、まとめ
)
こあらの見た風景(要はブログ)
スタートしました。
うちのテレビは、非常に写りが悪い。
どれくらい悪いかというと、テレビの用をなさないくらい。
時間帯やチャンネルによっても違うんだけど、
ゴーストなんて生易しいものじゃなくて、全く画像が見られないのだ。
気分としては、サイケデリックな映像を見ながら
ラジオを聞いている・・・という状態になる。
やはり、別の手段を考えるべきなんだろうな
今日は、僕が新人として配属されたときに、3週間だけ一緒にいた先輩の壮行会。
(先輩が異動になるために席が空き、その席に僕が入った)
人事ローテーションの一環として、うちの関連会社に出向となったのだ。
うちの会社の一般的な傾向として、「手元で一通りの仕事を身につけた後
関連会社に派遣して、その関連会社の業務の一切を一人で取り仕切る」という、
人事コースがあって、彼はそれに乗っかったという感じ。
ちなみに、うちの会社は「家族持ちにやさしい」のが特徴の人事をするため、
結婚しているひとは、異動も自宅から通える範囲なのだが、
結婚していないひとは、遠慮なく地方に飛ばされる。
彼の場合は、後者である。
うまれも育ちも横浜だから、人生はじめての田舎暮らしじゃないのかなぁ?
正直言って僕にとって彼は苦手なひとだ。配属後、彼が異動になるまでの3週間は、本当に苦痛だった。そばにいると気詰まりしか感じないのだから。
といっても、そばにいなければいいのであって、学ぶべきところも多い人だ。
彼は、2週間ほど前から自身の引越し、業務の引継ぎ、関係各方面からの
送別会などで、結構お疲れのようだった。
でも、そうやってたくさんの人から声をかけてもらえるんだから、
たいしたもんだよなとも思う。
今ごろは、3次会の時間でしょうか?
私は、ご挨拶もそこそこに帰宅しましたが、お元気でお過ごしください。
・・・・・・・・
飲み会すんで帰り道。山手線が止まっているとのアナウンス。
品川につくまではよかったんだけど、品川駅は大混雑。
その状態を見て、電車に乗るのに嫌気が差して、タクシーで帰宅。
タクシーに揺られていると、しばから電話。
「これから、ちょっとのんでかえりたいんだけど〜」
だめという理由もないし、僕は飲みたい気分ではなかったので、先に帰宅。
「ちょっと」といっておきながら、1時間はいたようだ。
こあらをかまってくれなくて、ちょっと寂しい気持ちもするんだけど、
「一人気ままに動き回るしば」が、一番しばらしいとも思うので、
いい傾向だと思って見守るこあらであった。
うちの会社は基本的にカジュアルOKなので、社内での服装は千差万別。
もちろん、年齢による服装の差が出てくるのは当然なんだけど、
それ以上に顕著なのは、職種(仕事内容)による差。
まず、私もその中にいる事務系。
色はとりどりなんだけどデザインは地味。
街を歩いていて、いい意味でも悪い意味でも目を引くことはない、
いたって普通の印象を受けるのが事務系ファッションである。
ただ、女性がフロアの半分以上という、うちの会社ではあるまじき状況では、
そのときの流行を感じるのは、比較的容易だ。
(というよりは、カジュアル化しようといっいいだしっぺの役員が、
一番口うるさくあれやこれやいうので、着こなしを楽しむことはあまりできない。)
次に、技術系のSEの皆様。(ただし、ソフト系)
デザインも地味、色も地味。服装だけでいえば「どんより」という感じである。
あまり、服装には気を使っていないのかな?
「流行に左右されない服」というよりは、「流行ってなに?」という感じで、
いつ見ても、どこで見ても同じような服。
まぁ、悪い印象は受けないから、いいんだけどね。
最後に技術系のSEというよりはプログラマの方々。
(ハード系のみなさんは、本社のビルにはいらっしゃいません。念のため。)
この層は、はっきりいって人それぞれ。大きく分けると
�ー�分に似合った服を着ている人。
��服そのもののセンスはいいものの、鏡をよく見たほうがいいと思われる人。
��・・・の人々。(想像にお任せします)
はっきりいって、��が多い。
休日に秋葉原のジャンク屋や○○○屋にたむろっていそうな感じのお兄さんが、
そのままの服装で会社にいる。
そういう人たちは決してお客様のいるところには出てこない。
でも、そんな服装で会社にいてもいいのかぁ?!
(おかげで、�,呂發舛蹐鶚△任気┐癲�
「はきだめの鶴」状態になるので、実力以上の評価を受けることになる。)
・・・などと、後輩君(SE)にぼやいたところ、彼はあっさりひとこと。
「彼ら(プログラマ)はね、わかりやすくいえばオタクの集団なんで、
社会性なんてないですよ。
でも、知識だけはたくさんあるんで便利ですよ。それに、派遣ですから。」
彼らのあの服装って、そういう問題なのかなぁ・・・。
はい?他人のことをそこまで言っている、僕の服装はどんなのかって?
それは、想像にお任せします。(笑)
| 2002年05月27日(月) |
内閣総理大臣になる方法 |
うちの夫婦が偶然街で見かけた有名な政治家が、
ここ2代続いて総理大臣になっている。
休日の夕暮れどきに衆議院の議員会館から車に乗り込もうとしたところを見かけた森さんと、
2年前の正月、新橋演舞場の玄関ホールで他の人と談笑していた小泉さん。
まさか総理になると思いもしなかったこの二人がなぜか総理になってしまった。
そして、私たちが見た有名政治家は、この二人以外にはない。
ここ最近を振り返ると、
これまでとお出かけのペースも場所も変わっていないので、
可能性は変わっていないはずなのだが、
有名政治家にはお会いしていない。
そんなわけで、当面政権交代はありません。
小泉政権安泰です(笑)
もし、われこそは次の総理大臣とお考えの有名政治家のみなさま、
私たちの散歩コースにさりげなく登場なさってください。
次の総理をお約束します。
ちなみに、有名か無名かの基準は私たち夫婦の主観なので、
たくさんメディアに露出なさるなどの、自助努力もお忘れなきよう。
| 2002年05月25日(土) |
お寺の鐘は「ごーん」と鳴る |
昨日はしばさんが5時に帰宅するというから、
てっきり夕ご飯を作ってくれていると思っていた。
もともと、夕ご飯は『できるほうが作る』ルールで運用されているからだ。
で、残業中、しばさんから電話。
「駅前留学してから飲んで帰ってきたんだ」というのを聞きながら、
頭の中でお寺の鐘がご〜んとなる音を聞く。
決して「ごい〜ん」ではない>しば
深夜に帰宅。しばは起きていた。
どうやら、シンクに沈んでいた食器をちゃんと洗い、
山積となっていたリサイクルごみの整理をしてくれていたようだ。ありがとう。
たとえ平日の夜に早く帰宅しても料理を作ろうとは思わなくても、
ほかのことはしてくれていたんだね。
まぁ、普段見ることのない平日の街を見ることができて、
うれしかったんだろう。
だから帰らなかったんだよね、しばさん。
でも、作業をしてもらったのに文句を言うわけではないんだけど、
はさみを使ったら、それを床の上においておくのはやめてね。
いつもしばさんが言うでしょ?「遠足は家に帰るまでが遠足」って。
最後の最後が抜けてたばっかりに、そこまで積み上げたものが
ガラガラガラ〜ってことにならないようにね。
| 2002年05月24日(金) |
最近の英語のやる気のなさについて |
今週2回目の終電帰宅。
なんでこんな時間まで仕事していなくてはならないんでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
駅前留学、ただいまレベル4。
今現在、正直言って駅前留学がことのほか面白くない。
そういえば、なんだかんだでこの1ヵ月近く通ってないような・・・
理由はわかっている。レッスンがあほらしいから。
このレベルは、『英語で議論をすることを目標とする』レベルらしい。
だから講師はなにかと議論(ディベート)しろといってくる。
もちろん、議論は必要だ。
2人の人間が存在すれば、何らかの形で議論しないと、
うまくいくはずがナイ。その点では、議論の必要性は理解できる。
しかし、である。
「大阪と東京どちらがすばらしいか」という話しや、
相手の言った「至極ごもっとも」なことについて、とにかく反論することなど、
練習ということをさっぴいても、納得いかない。
それに、僕はネイティブとの英会話に来ているのである。
同じグループの文法ブロークンで、カタカナ発音の
日本人の英語を聞くためにレッスンを取っているのではない。
ネイティブと話すためなんだから。
ついでに言えば、
僕が毎日お邪魔するGenkey君が日記で書いているように、
日本語で話せないネタについては、英語でも話せないのよ。
僕が興味のないネタ。
� ̄撚茵�関連して、俳優・女優にも興味がない。
(最近見た順に:ムーランルージュ→海の上のピアニスト→スピード(2ではない))
�▲汽奪�ー
�N更�
(真顔で「どうして旅行に行かなくてはならないの?」と聞くくらい)
そして不幸なことに、このネタが講師が使いたがるネタなのである。
ついでにいうと、「〜しなくてならない」とか「〜するつもりだ」などの
表現を練習するときに、えてして
「家でパーティを開くので、みなさんで話し合って準備をしてください」
あのね、
�_箸妊僉璽謄�ーを開くなんてシチュエーションは経験したことないの
�△世い燭ぁ�家でわいわい騒ぐのが嫌いなの
��そもそも、騒ぐこと自体が嫌いなの
こんな僕に話を膨らませろっていう注文自体が無理。
でも、文句ばかり言ってても上達はしないのよね。
こう言うことは、素直にならなきゃ。。。。
そんなわけで、こあらは当面、グループレッスンではなくて、マンツーマンの
レッスンを受講することにする。ちょっと高いけど、どうせ会社の経費だし。
このほうが、自分の思いのまま話せるし(話さないと間が持たないともいう)。
いつものことなのだが、
僕が妹に会った後、しばさんの御機嫌は悪くなる。
これは、しばさんは妹(M嬢)が嫌だからというのではない(はず)。
妹に会って喜んでいる僕の様子をみて、御機嫌が斜めになっているのだ。
「妹と私とどっちが大切なのよ」というわけ。
こんなことをいっているしばさんだって、自分の妹といるときは、
顔がにやけているし、僕のことなんか目に入ってない。
だから、「妹と僕とどっちが大切なんだよ」と叫びたくなる。
こういうことはお互い様だと思うのだが・・・確かに、僕はバカ兄ですけど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日の日記で「横浜にふらっとたちよる兄の家があったら」なんて書いたが、
水曜日の勤務はいきなり終電になってしまった。
自宅に帰るのが面倒くさいぃぃ。
横浜に温かく迎えてくれるお兄ちゃんはいないものか・・・と、
帰りの電車を待ちながら思う。
でも、「妹に対するバカ兄」というのは、僕を含めてかなりいるみたいですが、
「弟に対するバカ兄」はどうなんでしょ?
愛情がないわけではないだろうけど、
妹に対するものとは違うんだろうな・・・。
それはともかく
ただ、始発や終電というものは、
とかくイレギュラーな取扱いが駅でなされるもので、
もともと「イレギュラー扱い」が大好きな手続き魔こあらとしては、
体の疲れとは別に、興味津々・・・ではあるのだが、
僕の目的は決して電車の観察ではなくて帰宅すること。
山手線の内回りの終点が池袋だったとか、
横須賀線の終電の到着は、通常のホームではなくて臨時ホームだから、
電車とホームの高さが調整されていないため、
降りるときに足元に注意しなくてはならないとか、
そういうことは、帰巣本能に支配されているこあらにはあまり関係ない。
乗り継ぎの電車の待ち時間が20分なのをみて、一気に力が抜ける。
ふらふらになりながら、午前1時に帰宅。できれば、今後終電で帰る生活はしたくないものだ・・・。
| 2002年05月21日(火) |
妹来たりて、そのまま帰る |
昨日の夜、翌日が休日でもないのに妹がきた。
本当におもてなしはしなかったんだけど、
しばさんには、メイク道具・シャツ・朝食など、柴はいろいろ気を使ったようだ。
ありがとう、わが妻よ。
僕も、横浜に気軽に立ち寄ることのできる兄がほしいものだ。
会社にもって行くことができなかった荷物があったので、
仕事帰りに妹が立ち寄る。
荷物だけとってハイさようならではあまりにつれないので、
小一時間、妹とおしゃべり。
その間、僕はしばとこあらの夕ご飯を用意していたのだが、
妹は「隣の柴は青い」と、おかずだけ食べて帰った。
田舎にいる頃、妹に食事を作ったことはなかったのだが、
これまでの料理は概ね評判がよい・・・と、いうことはおいしいようだ。
「妹がまずいといった料理は本当にまずいかどうかはわからないが、
妹がおいしいといった料理は本当においしい」というのは、
妹の友人の間では、当然の事実らしい。
妹と話をしていると、笑いのつぼが同じだけあって、大爆笑できる。
妹の帰り際、ちょっとした事件発生。ふたりして、涙を流して笑いころげる。
笑い方は、母親と全く同じ。親子よのぉと二人で確認する。
しばがかえったら、夕ご飯だな♪
夕方の6:30を超えるあたりで、
「ここからはみなさんのお住まいの地域からのニュースと天気予報です」と、
ローカルニュースに変わる時間がある。
僕が中学生のとき、我が家に衛星放送が導入され、
衛星放送でNHKニュースを見ていた。
ローカルニュースに変わる時間なのに
「全国ニュース」をしている人が、そのまま首都圏のニュースをしていたことに
当時の僕はいたく感動し、
さすが東京は違うなぁ・・・と、感心したものだった。
(NHKのBS2のニュースは、首都圏の放送と同じです。念のため)
しかし、東京だから何が違うのかと、
そんなことは考えることは、当時の幼いこあらには困難だったようで、
答えは出せなかったはずだ。
そして、4年前。
就職のために横浜に引越し、やはりテレビを見ていると、
当然ながら同じ現象をみることになった。
「さすが首都圏。全国ニュースを放送している人が、
そのままローカルニュースを伝えているよ」などと、
やはり感動してしまった。
そりゃ、当然なんですよね。
在京のキー局というものは、全国放送のキー局であるのと同時に
首都圏のローカル放送局なんだから、同じ人が担当しておかしいことは
なにもないんですけど、
このことに気がついたのは、就職してからだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何気なくニュースを見ていて、
昔のこんなこあらを思い出してしまった
週末の夜でありました。
いつものように土曜日のレッスンを終え、
近所の郵便局に、書留の受け取りに行く。
そして、幸か不幸か、
その郵便局からの帰り道にうちの会社があり、
金曜日に仕事を途中で投げて帰ってしまった案件があり、
土曜日には特に予定がないという状況で、
つい、会社に入ってしまった。
ある先輩は、
「残業は『くせ』だから、やらないですむ方法を考えろよ」と、
新人であった僕にコンコンと説いてくれた。
確かに、なんとなく残業するのは、意味がないことだと思う。
会社以外の生活ってのがあるわけだし。
でも、定時後や休日の会社ってのは、
誰も邪魔してこないから仕事の効率はいいんだよね。
今日は、本当に予定がなかった。
家で転がっているくらいなら・・・と、出社。
懸案だった事項を片付ける。
これで、月曜日はすっきりと出社できそうだ。
| 2002年05月17日(金) |
いいかげんにしてほしい |
中国の日本領事館の例の事件。
中国の対応を見ていると、正直言って腹立たしい。
中国では、日本はまだ属国としてしか見ていないらしい。
まぁ、「中華」人民共和国ですから、日本は「東夷」なんでしょうけど。
念のため言っておくが、
私が気に食わないのは、中国という「組織」であって、
中国人という個人の問題ではない。
ただ、もっと愕然とするのは日本の外務省。
どうして報告書を提出した後に、こんなに新事実が出てくるの?
官房長官は「日本と外国とどちらの政府の言うことを信じる?」と発言し、
総理大臣は「日本の悪いところだけを報道するのは、自虐的だ」といっているけど、
まともに調査することもできない。
または、調査しても公表せずに包み隠してばかりの外務省を
どうやったら信用できるの?
学生時代の友人が、霞ヶ関に勤務していることと、
自分がかつては志したところということもあり、
霞ヶ関の官僚については、普通の社会人よりは肯定的な評価をしている。
しかし、
今の外務大臣の最近の答弁を見ていると、
民間出身とは言うけれど、やっぱり官僚出身なんだなぁ・・・とおもう。
僕が学生時代の就職活動をしたときに、霞ヶ関のキャリア組から受けた、
「こんな人にはなりたくない」という印象を、大臣の言葉の端々に感じてしまう。
といっても、
「だから、外務大臣を変えるべきではなかった」とはならないと思う。
前外務大臣のままだったら、もっと恐ろしいことになっていたんだろうな。
それに、
現在の大臣以外に、外務大臣になってほしい政治家なんていないし。
みんな批判するだけで、なにも実行しないんだもん。
こういうことが続くと、本当に政治不信がつのってしまう。
ヒトラーの再来、なんてことになったらどうするの?
昨日の日記で「IT企業を喧伝するわが社」と書いたが、
そのわりには、本社のセキュリティーはスッカスカである。
だって、受付のお姉さんがいないんだもん。
いるのは、無人案内装置だけ。
よくこれで、「お客様のネットワークを外部からの攻撃から守る」
なんていえるよな。自分の会社を守れるのかよ。
・・・
そういう理由(どういう理由?)もあって、
わが社の昼休みには、生命保険各社の営業職員さん、
たまには営業所長さんまでが営業にお越しになる。
今日は、「堂々人生」の会社の方が、
試写会いかがですかぁ〜とパンフをお持ちになったんだけど、
その参加申込書への記載事項が、とっても奇妙。
本人の住所、氏名、電話番号・・・これはいいでしょう。
本人の趣味・・・まぁ、わからなくはない。
本人の生年月日・・・占い→提案書へのルート確定。
家族の名前と生年月日・・・家族特約をつけるかどうかが決まるのだろう。
現在加入している保険の種類・・・試写会になぜこの情報が必要?
だいたい、「試写会のため」に必要な情報を提供して、
なんで、保険商品を売りにこられなきゃならないのよ。
この御時世、
個人情報をその集めた目的以外の理由で使用するには、
情報提供者の許可が必要というのは常識だぞ〜
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな日記をうっていたら、後ろで柴がボソッと一言。
「関係者は必死なんやで〜」
自分の業務とは直接関係ないとはいえ、なんとなく同情するのであろう。
でもね、情だけで仕事をする時代は終わったのよ、柴さん。
| 2002年05月15日(水) |
うちのかいしゃのしごと |
今日、会社のプリンタが故障した。
紙詰まりのサインがいつまでたっても消えないのだ。
最新鋭のカラープリンタを導入したばかりということもあり
すぐ、修理屋さんを呼ぶ。
コンピュータであれば、社内でなんとか出来るんだけどね・・・
程なく、修理屋さん登場。
濃いブルーのワイシャツに黒いスラックス。
右手には大きな工具箱。
背がちょっと低くて、色黒の30歳くらいのお兄さん。
プリンタの症状を説明すると、
工具箱を開いて作業開始。
いろいろな道具を広げて、プリンタを前に黙々と作業が続く。
(機械を前にしてべらべらしゃべっていたら、それはそれで恐い・・・)
しばらくして、原因が見つかり、
故障の原因と対策について、こちらに説明した後、
その人は帰っていった。
必要以上のことは言わないけど、
全身から「誠意」のオーラを発しているように見える
おとなしい人だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
修理屋さんが帰った後、
「うちの会社の現場の人も、あんな感じで仕事しているんだよね」と
話が盛り上がった。
私の会社は、今でこそ、IT企業の一員だと喧伝しているけれど、
もともとはコンピュータの保守屋である。
もちろん、今でも売上げの半分はこの仕事である。
お客様から「コンピュータの調子がおかしい」とご連絡をいただくと、
担当者が駆けつけて、黙々と作業をして、正常に戻して帰っていく。
うちの会社が設立された頃は、コンピュータの草創期で、
「保守員も部品の一部」といわれていたくらい、まともに稼動する方が珍しく、
それゆえ、日本全国でこういう光景が繰り広げられていたらしい。
余談だが、
このような機械油にまみれての作業をしている姿は、
えてして女性からは「かっこいい」と写ったらしく、
お客様先で「お茶でもいかがですか?」と、声をかけられ、
それがきっかけで華燭の典へと進んだ例は、
うちの幹部連中に数多くいる。
時代は進んで、状況はいくぶんかは変わっただろうけど、
こういうお兄さんたちがいるから、平穏無事に生活出来るんだよなと、
そして、うちの会社の原点の仕事はこういう仕事なんだよなと、
思いを馳せた1日でありました。
| 2002年05月14日(火) |
スーパーシート乗り比べ |
今朝、食卓の机の上に「7つの習慣」の本があった。
僕が読んでいないんだから、読んだのは柴。
余談だが、柴は出したものを片付ける習慣とゴミをごみ箱に捨てる習慣を
もっていないため、僕が留守の間に部屋で柴が何をしていたか、
順番はともかく簡単に推測することができる。
学生時代から変わっていない点だ。
それはともかく、
いまごろこんな本を引っ張り出してきたのは、
コータローさんの日記(サラリーマンコータローの日記)の影響であるのは、
間違いない。柴も何か思うところがあるのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、会社のお金で出張するときは、
ささやかな贅沢をさせてもらう。
その贅沢とは、移動に「グリーン車かスーパーシートを使う」こと。
もちろん、会社からは指定席分しか費用はでないから、
はみ出た部分は自腹ですよ。ねんのため。
もともと鉄道はすきなのだが、
ひとつのところに長時間じ〜っと座っているのが嫌いなのと、
最近、新幹線に乗り飽きたのと、
予約時期によっては飛行機のほうが安いのと
マイレージプログラムにしっかり影響されているのと、
空港の雰囲気がダイスキということがあり、
可能なときは飛行機(=スーパーシート)を利用している。
今回の出張は、ビジネスパックを使ったため
JALとJASに搭乗することになった。
いつもよく使うANAを含め、最近のスーパーシートに一通り
座ることができた。
そんなわけで、各社の評価
<豪華なJAL>
スーパーシートに座ると、チーフ客室乗務員(=スチュワーデス)さんが、
ひとりひとりに、「本日担当致します●●でございます。」と
挨拶してもらえる。けっこうそれだけでも、気分がいいんだけど、
客室乗務員の身のこなしが、国内三社の中では一番上品に見える。
ちなみに、機内サービスは便の出発時刻によって異なるが、
今回は午後便だったので、「サンドイッチ」と「おかき」だった。
<お得なJAS>
昔はどこでも提供していたスーパーシート予約客への
空港でのラウンジサービス(搭乗するまでの時間を、特別な部屋でゆったりと過ごせるというもの)を唯一継続している会社。
席につくなり、客室乗務員の人には「新聞はいかがですか?」など、
いろいろ声をかけてもらえる。
「気を使ってもらっているんだなぁ」と一生懸命さが伝わってくるサービス。
「サービスは量で攻める」といっているようにも見えなくもないが・・・
このあたりが、JALとは異なるところ。
機内サービスは、時間帯にかかわらず「茶菓子」か「軽食」
名誉鉄人石鍋裕の監修によるもので、おいしいしそれなりにお腹にたまる。
<取りたてて特徴のないANA>
JALと比べると、優雅さにはかける
JASと比べると、サービスの量にかける。
特別料金を払って損したという気持ちにはならないけど、
可もなく不可もなくという感じ。
御参考なりましたでしょうか?
今回の関西行きのメインイベント、
関西でのグループディスカッションにいってまいりました。
決して、奈良観光に行ったわけではないのです。
私が就職した時の会社説明会と同じ場所。時期もほぼ同じ。
大阪には何度か立ち寄ったけど、ここに来るのは5年ぶり。
このあたりは何も変わってませんでしたね。
でも、5年前と違うのは、
僕のときは就職活動の真っ最中だったのが、
今回はもう終わりだということ。
毎年早くなるとは言うけれど、
大学3年生のときに就職を決めてしまうのはいかがなものかと
思ってしまう・・・。
グループディスカッションは淡々と終了。
「大阪だから」と特筆するようなことはなかった。
ただ、正直言って、当社も内定はすでにでているのであり、
あまりに平凡だと、前の人を追いぬいて内定は出ないだろうなぁ。
帰りの飛行機まで時間があったので、ミナミをうろつく。
学生時代、ミナミに行くといえば
「御堂筋線心斎橋駅→心斎橋筋→戎橋→千日前通→なんば」が定番。
アメリカ村には興味なかったし。
とおりの雰囲気は変わっていないけど、
お店は当然ながらころっと変わっていた。
僕が買いたくても(お値段が高くて)買えなかったブランドも消えていた。
そりゃ、時代が変わったんだから、しかたがないんだけどね。
戎橋では、サッカーの日本代表のユニフォームに着替えたグリコの看板と、
一時期旅行に行っていたかに道楽のカニ、
くいだおれ人形にもちゃんと挨拶をしてきた。
とくに、食い倒れ人形は、僕が似ていると、学生時代の友人にいわれて以来、
なんとなく愛着を感じている。
今日も元気に太鼓をたたいていた。
お不動さんに水をかけて、千日前通を進む。
すると、プランタンなんばが、いつのまにかビックカメラに。
ビックカメラって、有楽町といい、デパートの跡地に出店するのが
すきなんだろうか?
なんばに到着。
なんばウォークをうろちょろして、空港行きのリムジンバスに乗る。
つぎの大阪行きは来月上旬。柴と一緒にどこに行こうかな?
月曜日に大阪出張なので、日曜日のうちに関西に先回り。
ここ7、8年顔を出していない奈良に
いってみた。
ことしは、大仏開眼1250年の記念イベントがあるからだ。
久しぶりに拝んだ大仏さんは、
昔と代わらず、微笑んでいらっしゃった。
はじめて拝んだのは小学校5年生のとき、
「大仏さんがにらんでる〜」と、私が両親に言ったのを
いまだに覚えている。
執金剛神立像は、毎年12月16日にしか、
厨子の扉を開かない秘仏なので、
今回見逃したら、次にお会いするのはいつなのやら・・
そんなわけで、いそいそと東大寺三月堂へ行く。
ずっと秘仏だったからだろうけど、
まだ、製作当時の色が残っていた。
このお堂ができた当時は、金色に輝く仏像に囲まれ、
仏国土とはさもありなんという、
様相を呈していたのだろう。
春日大社に参拝に行き(昔はただで本殿前に行けたようなきがする・・・)、
奈良国立博物館へ。
東大寺のすべて展、正倉院展級の混み具合を覚悟していたんだけど、
思ったより人は多くなかった。
奈良時代から江戸時代に至るまでの関係史料をずらっと並べていたんだけど、
さっきの執金剛神立像といい、この後みた興福寺の阿修羅像といい、
僕は、「塑造」をすきすき〜と思いながら見ていた。
東大寺南大門の金剛力士像のような、鎌倉時代の仏像に見られる写実表現が、
力強さの表現とするならば、
これらの奈良時代の仏像は、やさしさの表現だなぁ・・・とおもう。
体の線が全体的に丸く、肌がつやつやしていて、顔も穏やか。
天平時代の仏像は、基本的にやさしい顔をしているとおもう。
もちろん、執金剛神立像のような、仏法の守護神のかおは
怖い顔なんだけど、怖さが全面には出てこない。
印象としては、
金剛力士像が大人の男なら、奈良時代の仏像は少年といったところ。
意外とのんびりと展示を楽しんだ後、
興福寺→ならまちと散策して、大阪へむかう。
月曜日は午後から大阪で仕事。
そのあとは、京都に行くかなぁ、やっぱり。
ところで、
東大寺のすべて展で金泥のお経を見ていたオバさんが、
「こういう金文字って、泥でかいているんだぁ」と感動していらっしゃいました。
あのね、金泥というのは、泥ではないんですよ・・・。
本当に泥だったら、こんなに輝くはずないじゃないの。
ちゃんと、解説文を読みましょうね。
通常なら、今日は東京のオフィス出社なんだけど、
本社の人間がことごとく出張してしまうため、
留守番として本社に行くことになったのだ。
本社は遠いんだよなぁ・・・
こういうとき、「ひとりでのんびり仕事ができる」と
期待するととんでもないことになるのが世の常だが、
世の常のとおりになってしまった。
会社のみなさん。
�,匹Δ靴董屬い覆た諭廚砲个�り問合せをするのですか?
�△匹Δ靴得擶�詰ってから、仕事を依頼してくるのですか?
後1時間前に来てくれれば、もう少し違った対応ができたものを
こういうことにまきこまれて、
広くもない社内をばたばたを走り回るこあら
あやうく、昼ご飯までぶっ飛びそうになった。
でも、帰ったらお楽しみが待っているんだもんね。
そのことはまた後日。
連休明けで無事に社会復帰できるのかどうか不安だったけど、
何とか出社。仕事は思ったよりたまっていなかったので、
淡々と時間を過ごすことができた。
休みの翌日はこういう日が一番ありがたい。
(しばは激務のようであるが・・・)
そういえば、立夏なんだよね。
暑中見舞いのことをそろそろ考えなきゃ。
・・・・・・・・・・・・・・
今だ帰ってこないしばを待ちながら、今日は日記を打っているのだが、
本を読んですごすときもある。
本というと、小説、エッセイ、ビジネス書・・・となりそうなものだが、
僕の「読書」には、これに「JR時刻表」が加わる。
毎月発行されている「JR時刻表」の大判である。
これには、JTB発行のものと交通新聞社発行のものがあり、
手や目に慣れているからかもしれないが、僕は後者のほうを買う。
最近は勘が鈍ってしまったものの、
この本であれば、目次を見なくても引きたいページの見当はつけられる。
もちろん、「ある目的地までの列車」を検索することに使うのが
時刻表の主眼である。しかし、別にどこかに行くという目的がなくても、
「この列車はどこまで行くのかなぁ」などといいながら、
時刻表のページをくっているときが結構楽しい。
また、JRの営業案内のページ
(ページの色が両社ともピンク色なので、通称「ピンクぺージ」といわれる。)
を読んでいても、
「こんな切符があるんだ」とか「ここの運賃はこうやって計算するんだ」とか、
いろいろ面白いことがかいてあって、興味は尽きない。
ちなみに、この読書については、共感してくれる人もそれなりにいる。
妹も、時刻表があれば半日過ごせるそうな。
この読書は、僕の仕事の中では
実際に役に立つことはほとんどない。
でも、この読書の時間が、僕にとって大切なひとときである。
昨日、寝ようしたときに、
昨日みしっくさんと話題になったことがどうしても気になって、
NTTの電話サービス約款とにらめっこしていたら、
結局3時過ぎまで起きていた。
そんなわけで、今朝もぼけ〜っとしてすごす。
夕方に平和島クアハウスに行った。
平和島競艇のおとなりなんで、雰囲気は・・・。
クワハウスの設備は、まぁ、普通。
お湯は温泉。ナトリウム塩化物泉なので、お湯が塩辛い。
我が故郷にある皆生温泉と似ている。
ぼくにはひとりでボケっとするには辛かったが、
数人で行く分には問題あるまい。
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しばが友人との飲み会に行ってしまったので、
コンビニで食料調達。
結婚して以来、久しぶりかも。
突然ですが、POSって御存知でしょうか?
Point Of Salesの略で、日本語では「販売時点管理」と訳すらしい。
でも、名前は知らなくても、スーパーやコンビニのレジは
見たことあるでしょ?あれが、POSの端末です。
「いつ、どの商品が、誰に」買われたかまでを集計することで、
そのお店の売れスジを見極め、適正仕入れ、適正利益となる。
だから、かつて柴さんが住んでいた寮の近所のファミリーマートでは、
柴さんがたまたま見つけ、それを買い続けたために、
それまで棚の隅っこで日陰者に甘んじていた「干しあんず」が、
これは売れるとばかりに徐々に出世し、
スポットライトのあたる売れ筋商品置き場に並ぶ・・・
なんてことも起きた。
(ちなみに、この後、柴が長期出張で寮を二週間くらい
空けたときに、干しあんずは店から姿を消したそうな)
でも、「いつ・どれが」はいいとして、
コンビニで「だれ」はどうやって入力しているのかというと、
レジに「客層」ボタンがついていて、
それを押さないとドロワー(レジのお金が入っているところ)が
開かないようになっている。
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ここからが本題。
このボタンの位置は、だいたいレジの右下のあたりに
あることが多いんだけど、
レジの置き場所によっては、お店の人がどのボタンを
押したのか見えていることがある。
今日、コンビニで、店のオヤジが、僕の会計のときに
「30〜49歳男性」のボタンを押したのを
この目でしっかりと確認した。
僕はまだそんなに年を取ってないもん!と憤りつつも、
寄る年波には勝てないのかと、打ちひしがれたこあらでありました。
4連休第3日。
かねてからお会いしたかった人、みしっくさんと、お食事。
場所は、一番のお気に入りの店、千駄ケ谷のマンジャペッシェにお誘いする。
その後、明治神宮へ。
食事のとき、「東京には森がない。森が恋しい」との話だったので、
なら、森へ行きましょう・・・と散歩にいったのだ。
今日はゴールデンウィークということもあり、
いつもよりはざわざわしていた。
神宮の杜を抜け、表参道でお茶。
みしっくさんの大学の入学年次をきくと、
しばとこあらが四年生のときの1年生のようだ。
学部は違うけど、
同じ空気を吸っていた人とこうやってお会いできるのは、
なんとなく奇妙でうれしい。
みしっくさんとお別れした後は、
渋谷まで散歩した後、おとなしく帰宅。
きのう寝違えて背中が痛かったのが、
変な姿勢でいたせいか、他の部分にも影響して
体がバキバキだったのだ。
帰ると、しばがマッサージしてくれた。
休みなのにすまないねぇ・・・
本当にありがとう。
明日は最終日、何をしてすごそうか・・・。
| 2002年05月04日(土) |
歌舞伎の日/酔っ払い |
歌舞伎自体は、先月も幕見席(4F)からみたんだけど、
チケットを買って、1等席に座ってのほほんと見る公演は
久しぶりだなぁ。
今回の公演は、どうしても見たかった。
なぜか。演目がめちゃくちゃ初心者向けだから。
よくあるような「歌舞伎入門」みたいな本に書かれている演目しか
やってないんだもん、今回の5月の歌舞伎は!!!
平成の三之助といわれているワリには、他の二人に比べると
少々地味だと思っていた辰之助。いままで見た歌舞伎にも、
当然出ていたんだけど、それほど印象に残らず・・・。
数年前の大河ドラマ「葵・徳川三代」にでていたから、
そのときの家光、という印象しかない。
それが、今日はびっくり。大きな役者だねぇ。
松禄株急上昇。ストップ高の勢い。
いままで、見てなくてごめんなさい。
で、歌舞伎公演の中身は、しばの日記をご覧ください。
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歌舞伎とは関係ないけど、思いついたこと。
最近、僕はめっきりお酒を飲まなくなった。
確かに、やたらと銀座には通うのだが、それ以外で飲むことはめったにない。
そして、量は明らかに減っている。
僕の父は、全くお酒が飲めない人だ。
そういう父のそばで育ったせいか、酔っ払いというものの姿を
学生になるまで見たことがなかった。
そのせいか、
ぼくは「酔っ払い」が大嫌いである。特に匂いが。
お酒が入ったときには、できるだけ人に近づいてほしくない。
(だから、僕は居酒屋が嫌いなんですけどね)
酒臭い息の人が近づいてくるだけで、ぼくは身の毛がよだつ。
僕がアルコールに「汚染」されていくみたいで。
その人が、どんな人であろうと関係ない。
どんなに大好きな人であったとしても、
酒臭い人には近づきたくないし、近寄ってほしくないのだ。
でも、そんなこといってたら、世の中渡っていけないのよね。
ふぅ・・・
| 2002年05月03日(金) |
ごろごろごろごろ・・・ |
4連休第1日。
昨日、深夜まで飲んだせいか、行動しようという気力がなく、
一日中家でゴロゴロしていた。
その間、柴と小さな夫婦けんか。
ネタは毎度のことなんだけど、
お互い小さな不満がたまっていたんだろうね。
ガス抜きみたいなもんだろう。
その後、スーパーに二人で買い物。
二人でスーパーに行くのは久しぶり。
いつもは会社帰りに立ち寄って買い物するので、
新鮮な感じがする。
第一、帰りに少しだけでも荷物をもってくれる人がいるのは
うれしいものだ。
米が切れていたので、お米を買うことにする。
結局夕ご飯はしばがうどんを茹でてくれた。
その後、しばがパソコンの前にぺたっとはりつく。
面白いページを見つけたようだ、動く気配がない。
休日の食器あらいは、ごくごくたまにしばが
やってくれることがあるのだが、きょうは期待するだけ無駄らしい。
しかたなく、食器を洗う。
そのうち、肉味噌を作らなくては・・・思い出す。
今日の昼ご飯の焼きおにぎりに塗るための味噌を作ったのがあまっていたので、
しばが、「私が肉味噌を作る」と、
ひき肉をかったのだが、いまでも動く気配がない。
ひき肉は日持ちしないから、やはり僕がつくる。
どうしてしばのように、ひとつのところでゴロゴロできないんだろう・・・
僕は、損する性分なんだなぁ。
| 2002年05月01日(水) |
博物館&美術館めぐり |
今日、私はお休みでした。
うちの会社は、メーデーが休みなんです。
過去の時代には意味があったのかもしれないけど、いまはねぇ・・・
まぁ、休みであれば、その辺はどうでもいいんだけどさ。
柴は当然会社なので、ひとりで街をふらふら。
まずは、上野の東京国立博物館の雪舟展。
会場についたのは、9:50(開場時刻の20分後)。
混雑してたらどうしよう、と心配しつつ正門から会場へ。
確かにたくさんいたんだけど、建物の外の行列にはなっていなかった。
とはいえ、展示室入り口は黒山の人だかり。
もっと早く来るべきだったと後悔していると、
係りのお兄さんの
「展覧室の順番にかかわらず、
すいている部屋から自由にご覧ください」の天の声。
すぐに出口から展示室に突っ込む。
さすがに、出口の部屋はすいていた。
そして、その部屋に「山水長巻」があった。
さすが本物。教科書とは違う。
この前の横山大観の「生々流転」は、ぼんやりとした霧の中で
繰り広げられる風景だった。雪舟のこれは逆の印象だ。
線がすごく力強い。太線で空白を力強く画して、
その中に世界を、ぎゅっと押し込んでいる感じ。
でも、他の部屋にあった禅僧などの人物画は、とても柔らかい線なんだよね。
同じ人の作品とは思えない。
僕は、山水画よりは、この「ちょっと笑みを湛えた丸い顔」の人物画の数々の
ほうが、気に入った。
出口の部屋から逆走すると、思いのほかすいている。
他の花鳥屏風や山水図もそれほど人に邪魔されず見ることができた。
皆様にも「逆走」をお勧めします。
雪舟のあと、常設展に回ったんだけど・・・
こちらにも「あっ!あっ!あっ!」というものが
展示されていました。
八橋蒔絵螺鈿硯箱(尾形光琳・国宝)
ぼく、蒔絵が大好きなんです。一度、本物を見てみたかった。
豪奢でしょ?普段のみみっちい世界とは、絶対縁がないでしょ?
だから、すきなんです。きんきらきんの世界が。
ぼくも、蒔絵の文箱の一つや二つや三つや四つほしいもん。
ためつすがめつ眺めて暮らしたいなぁ。
(費用は、この際考えない)
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その後、街をうろちょろしつつ、出光美術館へ。
「描かれた極楽と地獄」と題した仏画展である。
美術にはそれほどの興味がない私も、
宗教画には洋の東西を問わず興味があって、
イコンもすきなんだけど、仏画もすきなんです。
その中でも好きなのが、両界曼荼羅と阿弥陀来迎図
今回も当然「阿弥陀来迎図」があったんだけど、
そのなかで、ちゃんと九品往生が書き分けてある仏画があった。
九品往生というのは、
臨終のときに極楽から迎えに来る方法とその後(?)の人生が、
人間界にいるときの生活態度で「上品上生」から「下品下生」まで
9ランクにわかれているということ。
「上品上生」になると、阿弥陀如来を筆頭に菩薩やその家来たちが、
大挙して極楽からやってきて、なくなった人をダイヤモンドの車に乗せて
極楽につれていってくれるんだけど、
「下品下生」だと黄金の蓮華の葉がやってくるだけ。
下世話な言い方をすれば、
「会社の社長が、役員全員を引き連れて高級車で迎えに来る」のか、
「普通のタクシーが、『お迎えにきましたよ』と来るのか」の違いかも。
あと、出光美術館は「伴大納言絵詞(国宝)」を所有していて、
今回は全3巻を期間中、摸本と本物を入れ替えながら展示されている。
(今は、第3巻が本物だった)
こういう物語絵巻は、何が書いてあるのかわかりやすいからいいよねぇ。
あした、もう一日会社に行ったら、また休みです。