| 2003年11月26日(水) |
明日の新聞をチェックしよう |
本日は仕事で車を運転していたのですが、はっきりいって下手なので、夕方にはヘロヘロになっていました。 そんな状態なので、うっかりとしたミスがあってもおかしくないと自覚していました。 職場まで後2キロくらいのとこです。 気がつくと、後ろにはツートンカラーの赤色灯を点滅した車が・・・・・・ しかも、「とまれ〜〜〜!」と叫んでいます。
まず、スピードを確認。 メーターは50キロを指していました。 スピード違反?
次に来た道を思い出します。 信号を通った後でした。 先頭を走っていたから、うっかりと・・・(アセ)
最後にシートベルトをチェック。 これはいつもつけてます。 少なくともこれではない。
あぁ〜〜 信号無視か〜〜 気がつかずにやってしまったのか〜 と、自身を叱責しながら車を左に寄せました。
すると・・・・・・すぐに追い越して、前を走っていた原付を停車させた警察車両。
・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・関係なかったんですね、私。
忙しくて、昼も休めずに運転していた自分。 とりあえず悪くないとほっとしている自分。 真後ろに来るまでパトに気がつかない自分。
安全管理上には問題ありですね。
それにしても、かなり乱暴に警官が停車させていたのが気になりました。 具体的には、肩と言うかほとんど首の辺りをつかんで激しく揺さぶっていたこと、締め切った車内にも聞こえるような怒声。 その割に、原付から降車させるのでなく、またがったまま脇に寄せさせた警官。
仮に、交通違反で捕まえたなら、冷静に対処しなくてはいけないでしょう。 高圧的な態度というのはちょっと問題があります。 仮に、道交法以外で捕まえようとして追いかけていたなら、原付のエンジンを停止させ、手押しの形にして横に寄せるべきです。 そうでないと、急発進して逃亡する可能性や、それに警官が巻き込まれる可能性も残っているのです。
明日の朝刊を見て、どっちが正しかったのかチェックしてみます。 まぁ、新聞に載るくらいのことだと、治安が悪くなったことを知ってしまうので嫌なのですが、曖昧のままでは気になってしまいますからね。
今年の4月くらいから『Tarzan』という雑誌を定期購読するようになった。 どんな雑誌かというと、体の鍛え方が載っている雑誌だ。 走ることだったり、食生活のことだったり、簡単なトレーニングの仕方だったりと、体を動かすことが好きな私にとってはなかなか面白く読める。 そんな雑誌の記事で走ることが記事にあった。 『健康診断の結果や体重が、ちょっと・・・・・・いや、だいぶひどいので、走るのもいいかな〜』と考えていた矢先に、である。
記事の中に初心者が3ヵ月後のマラソン大会に照準を合わせて行うトレーニング方法が書いてあった。 そして、3ヵ月後というと、日本平マラソンがあるくらいの時期ではないか? ・・・なんというか、これまたタイミングを計ったような感じである。
やってみたいと思いつつ、たかだか3ヶ月で長距離向きの体になるかと不安に思い、メニューの極々初歩をやってみた。 それは、30分のウォーキング。 歩き方を意識しつつ、バスで帰る道を30分歩いた。
普段でもこの半分くらいはよく歩く。 だが、歩き方に注意してみると疲れ方がぜんぜん違うのだ。 意識する歩き方だとアキレス腱近辺の筋肉が痛い。 ひねるとか痛めたとかではなく、普段使っていない筋肉が自己主張していて痛いのだ。 なのに、簡単に歩けてしまう。 2キロ半ほどの距離を歩いたのだが、普段1キロ歩くより疲れなかったのだ。
この調子で20キロくらい走れるようになったら、さぞかし気持ちいいことだろう。 少し、体を動かしてみよう。 次の予定は土曜だ。 まぁ、今日限りで終わらないように、気を入れ過ぎない程度にやってみよう。
注:動かすのが好きであっても、運動神経は悪い。俗に言う『下手の横好き』。
*投票権がない人や選挙に行かない人はわからないかもしれません。
日曜日の選挙の端っこを借りるようにやられていた『国民審査制度』 最高裁の裁判官を信任するかどうかの投票のことです。 いや、発言が正確ではないですね。 最高裁の裁判官を信任しないかどうかの投票です。 実はこの赤字の部分、かなりのいんちきというか、ずるいというか・・・・・・
裁判官を信任しない場合は『×』をつけます。 信任する場合は『○』を・・・・・・つけるわけではありません。 『○』をつけても『▲』や『■』をつけても無効票になります。 何もつけないことが信任になるのです。
さて、投票した方で何もつけなかった方。 あなたは信任のつもりで何もつけませんでしたか? もし、放棄するつもりだとしたら・・・・・・ 仮に放棄するつもりだった場合、用紙を受け取らないことですが、そんなことを説明してもらいましたか?
実はこの制度、はじまってから現在まで信任されなかった人はいません。 なぜかというと、この投票には �〕�解して×をつける人 �⇒�解して何もつけない人 �J�棄する人 �ね�解せずに○×(+その他)をつける人 の4パターンの人がいます。 純粋に判断するなら�,鉢△波獣任垢戮�です。 しかし、��のうち「とりあえず用紙をもらったけど放棄するから何もかかない」という人まで�△汎韻鍵靴い砲覆辰討靴泙い泙后� その裁判官がどんなことをやったかの情報だって、選挙に隠れてろくに伝わりません。 これじゃ、惰性でやっている無駄な制度ですよね・・・
この制度自体廃止にするか、○と×(信任と不信任)に制度改正してください。 これだって大事な税金が使われているんでしょ? 不平等なものと思うのは私だけでしょうか?
追記�� もし×をつける相手がいなかったら、突っ返してやりたかったなぁ・・・・・・ 追記�� 月曜の新聞でこの結果を見つけることはできませんでした。 探し方がが悪いのかな?それとも・・・・・・
医者に名医とヤブ医者がいるように、患者にも良い患者と悪い患者がいる。 患者の良い悪いといっても、入院中なのに外を出歩いたりとか、興味本位で傷口を触ってしまう大げさなものもある。 だが、もっと根本的な、同じ症状でも明らかに治りが遅い『悪い患者』というのをご存知だろうか?
例えば、貴方が体調が悪くて病院にいったとしよう。 受付をして、待合室で待たされて、そして、やっと自分の順番になった。 回転するスツール(背もたれのない椅子)に座らされ、背もたれのついた高そうな椅子に座った医者がえらそうに聞くのだ。 「どうなさいました?」っと
さて、何と答える患者が治りの早い患者か想像して欲しい。
� 嵒�邪をひいたみたいなんです」 �◆屮札�が出て、食欲がありません」 ��「ご覧のとおりです」
さぁ、何番ですか?
答えを言うと、�△�良い患者です。
�,里茲Δ法峪笋蓮�○なんだ」と思い込んでいる患者は、思い込みが薬を効きにくくする。 まっとうなことを言うと、風邪とわかっているなら、病院に来る必要はない。 よほど近所に病院があるのならともかく、買い置きの薬に風邪薬ぐらいはあるだろう。 風邪なら一番の薬は「休養と栄養」だ。 少し多めに布団をかけて、消化の良いものを食べれば体調は良くなる。 それなのに、わざわざ外に出歩いてくるのは、悪化させようとしているだけだ。 また、風邪ではなかった場合、そのことを信用しない。 医者が「盲腸ですね」と言ったら、医者に対して不信感を抱く。 たとえ盲腸であろうとも、「この医者、信頼できるか?」と思う気持ちが病気を治しにくくするのだ。
病気になった時、病気そのものを疑うのはかまわない。 しかし、一度任せるならとことん任せてしまう。 自分の仕事は早く治ることと割り切ってしまうのだ。 不信の下では元気に芽は育たない。何事においても・・・
なお、��は論外です。 一見して悪いところがわかるくらいなら、救急車を呼んで早く診てもらいましょう。
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