のクセ=カリキュラム消化で手一杯!
次回はもっと「ゆったりやる」ように。
次回の定例会は9/17(水)。
原則「第3水曜日の夜」。
場所は「アイセル21」。
★CLAIR Live @EXPERIENCE。
「今年最後のライブ」ということで、お客は大入り。
ビートルズやキャロル・キングなど、わたしの大好きな曲がレパートリー。
しみじみと聞かせてもらった。
アンコールで出てきたゲストボーカル「てつお」さんのしぶ〜い"Stand By Me"もよかった!
……飲み過ぎた。定例会が終わって安心しちゃったからか。
モスコとビールをちゃんぽんにしたのも、きいちゃった。
ぜんぶで3杯だったけど、わたしにはもう充分すぎるほど。
うぷ。
- 2003年08月19日(火) 忙しく……
↑タイトルにそう書き出したのはいいんだけど、はっきり言って今のわたし、ぜーんぜん「忙しくできない」んです。
っていうか、実は土曜日にも歌わせてもらえることになっていて、ふだんのライブとかなり違った内容にしなければっていうかしたいので、その準備を始めてしまっていたりします。
明日の「学習会」の予習が……あうあうあうあうぅ〜〜〜〜。
それにしても、『臨津江(リムジンガンまたはイムジンガン)』という曲の数奇な運命は、日本という国の置かれている状況をある面から切り取ったとも言えるので、興味深い…… って、ネタバレしちゃうよぉ。
でも、だいじょうぶ!
予定では、あと3時間もあれば「予習」も終わるし、土曜日のリハはだいたいできたし。
8/20(水)午後7時〜 GIDしずおか 第2回定例会
8/22(金)午後9時半(と言いながら「開演」は10時くらい(^^;) 会津里花 Mild Live#4
8/23(土)午後1時頃(静岡駅出発) アムネスティ20G 懇親会
どれもこれも、お金にはならないけれど忙しいよぉ……
(うわ、聞きようによっては嫌味な言い方!
いやその、わたしはあんまり「あくまでお金」という感覚がないので……
っていうか、歌えればお金がついてくるかどうかはあんまり重要だと思っていないのかも。
うーーーん……だとしたら、いかんなぁ。
生きてけないじゃん(-_-;
はっ、思い出した! これは「営業・マーケティング・先行投資」なのだ。
っていうことにしておかないと、出費が許せなくなっちゃうじゃん!!)
- 2003年08月16日(土) ……
……たくもう。
こんなふうに精神的ダメージが大きい時に限って、見たくないものを見てしまうんだよね…… [7:15 03/08/16]
- 2003年08月15日(金) 8月15日という日
今日は「8月15日」、「お盆の中日」でもあるけれど「終戦記念日」でもあるんですよね。
こんな日は、わたしはついついやたらと「戦争」についてあれこれ考えてしまいます。
「鬱だから」ということもあるのだろうけれど。★1・女性差別の歴史は浅い
★2・有言不実
★3・ヒロシマ肯定論の裏側アメリカで女性差別が激化したのは「世界大恐慌」以後のことだったらしい。
世界を全体的に「戦争」へと駆り立てる時代に突入してしまったからこそ、女性を「人口増加マシーン」にしなければならなかったんだろう。
それから。
わたしは、日本にはびこっているヘテロセクシズム(強制異性愛)は明治維新以降の「欧化政策」の副産物だと思ってきたけれど、確かに「銭湯の男湯・女湯」とかいうのはその頃からの文化だとしても、極端な性差別の文脈は必ずしもそこまで遡るだけで全てが言えるというわけではなく、むしろ第二次世界大戦のような「自転車操業戦争」の中で強固に形成されていった、と考えるほうが確かであるようだ。
要するに、何が言いたいかというと、今日(こんにち)のやや極端なほどの「性差別」は決して「日本では昔からそうだった」とかいうことではなくて、むしろここ百年とか数十年とかいう単位の、「比較的新しいできごと」だということだ。
ということは、いわゆる「保守派」の政治家たちが「日本の伝統を守ろう」みたいなことを言うのは、実は「伝統を守る」などということではなく、ただ単に「戦争の頃の流行を守ろう」と言っているだけなのだ。
唾棄すべきことだ。
「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」という言葉があるが、わたしは「戦争フォビア」だ。
戦争のためのヘテロセクシズムなんて、豚を繁殖させるのと同じことじゃないか。
「埋めよ殖やせよ地に満ちよ(=戦争していくらたくさん殺されても滅びないように)」
人間はこんなに愚かではないはずだ。
(ついでに、今の時代にはまだまだ受け入れられにくい考え方だと思うけれど、「戦争以外の人口抑制の方法」を真剣に考えなくてはならない時代が、そう遠くない頃にやってくるだろう。
そのとき、多くの人々が、中国の「一人っ子政策」とか欧米や日本の「少子化現象」を「好ましいこと」として学ぼうとするだろう。
多くの発展途上国で、「子どもは労働力や戦力ではなく、お金のかかる投資対象だ」という認識を育てていってほしい)
ところで、わたしの持論「日本の人口は七千万人程度がふさわしい」というのを、誰か他にも言っている人、いないのかなー……??↑なんか、わかったようなことをエラそうに書いてますけどねー。
コイツ、今日もバイトに行けなかったんですよ。
けっきょく、自分のこと、正当化したいだけなんですよねー。
バッカみたい。
情けないよねー。みっともないよねー。「オレがいなけりゃ、子も孫もいなかったんだぞ」
原爆投下を肯定するアメリカ人(高齢の男性)の言葉。
「原爆の投下によって戦争を早く終わらせて、多くの日本人が殺されたり自殺したりするのを防いだ」
という言い方をよく耳にするけれど、いつもなんだかとっても胡散臭いように思えて仕方なかった。
今し方NHKの報道番組を見ていたら、その疑問がいっぺんに氷解してしまった。
本当は、こういう意味だったのだ:
「原爆を投下せずに日本の本土へ上陸していたら、自分たち(米軍)の兵隊が多く殺されていただろう。それを防ぐことができた」
「日本人のため」などというのは、とんでもない「おためごかし」だったのだ。
確かに、あくまで原爆などの大量破壊兵器を使わずに「本土上陸」になってしまっていたら、多くの米兵が死んだだろう。
だから、自国の被害を最小限に食い止めた、という点では、あくまで「アメリカ人にとっては」原爆の投下は「正しかった」と言えるだろう。
しかし、日本人にとっては、世界最初の「核兵器の人体実験場」にされた、ということも含めて、原爆投下そのものはとうてい容認することができないのだ。
だから、このことについて日本とアメリカの見解がいつまでたっても一致しないのは当然のことだ。
ていうか、一致させてはいけないと思う。
わたしたち日本人は、アメリカの調子の良い口車に乗せられて、お人好しのへらへら笑いをしてはいけない。
そういえば、さ。
アメリカは大量破壊兵器を使わずに戦争で勝ったことなんて、ないんだよね。
ベトナムでは化学兵器もさんざん使ったのに、結局勝てなかった。っていうか、あれは「惨敗」だった。
湾岸戦争も、今度のブッシュ戦争も、決して「勝利」はしていないのだ。
(どうせイラクの「大量破壊兵器疑惑」も、CIAがこっそり持ち込んだものを「イラクの悪事の証拠」とか言って大騒ぎするつもりだったんだろう。
何か「手違い」があって、その陰謀が頓挫したんだろう。
しかも、そのことではイギリスに罪をなすりつけようとしているし)
ていうか。
たぶん、いかなるかたちであろうと、「戦争」という手段でアメリカがどこか他の国に「勝つ」などということは、実は「ありえない」んじゃないの?
「最後の勝利」が日本との戦争だったんだよ、きっと。
でも、わたしたち日本人は、「敗戦国」になるとどういう目にあうか、よく知っている。
戦争終結から60年近くたった今でも、日本は国土も国民も、米軍の監視下におかれている。
わたしは何度もここや他のところで書いているけれど、日本にある米軍基地は、主に日本がアメリカに逆らわないために存在している、ということを、どうか皆さん、忘れないでもらいたい。
太平洋戦争後にアメリカが起こした何度かの戦争で、アメリカが戦争ではどれほど凶暴かということを、非戦の立場からは脅威でしかないということを、日本人は目の当たりにさせられてきた。
(これも何度もしつこく書いていることだけれど、どんなに素晴らしい?政策を持った政治家であろうと、対米外交のことだけは言葉を曖昧に濁し、日本人にとって最善と思われる政策をとることができなくなる現象から、日本が今でもアメリカの「人質国家」だということがまざまざと現れている)
たぶん、アメリカは戦争による日本の支配に成功したことに味を占めて、他の国に対しても同じことがやりたくて仕方ないんじゃないか。
(アメリカでは、連邦内の「州」もそれ以外の「国」も、ともに"State"と呼ばれている。
きっとアメリカ人の中には世界中の「国"States"」が「アメリカ連邦(United States of Americaをわかりやすく訳すとこうなる)」を構成する「州"States"」になるべきだ、と思っている人がいるだろう。
言葉の働きを軽んじてはいけない。
言葉のあり方によって人の意識が規定されてしまうことだって、この世には多く起きることだ)
話が逸れた。
最後にもう一度。
もしもアメリカが日本に「本土上陸」していたら、たぶん現在の日本はアメリカと同盟国になんかなっていなかっただろう。
米軍は間違いなく、日本の国土を荒らしまわって、多くの日本人に「憎悪の連鎖」を植え付けていたことだろう。
今のイラクを見れば明らかにそれがわかる。
米軍よ、早くイラクから無条件撤退せよ。
多くの一般市民に「憎悪の押し売り」をするのはやめろ。
ついでに、それとたぶん同じくらいの量の「憎悪」を、アメリカの一般国民に植え付けるのもやめろ。
戦争は憎悪を連鎖させることはできても、決して平和をもたらすことはできない。
わたしたち人類は、そういうことをちゃんと学習できる時代にさしかかっているのだ。
人口が減らしたいんだったら戦争以外の方法でやれ。
アメリカよ、もういいかげんにしろ。
- 2003年08月14日(木) 鬱状態のたわごと
やばい、鬱に入ってしまったみたい。
ああそうか、毎日飲んでる、ちょっと元気になる薬(わたしにとっては「おっぱいを育てる薬」でもある)を、昨日は飲まなかった。
ホルモン剤も1錠だけにしてしまった。
……あ、そうじゃなくて、ホルモン剤だけで「元気になる薬」(って実は「ミラドール」のことだけどさ)を飲まなかったからいけなかったのか。
どっちにしても、生活のペースを崩してしまったことで薬をちゃんと飲まず、それで鬱に入ってしまった、ということか……
ああ。
ばっかみたい。わたし。←このひとことで、身動きできなくなってしまうのが「鬱」なんですよ。ははは(自嘲)。
バイトも遅れてしまったし。ばーか。自分。
またクビになってしまったらどうしよう…… なんでこんなどうしようもないことになっちゃうんだよぉ(悔し涙)。
いろんなことが遅くなっていて、できずにいる。
やだよぉっ。
生きている間に、できるだけのことはしたい、と思ってるのに。
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そうそう。
わたし、「長生きしたい」と思うようになってきた。
理由は、たった一つ。
死んじゃったら歌えないから。
Eva Cassidyも、美空ひばりも坂本九も、もうその人自身が歌っているわけではない。
雪村いづみが美空ひばりの歌をいくら歌っても、それはあくまで「美空ひばりの思い出を歌う雪村いづみ」でしかない。
歌は、音楽は、常に時とともにある。
どんなに克明に記録された音楽でも、歌っている瞬間を過ぎてしまったら、それは「歌の思い出」でしかないのだ。
音の本質が、一瞬の空気の揺らぎであるから、そんなはかないことになってしまうのかもしれない。
でも、それは時間に支配された存在でしかありえない人間の姿そのものであるようにも、思える。
わたしは、そういう瞬間を、生きている間にできるだけ多く楽しみたいのだ。
歌は、わたしにとっていちばん大切な「わたし」なのだ。
ああ、うまく言えないわ。
わたしは生きていきたい。
さっさと死んじゃ、だめ。
たとえそれが「平均寿命」とかに比べたらいくらか短かったとしても。
いや、短くなっているとしても、それをできる限り引き伸ばして、生きることにしがみついていたい。
たとえそれが、多くの人たちの迷惑でしかなくなってしまったとしても。
(生きていることが他の誰かの迷惑になるかどうかなんて考えたら、誰だって他の誰かにとって存在そのものが迷惑でしかないようなこと、あると思う。「誰にも迷惑をかけずに生きる」なんて、とんでもない勘違いの、それこそはた迷惑な偽善だと思う。……もっと言えば、人間の存在そのものが、地球にとっては大きな迷惑でしかないかもしれない。人間が地球に対して行っている、おばかな破壊行為を考えれば…… 「自然環境保護」なんていっても、しょせんは人間のあさはかな自己満足でしかないと思うし。自然を守るために人間ができる最善のことは、自分たちが真っ先に滅びることなのだ。――でも、だからといって、自ら滅びたいと思う? まずあなた自身が? 少なくともわたしは、いやだ。っていうか、できない。自ら滅ぶ勇気なんて、ないもん)
わたしは、もっともっと歌いたいの。
今、死ぬわけにはいかないの!と、思ったら、午後10時頃から午前2時半まで、ずうっとギターを弾きながら歌いつづけてしまった。
4時間半か。けっこう鍛えることができたかな。
昔みたいに「8時間ぶっ通し」というのはさすがにできないけど。
とりあえず、こないだ5000円で買った「Morris Tornade」(実は埃まみれになっていただけで、かなり状態の良い品だった!ラッキー♪)に、かなり指が慣れてきた。
ところでわたし、なんで夜中でないと歌えないんだろう?
……理由はわかっている。昼間は外の自動車の音がうるさいからだ。
でも、静かな夜中をわたしが騒がしくしてどーする!?
- 2003年08月12日(火) 政治感覚
「小泉氏でなかったら民主党のほうがまだまし。」
↑いや、その。よくわかんないけど、どうしてもそういう気がする。
朝日新聞でもそういう意味のことを言っている。
早い話、国政は自民じゃダメなの。
小泉氏だからもってるようなもの。
もちろん、小泉氏の政策は「ジジイの既得権益なんか無視」(=道路公団民営化)というものだから、ジジイたちにとっては面白くないことこの上ないだろう。
でもね。
若い子たちや女の子なんかは言ってるよね。
「小泉さんってまともなこと言うねー」って。
もしもまともなこと言ってるとできないような政治だったら、そんなのやめちゃえばいい。
国民に理解できない「高度な政治的判断」なんて、必要ない。
「国民に理解できない」っていうか「国民には知られたくない、気にしてほしくない」というのは、日本の国土も国民も相変わらず米軍の支配化にある、ということくらいでしょう。
ちょっとでも逆らったら、アフガンやイラクと同じような目に日本があう、ということ。
そんなの、みんな知ってるよ。
だから、小泉氏でさえ対米外交のことになると急に歯切れが悪くなってしまうのも、みんなわかってて支持してるんだよ。
小泉氏以外が自民党総裁になるのなら、わたしはたぶん自民党のことをクソミソにけなすようになるだろう。
って、いつもけなしてるか、既に。
特にレイプ容認発言をするバカオヤジが跋扈しているのを聞くと、本当にぞっとする。
「男のあり方を問う会」(仮のサイト)http://www.thinking-men.jp/
いつまで「太平洋戦争」のつづきをやってるんだか。
戦後は終わってなんかいないじゃん、これじゃ。
上の世代から植え付けられた「戦争PTSD」の連鎖(=レイプもDVも、根っこは戦争のトラウマ)に、早く男たちみんな気がつけばいいのに。
そうすれば、「道路」「ハコもの」ばかりに頼るやり方がどれほど「戦争ごっこ」じみていて愚かか、ちゃんと見えてくるだろうに。
まあ、先のないジジイたちには、気付けっていうこと自体が酷なのかもしれない。
とりあえず、
菅直人=20% : 小泉純一郎=50% (支持率)と
民主党=34% : 自民党=34% (政権の中心にふさわしい政党)という
二つの数字(世論調査より)が語っていることを、わたしなりにことばにしてみました。
自民党のレイプオヤジたちが議員を辞めたら、考えを変えるかもしれない。
自民党にもまともな人権感覚を持った人がいるんだ、と思えるだろうから。
最後に。
わたしたちがやっていることは、全て未来へ向かって何かを投げかけていることになる。
未来を担う世代が上の世代を恨むことがないようにしたい。
そのためには、お金やモノをいくら恵んでも意味がない。
(なければ怒るだろうけれど、あっても当たり前にしか思ってくれないだろう;1950〜70年代にかけて、わたしたちの上の世代がそういう価値観と社会構造をがっちり築き上げてしまった=これも戦争トラウマだと思うけど)
もっと大切なものを残す努力をしなければ。
- 2003年08月08日(金) 昨日と明日の間で
といったって、何かカッコイイ意味合いがあるわけじゃありません。
★たまたま、昨日「8月7日」はそういえば父のお誕生日だったなあ、ということ。
★明日は「BeGood Cafe Shizuokahttp://www.begoodcafe.com/shizuoka/」に参加して、いちおう「GIDしずおか」代表として3分間スピーチをしてくる、ということ。
ところで、その時にゲストで来るジャーナリスト・志葉 玲さんhttp://homepage2.nifty.com/rei-ngo-report/て、かわいくてカッコイイね。
……って、それだけなんですが。8月のGIDしずおか定例会は
8月20日(水)午後7時〜
静岡県男女共同参画センターあざれあ 第1会議室
にて開催します。内容は:
・今後の活動方針(定例会、イベント開催)
・会則(入会、会費、会報、定例会、イベントなど)の原案提示と審議
・第1回学習会(『1人ひとりの性を大切にして生きる』をテキストに)
……て、これをメールでもあちこちに配信しなくちゃならないんだ。
うわー、なぜかできない……
- 2003年08月05日(火) 錯綜……
なんだか、やることがいっぱいで、頭がごちゃごちゃになっている。
だいたい、こんな時間[8:28 03/08/05]にわたしが起きていることじたい、何かおかしいんだ。
(深夜に少し寝たけど、4時だか5時頃には起きだしてしまった)
★ライブの準備
・8/22(金)Mild Live #4 @EXPERIENCE
・8/27(水)Johnny Handsome @EXPERIENCE
おっとその前に
・8/10(日)Acoustic Sammit @EXPERIENCE
・8/10(日)しのちゃんの音楽出演お手伝い(某「グランドホテル」!?)
それから
★2003年9月23日(祝) EXPERIENCEでスペシャルライブ!
ゲスト:MIWA+よっちゃん←繊細で表現豊かなVoと切ない歌詞がサイコー!
時間:20時開場・20時半開演
料金:1500円/w 1drink ←8月上旬〜中旬に発売予定
※※※皆さん、どうか来てくださいね!※※※
★GIDしずおかの動き
・第2回定例会(会則決定、今後のイベント企画、学習会)
・ML設定(参加ご希望の方は……ちょっと待っててくださいね。今のところスタッフのみで試行段階です)
・静岡市議会への陳情、その後(→県へ上げるか、市への陳情を少し内容を手直しするか、など)
※静岡市立清水病院(旧清水市立病院)のほうで、GID医療についてかなり好意的な意見をいただいているので、そちらにもアクセスしなければ。
★アムネスティ関連
・懇親会に参加……あっ、このときに「うたわせてください」というお話をしたんだった!
・「BeGood Cafe」に参加(これはGIDしずおかのPR含めて)
ええと……まだ何かあったような。
でも、頭がごちゃごちゃなの。
ちょっとやばいかも。
ああ、そうか……メンタル行ってない……
あ、あの人にメールのお返事してない……
あ、ボランティア協会の会報の表紙にわたしのことが掲載されているのに、何もフォローしてない……
最近、スタバ行ってない……
お金が足りない……