今日のこあら
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こあらの上海旅行記(1 、2 、3 、4、まとめ )

こあらの見た風景(要はブログ) スタートしました。


2003年01月31日(金) バーにいったら

定時後、会社の人に焼肉屋さんに誘われた。焼肉の会そのものは、大過なく終了したんだけど、
帰り際、リーダー格の主任が「こあら君のいつもいくバーにいってみよう」といいだした。

こあらとしては、これ以上飲みたくないので、気はすすまないのだが、
かといって、断るにしても理由がない。そんなわけで、Mさんのお店へ行く。
金曜日の夜なので、あらかじめ電話して席を押さえておいてもらった。

バーで勧められる「カクテル」に、ノンアルコールのレシピがあることを
知っている人はあまりいらっしゃいません。
「これ以上アルコールは欲しくないけど、注文しなくてはならない」という状況、
お酒に弱い人には経験があるとおもいます。
こういうとき、ノンアルコールのメニューは便利ですよ。聞いた人はわかりませんから。
(一緒に行っている人がカクテルに詳しい人だったら使えませんし、
ちゃんとした店じゃないと難しいですけど…)

こあらが頼んだのは、サラトガクーラー。ジンジャエールとライムジュースを7:1で混ぜたもの。
あと、シャーリーテンプル。これは、アルコール入りのレシピのほうが今では有名だけど、
オリジナルはノンアルコール。ジンジャエールとグレナデンシロップを7:1で混ぜる。
そんなわけで、注文する時には「オリジナルで」とつければ、まず間違いはない。

お酒の弱い皆さん、ご参考まで。


2003年01月30日(木) 初心

昔、書いたことがあるかもしれない話です。

新人のバーテンダーさんがいました。
新人君は、お店が終わった後、先輩からカクテルの指導を受けていました。
作るカクテルは、いつもサイドカー。基本中の基本のカクテルです。

ある日のこと、いつものように1杯のカクテルを作り終えた後、
先輩は新人君に尋ねました。
「このカクテルを、お客様に1500円で飲んでいたける自信はあるか?」
「はい。」新人君は元気よく答えました。

「その気持ち、いつまでも忘れるなよ。」
この言葉が忘れられないんですよねと、その彼はいっていました。

僕は、彼らのような職人の世界に生きているわけではありません。
毎日、サラリーマンとして、仕事をタンタンとこなし、給料をもらっています。
労働力を提供しているのだから、給料をもらうのは労働者の権利であることは
資本主義社会である以上、間違いはありません。

それでも、ふと迷ったとき、頭に浮かぶのです。
「僕は、この会社からお給料を恥じることなく受け取ることができるのか。」
この自問自答を繰り返しながら、もうすぐ満5年が経過します。
こんなことを考えるのは、僕が職人の子供だからでしょうか。

ちなみに、僕はこの自問自答にはいつもYesと答えておりますので
堂々とお給料をいただいております。


2003年01月29日(水) う〜ん、裏目

今日のしばさんはブルーノート東京へ。
こあらもお誘いを受けていたのだが、ここのところ仕事が立て込んでいたのと、
横浜勤務の可能性があったので、今日もご遠慮していた。

そしたら・・・
�ゞ侈海�東京のオフィスだった。
�∈F�はいきなり定時退勤日だった。
��仕事がさっさと終わってしまった・・・。

定時退勤日だから、誰か飲みに誘ってくれるかとおもいきや、
みんな早々に帰宅。しばさんはいない。

そんなわけで、しかたなく(?)銀座へ。
いつものバーで夕ご飯&少々のお酒。
本当なら、もう1軒。ここのところ顔を出していないお店に
いくつもりだったんだけど、
いつものお店でワインを勧められたので、ここで打ち止め。
僕はワインを飲むと、すごく酔っ払うのです。

今日は確かに裏目には出たけれど、
楽しい夜を過ごせたので良かったとしよう。

*******************
ここから下は、趣味のメモ書き。
御付き合いいただける方は、頭が痛くならない程度にどうぞ。

こちらの1月12日の日記とこちらの1月29日の日記で紹介されていた、
選挙の候補者が「今度の選挙で当選しますように。○○○○」との絵馬を
目立つところに吊る・・・というアイデアを本気で検討してみることにした。

選挙の「立候補者」と「立候補予定者」は明確に峻別されるべきとはおもうが、
議論の整理のため、ここでの候補者を「立候補予定者」だと仮定する。
また、神社への絵馬の奉納が「政治活動」であるとは考えにくいので、
この点の議論についても省略し、この絵馬の奉納が選挙運動になるかどうかを
検討したいと思う。

公職選挙法では、選挙期間中以外の選挙運動は禁止されている。
公職選挙法にいうところの「選挙活動」とは、法令にはないものの、判例により
「特定の選挙につき、特定の候補者を当選させるよう
投票を得もしくは得させるために直接または間接に必要かつ有利な周旋勧誘
もしくは誘導その他諸般の行為をなすこと」
という定義がされている。

定義の順番どおりに考えると、まず出てくるのは、
”「今度の選挙」と「○○○○」”で選挙が特定されるかという議論だ。
この点は個別具体的な事情を勘案するべきことであろう。
たとえば、「今度の選挙」と「こあら」だとすれば、まず選挙が特定される
ことはないだろう。「○○○○」に「小泉純一郎」とあったとしても、
「自民党総裁選の祈願」と言われれば終わり。
でも、今年の奉納絵馬だったら「今度の県会議員選挙」と書くと
統一地方選挙があるのはわかっているんだから、「○○○○」が誰であっても
ちょっとグレーになるかもしれない。
(注)自民党総裁は公職ではありませんので、法律の適用外

しかし、ここでグレー(=合法と違法の境界線)だったとしても、
絵馬の奉納が定義にいう「行為」にあたるのかを考えてみたい。
「○○○○」は、ここでは「当選したい」という願望の表明しかしておらず、
この奉納という行為によって、一般有権者が「○○○○」に投票するかどうかの
実効性については、大きな疑問が残る。
つまり、奉納したからといって、それが何らかの形で投票行動に影響を与えると
結論付けるには、かなり論理の飛躍が必要だとおもわれるのだ。

よって、公職選挙法に触れることはないんでしょうけど、いかがなものでしょう?


2003年01月28日(火) 僕の髪型

関東に来て、まもなく5年。
今の担当美容師さんは、しばさんが偶然渋谷で見つけた(?)人で、
しばさん&こあら&こあらの実妹Mの3人の面倒を見ていただいております。

幼いころから今に至るまで、僕の基本の髪型は「坊ちゃん刈り」です。
学生時代に半年ほど、ボディーパーマをかけたことはありましたが、
それ以外にはずっと長い髪でした。

もちろん、長い髪といってもいわゆる「ロンゲ」ではありません。

僕が中学生のころは、世間では「男子丸刈り強制」等という校則が
まかり通っていたのですが(中学を卒業したころ、全国的に廃止になった)、
僕のいた中学は、その地域で数少ない「長髪OK」の学校でした。

僕が基本的に長髪を保っていたのは、僕なりに考えると、幼いころから
「長い髪のほうが上品に見える」と思っていたからのような気がします。
そして、成長してからも短い髪にしなかったのは、
� ̄親杏瑤貌�っていないので、汗をかきやすいなど、短髪にする必然性がない。
��頭の形がいびつなので、形が丸わかりの髪形をしたくない。

加えて
�H韻�太い・ストレート・固い髪質なので、髪型の選択肢として
「ベリーショート」か「長めの髪にして、長さで髪を押さえこむ」しかない。
「少し長め」にすると、髪が爆発してしまいます。

はじめての美容師さんには、この��は説明するわけですが、
上手な美容師さんだと、僕の髪をちょっと触っただけで、
「この髪質だと、長さを残さないとボリュームが出すぎてしまいますね」と
いってくるので、そういう人なら安心してお任せできるわけです。

で、何がいいたいのかというと、
「早く髪が切りたい!」ということでございます。
これまでいろいろかいてきたことは、一体なんだったんだろう?


2003年01月27日(月) 通常営業の月曜日

週のはじめの月曜日。
この日からテンション高く仕事ができる・・・はずもない。
最低限こなすべきことをさっさとこなして、さっさと帰宅。

帰宅した見たものの、時間は6:30過ぎ。さすがにはや過ぎる。
このあとすぐにしばさんが帰宅してきそうになかったので、
夕ご飯を作ることに。

冷蔵庫のご飯が気になっていたので、チャーハンと、
冷蔵庫をあけたらたくさんのキノコがあったので、中華スープ。
久しぶりに作ったが、それなりにおいしかった。
それよりも、食事を作る気になっただけ自分をえらいと誉めておいた。

***************
風呂にはいって、PCに向かって、食器を片付けて、本日の業務終了。
では、おやすみなさいませ。


2003年01月26日(日) ウィンドーショッピング

昨日は一人で、今日はしばさんと、デパートの洋服売り場を回っていました。
買うわけではないけれど、見ているだけ。
振りかえってみると、ここ1・2年、服を買ってないなと思う。

まだ田舎にいたころは、「昼はガクラン、家はジャージにトレーナー」という
ファッションで過ごしていたこあら。
それでも、もともと洋服を選ぶのは嫌いではなかったので、学生になって一人暮しをはじめると、いろいろと買いあさり、「京の着倒れ」状態に。

当時、「うちの公式の制服はシャネル」等という女子大があった御時世に、
我が母校の公式制服はTシャツにGパン・・・。
それでも、ジーンズはあまり好きではないのと「皆と同じにはなりたくない」という動物占いの狼の性質のおかげで、面白い服がありました。
おかげで、「学生に見えない」と言われつづけましたが。

でも、Tシャツそのものは好きだったので、バイト代を全部Tシャツ購入に回したりもしましたね。

*********************
ある人に言わせると、服の購入も「はしか」みたいなもので、
あとで振り替えると「なんであんなに買ったんだろう?」と思うくらい、
服を買うのが好きになる時期が出てくるらしく、
それがちょうど学生時代の最初のころだったみたい。

「はしか」はなくなったものの、ウインドーショッピングはしていたこあら。
しかし、最近は紳士服売場に足を踏み入れさえもしなかった・・・。
今は学生時代の「遺産」を着まわしているって感じ。
確かに面白い服も買いましたが、大半は流行を追うような服ではないこともあり、
今の洋服の大半は10年選手である。

*面白い服の代表例:ベルサーチ。ゴルチェ。
当時の服を今着ても、やっぱり・・・、である。

最近、どうやら心の余裕がなくなってしまっていたようだ。
久しぶりに服売場を回って、服を買う楽しさ、コーディネートの面白さを
少し思い出したこあら。

ここのところ「あるものを適当に着る」という、学生時代の僕からすれば、
かなり情けない状態になっているので、昔を思い出して、ハリのある服選びを
したいと思う。

それだけでも、気分は上向きになるはずだ。


2003年01月25日(土) 銀座でバーめぐり

しばさんが一日布団にいた土曜日。

部屋にいてもしょうがないので、銀座へ行くことに。
正月を越えてから顔を出していないお店へ。
松が取れたのに「今年もよろしゅうに」というのもすごく奇妙だけど
行かないよりはまし。

今現在、銀座で顔を出しているお店は3軒。
正統派のバーというのも気にいっているんだけど、
夜の町にありがちな慇懃無礼さがないのが気にいっている。

*慇懃無礼:うわべはすごく丁寧なのに、実はバカにしている様子
クレームをつけるときに使うと効果的です(笑)。

それぞれのお店に本格的に腰をおろしたら、体も持たないし、財布も・・・。
なので最初から「今日はいろいろ回りますんで、すぐ帰ります」と告げておいた。
それでも、午後6時にはじめて、最後のお店を出たのが午前0時。

6時間をかけて飲んだお酒:ロングカクテル:5杯、スコッチ:4杯
その総費用:¥15,000♪(1軒平均5000円は、銀座では奇跡)

お得感あふれるバーめぐりでした。


2003年01月24日(金) 寝坊?/擬音語・擬態語

猫(アメショー)を飼う夢を見ていたこあら。
この夢をネタにしてもそれなりの日記が書けるのだが、別の機会で。

しばさんの「こあちゃぁぁぁ〜ん」の中途半端な叫び声(?)に目が覚める。
「こあちゃん、今、7時45分だよ。」

・・・寝過ごしたらしい。
とはいえ、こあらは今日は東京のオフィスの出社日。
家を8:40にでてもギリギリで間に合うので、
寝過ごしたとはいえ、余裕の範囲。

しかし、しばさんはそうはいかない。
しばさんの出社のタイムリミットは8:00。
起きたのが7:40頃。どれくらい慌てていたか、御想像いただきたい。

それでも、7:55過ぎには、服を着ていたのだから不思議。
かばんに化粧ポーチなどを詰めるしばさんをみて、
机の上にあったしばさんの携帯電話を、しばかばんにほうりこむ。
昨日、しばさんのパスケースが表に出ているのを見ていないから、
定期券は、しばさんのコートのポケットにあるはずだ。
とりあえず眉毛だけかいて出発。

出発は8:00ちょっと過ぎ。えらいぞ、しば。

*******************
今日も後輩君と話をしながらおもったが、こあらの話は、擬音語・擬態語が多い。
実は、この特徴、関西弁の特徴でもある
いわゆる、大阪のおばちゃん同士の会話を思い出していただきたい。

例えば、
「道を歩いていたらいきなり車が出てきて、それに驚いて転んでしまった」

この状況を説明する時には、たぶん
「道を歩いとったらな、車がヒョイとでてきて、
私、ヒャ〜ってビックリして、べちゃ〜って転んでん」

こんな感じになるのは想像に固くない。
で、今日の僕の会話。
「その工事はさ、エアダクトをビル全体にびや〜って通して、
そのあと機械をど〜んと据え付けてやるような大掛かりなものだからさぁ・・・」

探偵ナイトスクープだっただろうか。
おばちゃんの「擬音語・擬態語」を一切ナシでしゃべるとどうなるのか、
実験したら、意思疎通はできるものの、会話に全然ノリがない、
つまらないものになってしまった・・・というものを見たことがある。

こあらだってそうだ。「擬音語・擬態語」はなくてもいいのだが、
これをつけないと面白くない。
しばと知り合ってまもなく10年。
地味ではあるが、これも「こあらのしば化現象」であるんだろうな。




2003年01月22日(水) 病院へ(その2)

先週に引き続き、今日も済生会中央病院に。
先週「一週間後に様子を見せてください」と言われたから。

様子を見た結果、どうしてセキが続くのかはよくわからないけど、
肺の病気ではないということは確定したようだ。

気管支の炎症は続いているので、前回よりは弱い抗生剤を処方されました。
ただ、これ以上抗生剤を飲みつづけても、抗生剤の弊害しか出てこないので、
抗生剤の処方はこれが最後だと言われました。

つまり、ごく弱いセキは、今シーズンお付き合いしなくてはならないみたい。

******************
今日も、午前の診療が終わる少し前の時間に病院にいたのですが、
その時間になると、スーツ姿の人が待合室に増えます。
確認したわけではないけれど、こういう人が”MR”なんだろうな。

※MR:Medical Representativeの略。医師などに、
医薬品の品質・有効性・安全性などに関する情報の
提供をする人のこと。営業さんではありませんが、似たようなもんです。

もちろん若いお兄ちゃんから、中堅どころの人まで年齢層は広いんだけど、
みんなに共通しているのは「誰からもすかれる雰囲気」をもっていること。
就職活動のとき、製薬会社からもかなりお声をかけて頂いたこあら。
※実際、経済・法学部出身のMRは多い。
あのとき製薬会社に就職していたら、こあらもこういう仕事をしていたんだな、
等と思いながら、その姿を見ていました。

MRは営業さんとは違うけど、営業はその会社の雰囲気がでてくるというか、
うちの会社(もしくは、うちの親会社)のひとに、「バリバリさわやか」な
雰囲気を感じることはない。とっても地味だ。

いかにも、技術屋というか、「いいものを作っていれば、黙っていても売れる」
空気が全身から立ち上っている。うちの営業は商品を売る気があるんか?


2003年01月20日(月) あたらしものずき・・・

しばさんの日記にありますように、我が家にIP電話を導入しました。

過去には、「iモードとドッチーモはドッチーモのほうが流行る」と断言して
涙を飲んだ経験もあるこあらですが、基本的には懲りていないこあら。
So-netからの会員向けメールで、IP電話のモニターを募集しますよ〜と
あったのを見て、さっさと登録したしだいでございます。
それでも、ここまでに一ヵ月近くかかったな・・・。

届いたTAを接続して、設定をして、祝開通!
新しいものをこうやって、設定する。この作業がたまらなく大好き。

IP電話ってのは、インターネット技術を利用した電話のことで、
普通の電話と比べると�〃劼�るのにちょっと時間がかかり��音が遠いものです。
会社の内線電話などには結構使われていますね(含:うちの会社)。

今回、ぼくがモニターに申しこんだのには、ちゃんとわけがあるのです。
あたらしものずきだけではありません。モニター期間中(3月28日まで)は、
うちの電話から携帯電話やPHSは、かわらないのですが、
うちの電話から国内の固定電話にかけた時の通話料が0円だからなんです♪
(あと、IP電話への電話も無料なんですが、知り合いがいない・・・)

えぇ、0円。無料ともいいます。

モニター期間が終わったらどうなるか、それはわからないのですが、
とりあえず、050の電話番号ももらい、3月の終わりまでは
うほうほとさせてもらいましょう。


2003年01月19日(日) あのころからプレッシャーには弱かった

今日は、大学入試センター試験の2日目でしたね。
新聞を見ると、第1日目の問題が公開されているし。
さっそく、数学をといてみました。
かつての切れはありませんが、まだ解けますね。よかったよかった。

**********************
今を去ること10年前、僕もセンター試験を受けておりました。
このときはセンター試験も2回目。つまり、浪人生でした。

その1年前の、現役生のとき。
試験会場は鳥取大学。自宅から会場までは、バス・JRと乗り継いで1時間以上。
乗り物に弱いこあらは、鳥取駅前に部屋を取り、万全の体制をしいたのです。

さて当日。キャンパスの入り口には高校の先生が応援のために登場。
担任に言われました。「おい、こあら!顔が真っ青だぞ〜」
確かにそのとき、極度の緊張と寒さで身体の震えが止まりませんでした。
いまだにその時の震えを覚えています。

今から振りかえっても、「人生をかけた大勝負」ってのは、
大学受験が最初で最後だったかも。

そして、もう一つ忘れられない光景。
1日目の午後の最初の試験、数学A、第1問の問2。
図形を応用した計算問題だったのですが、とき始めると、(1)から
答えが当てはまらない。枠からして、マイナスになるのは確実なのに、
自分の答えがマイナスにならない・・・
頭が真っ白になりました。結局その部分は解くことができず、−25点。
*ちなみに、浪人したあとでその問題を解いてみたら、あっさりと解答・・・。

そして、翌年。2回目ともなれば極度の緊張はないものの、
「これでコケれば、後はない」の悲壮な決意はありました。
このときも、数学でこけそうだったのですが「2回目」だったので、
なんとかクリア。失点は最小限にしました。

**********************
全国の受験生の皆様、センター試験お疲れ様でした。
国公立の人は1ヶ月後の2次試験に向けて、また体調を整えてくださいね。
ご健闘をお祈りしております。


2003年01月18日(土) バラの香りから思い出すこと

今、うちのお風呂の入浴剤はバラの香り。
まぁ、安いものですから、香りもチープなわけですが。
もともと、僕はバラの香りがだいすきで、それでも、結構気持ちいい。

あと、バラの香りといえば、ランコムの「トレゾワ」という香水。
ずっと昔から、「この香りが似合う人と結婚したいなぁ」と思いつづけた、
憧れの香りだった。

しばさんにこの香りが似合うかどうかは別としてね・・・

*********************
学生時代から、バーで一人飲むのがだいすきだったこあら。
ある日、隣に女性二人組がおすわりになりました。
その時の僕は20歳ごろ。その女性は、たぶん26・7歳くらいだったかな。
ちょっといい雰囲気のお姉さんでした。

別に最初から話をしていたわけではないのですが、
バーテンダーさんとの話がきっかけで、そのお姉さんたちと話をすることに。
そのお姉さんが、「トレゾワ」を使っていらっしゃったんですね。

こあらは言いました。
「トレゾワを使っていらっしゃるんですね。僕、この香り大好きなんです。」
「だって、僕にとってこの香水は大人の女のイメージなんですもん。」
その日は、そのお姉さんたちにおごってもらいました♪

*********************
上の一件をふくめ、今でも会社の「お姉さん」からは非常に受けがいい。

そういう人を思い浮かべると、共通するのは「姉御肌」ということ。
しばさんにも言われるけれど、
お姉さんたちからすれば、僕は本当に「かわいがりたくなる」男なんだろう。

でも、わが妻しばさんは・・・こういうタイプの女性ではないんだけどな。


2003年01月17日(金) ぽつん・・・

今日、会社からの帰り道。とてもとても寂しい気分になってしまった。
何かいやなことがあったわけでもないのだが、とても寂しかった。

家に帰ってもしばさんがいないことはわかっていた。
食欲も特にわかなかったので、コンビニでパンを買って簡単に済ませる。
誰もいない部屋に帰って、部屋でゲームをして過ごす。

しばさんは、まだ帰ってこない。
でも、普段なら「まだかな、まだかな」と気をもんでいるころなのだが、
今日は全然そんな気分にならない。

さて、ゲームの続きでもしますか。
それとも、寝ましょうか・・・。


2003年01月15日(水) 病院へ

最近のしばさんの癖。
「枝毛裂き遊び」

見ている(見たくなくても、小さな家なので見えてしまう)僕としては、身の毛がよだつ・・・
たぶん、しばさんの不安定な精神状態のあらわれなんだろうけど。
******************

ここのところず〜っと続いている、こあらの咳コンコン。
かれこれ1ヵ月弱続いているし、2年前もそうだった。
気になったので、大きな病院へ行くことに。
↑しばさんが「肺がんって、初期症状は咳だけなんだよ」と散々脅かしたこともあるんですけどね。

そんなわけで、ご近所の済生会中央病院へ。
数ヵ月前、しばさんが救急車でお世話になった病院です。
近所にはいくつかの大きな病院があるわけですが、ここを選んだのは
「初診でも時間予約ができるから」なんですね。
大病院の待合室って、ある意味で「病原体の塊」なわけですから、
できるだけ、滞在時間は短いにこしたことはないでしょ。

しかし、予定時間になっても呼ばれる気配なく、
結局、予約時間からみて約1時間後に診察開始。
*でも、予約がない人よりは先の順番。

診察が始まって、予定時間が大幅に遅延している理由の一つが何となくわかった。
この先生、患者の話を良く聞いてくれるのだ。
患者がいいたいことを一通り聞いてくれて、「なぜこの検査をするのか」
「この結果からどのようなことがわかるか」ときちんと説明し、
患者の不安を取り去ろうと努力なさっている。
患者ひとりあたり15分から20分。そりゃ、遅延するのもしかたがないか。

***********************
で、結果。
肺のレントゲン写真に異常がなかったことから、
この症状が「肺がん・肺線維症(間質性肺炎)・結核・肺炎」が原因ではない、
ということがわかりました。

のどがまだ炎症をおこしているので、その炎症を押さえる薬をもらい、
来週、もう一度診察に行きます。
�.離匹留蠑匹�なくなっているのに、せきが続く→せき喘息?
�△修里泙浚絢�→よかったね。
まぁ、大きな病気でないのがなによりです。

***********************
それにしても、今日はひたすら待ったな。
午後は会社に行く予定だったけど、それも無理になってしまった。
診察はちゃんとしてもらえたから、大きな不満ではないけれど、
看護師さんの配置やインフラを整備すれば、
もう少し待ち時間は短くなるぞ・・・たぶん。


2003年01月13日(月) 会社の人と初詣/成人の日

今日は吉例の会社の初詣。
詳細は、昨年と変わらないのでこちらを

今日は、総勢9人の、近年にしては大人数の団体であった。

*********************
今日は成人の日だから、町には晴れ着姿の人が多かったです。

男も着なれないスーツ姿で初々しいのもいたが、
十分にオヤジの雰囲気を醸し出しているのも多かった。

女性は、着物の人は目立つんで、華やいだ雰囲気にはなっていたのですが
和服姿の時に、洋服のときと同じ感覚で立ち居振舞いするのはいかがなものかと、
個人的には思いました。

和服を着ると、「折り目正しい立ち居振舞い」をしないと、
見苦しくなると思うんですよね・・・

�ヽ阿泙燭梁腓泙燭琶發�ないの!
 和服はそのような歩き方を前提にした服ではないと思いますが。
��背もたれにべちゃーっと座らないの!
 帯がつぶれるし、全然見目麗しくない。
��てれてれ歩かないの。
 シンガポールにいって思いましたが、日本人の歩き方はてれてれというか
芯が通ってないというか、遠くから見てもすぐ判別できるくらい情けない
歩き方でした。
 洋服でも決してお勧めしませんが、和服ならなおのこと。
 せっかくの大振袖が情けないです。

あぁ、小姑こあら。


2003年01月11日(土) 男同士が仲良くなるためには

「お互いの恥ずかしいところを見せ合うことが必要」らしい。
これは、はまはま氏の後輩君の言葉である。

*********************
土曜日。はまはま氏としばさん・こあらの3人は吉例の歌会始めのため
銀座のカラオケ屋さんに4時間こもっていた。
そのご、しばさんは学生時代のサークルの飲み会へと向かい、
残された2人で夕食を取ることに。今日の日記はその時の会話から。

はまはま氏は、この年末年始9連休の間、後輩君と南の島ツアーだった。
いくら普段仲が良いからといって、長期間一緒にいればケンカの一つや二つ
あるだろうと、出発前にはまはま氏がいっていたのだが、予想どおりだったらしい。

ただ、ケンカの解消法ってのも、かなりさばさばしていて、
後輩君がいきなり「はまはまさんの、このような点に怒ってます」と
ひとしきり話をして、それで手打ち。

このあたりの話から想像つくとは思いますが、
この後輩君。いわゆる「体育会系」の人である。
はまはま氏の周りに、こういうタイプの人はいない。
「会うはずのない世界の人間同士が、偶然のいたずらで会ってしまった喜劇」
・・・とは、はまはま氏の評である。

もちろん、はまはま氏や僕のの周りは、会社柄、多数の体育会系の人がいる。
ただ、大抵の人はこちらに対しては「人を見てノリを選ぶ」=無理強いしない、
こちらも、「そういう世界がありますよね」と理解だけはする、という
とてもジェントルマンな関係(だと信じている)を築いてくれるのだが、
後輩君の場合のポイントは「体育会系的発想がすべてである」と信じ、
まわりに強要するところが、周りにいないタイプなのである。

**************
で、一番最初の話。後輩君曰く、男同士で仲良くなるためには
「酒席で醜態をさらす」か「風俗店に一緒に行く」必要があるらしい。

「酒で醜態をさらす」ためには、一定量を飲んでも起きている必要がある。
はまはま氏(そして僕も)は、酒は「醜態をさらす前に気分が悪くなる」ので、
「倒れている」以外に酒の席でのエピソードは難しい。

そのため、「一緒に風俗に行きましょう」となるらしい。
はまはま氏は「行くなら一人でどうぞ」といっているのだが、一緒に行くこと
に重きを置いている後輩君は、かなりご不満らしい。

などなどなどなど、
はまはま氏の話を聞いていて、げんなりとした顔をしたこあら。
このげんなり具合は、正月にしばさんのおじの家に行った時と同じ感覚である。

はまはま氏からは、
「げんなりやろぉ〜?でも、本人から聞きつづけた僕のことも考えてや〜」
とのコメントをいただいた。おつかれさま、はまはま氏。

でも、唯一の救いは、後輩君がはまはま氏の「後輩」である点。
そういう「バリバリ体育会系」の発想をしている人なので、
先輩・はまはま氏の「最後の一線」を越えるような無理はしないのである。

なんだかんだいいながら、1年以上付き合っているんだから、
気は会うんだろうけど、本当に不思議な組み合わせだなぁとおもうこあらでした。


2003年01月10日(金) 職場内の意思疎通

昨年12月31日付で、仲の良かった同期が一人会社を去っていきました。
彼は、「もともとやりたかった道があるから」と公務員試験を受けます。
・・・と、表向きは説明されています。
でも、退職を決意した本当の理由は、公務員ではありません。

公務員試験には年齢制限があるから、彼は今年が最初で最後の受験となります。
彼は独身とはいえ、このご時世。かなりの大博打であるのは確かです。
世の中には「生き方すべてが大博打」みたいな人がいるけれど、
彼はその対極にいる。その彼が外に飛び出ることを決意しました。

同じオフィスにいる数少ない同期&残業仲間ということもあり、
彼の話を聞くことはよくありました。
一言でいえば、あの部署は彼にとって、かなり居心地悪いところだったらしい。

*****************
前置きが長くなりました。
今日は、その退職した同期の部署のA先輩と話をすることがありました。
「彼がいなくなって、仕事は回りますか?」と聞いてみると、
「だいじょうぶだよ」の返事のあと、思わぬことを聞くことに。 

「彼はかなり残業時間があったようだけど、もともと彼の担当は計算上
 0.3人分の業務しかないんだ。前の担当者にきいても、どうして
 ここまで残業するのか理解できないんだ。」
「仕事を依頼しても、いつまでたっても結果が返ってこないし、
 かといって、途中経過も全然報告しないから、どういう状態かわからないし、
 聞いても『大丈夫』としか言わない。」

酷いいわれようだなぁ・・・と思いつつも、思い当たるところはありました。
これは明らかにコミュニケーション不足なんだよな。
彼も抱えこむタイプだから、誰にも相談できなかったんだろうな。
彼の話を聞いた時には、いつも決まって
「いいたいことを言わないと、結局損は○○にしかまわってこないよ」と
言ったんだけど、その程度で性格が変わるわけでなし・・・

言うべきはいう、報告するべきはする。早いうちに手を打たないから、
結局、意思疎通の不足・・・となるんだよな。

**************
この話、誰が悪者というものではありません。
ただ、少なくともいえるのは「言いたいことはいわなきゃ損」ということ
なのかもしれません。

いいやつだったのに、部署の人には誤解されたまま去っていったんだね。
それだけが僕は残念です。


2003年01月08日(水) 冬になると行きたい街

それは京都。

京都にすんでみればわかりますけど、あの寒さ骨まで染みます。
でも、おかげで観光客が激減するんです。

洛中(=京都市内中心部)にはめったに雪は降らないけれど、
雪の降ったあとの東山界隈を散歩するのは、結構捨てがたいものがありますよ。
雪がなくても、枯れた雰囲気の中の哲学の道ってのは、趣があるもんです。
人が全くいないのは寂しいですが、冬の京都は丁度いいかもと思います。

僕にとっての冬の京都は、ひたすら試験のイメージしかありません。
平成4年2月25日の国公立大学2次試験前期日程の第1日目が終わり、
ホテルにいったん戻ったら、その日は梅花祭とニュースでやっているのを見て
北野天満宮にいっておみくじを引いたら、凶だったことが始まり。

翌年は、前期は6点足りなくて涙をながし、後期で最低点の4.25点上で合格。

大学生になってからも、この時期は試験の時期。
特に学部の専門科目は、当時はほとんどが通年科目で、
その試験は年に一度、この時期にしかない勝負のとき。

ちなみに、このころもしばさんは冬になるとふさぎこみ、
上のような事情があるにもかかわらず「試験を受けたくない」と引きこもり、
それをなだめすかして学校までつれていった記憶もありますね・・・

さすがに、最近は観光客を呼ぶためか、
この時期のホテルや旅館は普段より安くなっていますし、
3月の半ばまでは普段は非公開の社寺の一部を公開したりしています。

あぁ、行きたいな、京都。


2003年01月07日(火) めもめもめもめも

昨日の仕事始め。
9連休明けでいきなり早起きしたもんで、非常に寝不足。

最近、しばさんが寝る時は一緒に布団に行って、しばらくお話をすることにしていて、
昨日も一緒に布団に向かったわけでございます。
最初は、しばらくしたらPCに向かって日記でもと思っていたけれど、
もう眠いのなんのって。

そのまま布団にもぐってしまいました。
その時間、午後10時30分。

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そして今朝、目が覚めて時計を見ると午前5時30分。
普段より1時間近く早く寝たから、その分早く目が覚めたようだ。
でも、そのまま定刻まで、布団にもぐって夢うつつの時間をすごした。
あぁ、幸せ♪

それはさておき、年が変わって新しく「メモをとる事」をはじめた。
昨年いただいた、ポケットにはいる大きさの手帳が意外としっくりなじんだ事と、
先日立ち読みした本に、仕事を効率的に片付けるためには「記憶に頼らず
メモをとる」ことをすすめる文章が頭にあったことがある。

メモの主な内容は「頼まれたこと」。
予定も書きこんでいくけど、とにかく頼まれた事をひたすら記入していく
ことにした。そして、おわったらその事項に線をひいて消す。
記憶の整理という意味もあるけれど
「あぁ、終わった!」という達成感を意識的に作り出す効果もある。
ついでに、「これが終わってない」というプレッシャーを生み出す効果も。

問題は、いつまで続くか・・・なんですけどね。


2003年01月05日(日) 休みが終わった・・・

9連休もあっという間に最終日。

この休みは互いの故郷に帰省していたため、リラックスと緊張が同居の
「休みかどうかよくわからん」状態でした。でも、最終日は歌舞伎のチケットを
押さえていたので、それだけは行くことに。
歌舞伎は16:30開演。昨日までの疲れがどっと出たしばとこあら。
家を出た15:00までの時間は布団の中でゴロゴロしておりました。

余談ですが、
会社で「おくさんの実家に二泊三日してきます」というと、大抵の人に
「こあらくん、偉いねぇ。ちゃんと婿さんをしているんだ」という趣旨のことをいわれます。
そういう人たちはどうしているのかというと、奥さんの実家には上がるものの
その日のうちに自分だけ帰ってしまうとか、上がりもせずに帰るなど。
そういうもんなんでしょうか?

さて、本題。今月の歌舞伎座の歌舞伎は、
玉三郎の道成寺、菊五郎の弁天小僧、団十郎の助六に、雀右衛門の揚巻と、
「花形役者の家の芸」ばかりをずら〜っと並べた演目となっております。
*特に昼の部は、一般発売の段階で休日のチケットは完売していた。
 玉三郎は人気あるもんなぁ・・・。

しばとこあらが見にいったものは、夜の部。

1.菅原伝授手習鑑(一発で変換できた)の寺子屋。
幸四郎を久しぶりに歌舞伎で見た。この人の声、僕好きなんです。
よく通る声で、テンポよくたたみかけるしゃべり方は聞いてて気持ちいいです。
3月の弁慶、楽しみにしております。

2.保名
舞踊劇。イヤホンガイドがあったからとはいえ、手と目と振りだけでよく感情
が表現できるものだと、感心する30分でした。

3.助六所縁江戸桜
市川宗家の助六。これがとっても見たかったんです。
今は武蔵をしている新之助が助六をしたのが2000年1月の新橋演舞場。
今回はお父さんが助六。どんな助六になるのかと思っておりました。

大御所だけあって、やっぱり脂が乗った助六でした・・・
助六の設定は、やんちゃな若者ですから、その意味では新之助のほうがぴったり。
でも、かっこいいよなぁ〜。つんつんしたところがないから、
とても落ちついて見られたんです。

あと、やはり揚巻でしょうか。
大御所・雀右衛門。本当に色気がありました。大輪の花でした。
舞台で見ると、とても82歳のおじいさんが演じているとは思えない、
かわいらしさがありました。
それでも、花道の近くで見ると、やはり「でたな妖怪!」と言いたくなりますが。

最後に一言。歌舞伎を見ていて思うんですが、
「マイクなしでよく劇場全体に声が響きますね」
これが、鍛錬というものなんでしょう。

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では、明日から通常勤務です。
あぁ、やだなぁ・・・

おやすみなさいませ。


2003年01月04日(土) とうきょ〜とうきょ〜

いろいろあった帰省ツアー。無事に帰還してまいりました。
ただいま、東京。

帰省前から、せっかく姫路にいるのだから、大阪か神戸に立ち寄りたいなぁと
考えていたこあら。26歳OLさんにお声をかけたら、快諾をいただいたので神戸・三宮へ。
OLさんの印象なんですが、日記から伝わるように「さっぱりとした関西娘」で、
個人的には好きなタイプのかたでした。
最後にココアが飲めなかったのが非常に辛かったけど、新幹線の時間もあり、
義妹ポコポンを一人のこし、三宮を後に。

帰りの新幹線。帰省ラッシュのピークといわれていたので、
修羅場を想像していました。確かに混雑は混雑していたのですが、車内は
お子様がたも意外とおとなしく、スンナリと帰宅できました。

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東京駅に着いたあと、しばさんは一人有楽町へ。
こあらは、帰宅しておふろにはいってほえ〜っとして時を過ごす。

また、これから二人の日常が始まるわけです。
では、そろそろ寝ますね、おやすみなさい。


2003年01月01日(水) あけましておめでとうございます

2003年が参りました。

今年の年越しも鳥取の実家で淡々と。
9時過ぎまで寝て、ぼけ〜っとすごし、11時前からおせち料理。
こあら一家は基本的に誰も飲まないので、お屠蘇以外は誰も飲まない。
しばさんにとっては、さぞつまらなかったであろう。

しばさんがこあら家にきて、驚いたことのひとつに、お屠蘇があるらしい。
うちは、塗りものの「お屠蘇キット」に、日本酒をいれ屠蘇散を浮かべたもの。
これを、年齢の小さい順に杯にいただいて飲んでゆく。
しばさんちでは、こういう習慣はないらしい。

おせちの後は雑煮。僕にとってはあたりまえのあずき雑煮。
しばさんには、驚きだよな。
そのことをこあら母にいうと、「私もここに来たときにそう思った」としばさんに同意をしていた。

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夕ごはんはカニスキ。まともな松葉ガニをいただく。
父さん、ありがとう。
 


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