ちょっと気になった記事。
キングコング西野 ライブで酔客と赤ちゃん追い出す
以下引用
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ライブ開始早々、最前列にいた客が酔っ払って騒ぎだした。西野はその客に「出て行けボケ」などと再三にわたって注意をしたが、応じなかったために「早よ出て行け、ドアホ」と強引に退場させたのだという。
無事ライブは再開したが、今度は赤ん坊が泣き出す事態に。赤ん坊には何の罪もないことは分かっているものの、「赤ん坊が泣き出す事は考えうるワケだから、やはりお笑いのライブに連れて来てはダメなんだよ」「僕はそういう人の神経は疑う」との理由で、西野は親子ともども帰らせたという。その後、客席に一体感が生まれて、独演会はとても盛り上がったのだそうだ。
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いやー確かにそりゃ正論で、酔っ払いや、赤ん坊連れは来るべきじゃないだろう。 でもなんというか、正論で攻めるだけで面白みのないやっちゃな〜と思った。まあこれがこの人の芸風なんかもしれんけど。
この記事を読んで思い出したのは武田鉄也で、彼は「自分の歌をカラオケで酔っ払った人に歌ってほしくない」とTVで言っていたのだけど、一緒にそれを見ていた友達が「酔っ払ったときにこそ(人間の緊張のタガがはずれたときにこそ)歌ってもらえるのを喜ぶべきじゃないかな?」と言っていて、ほんまにそうやな、と思ったのでした。
自分の芸にプライドを持つのはいいけど、エンターテイメントの世界にいるのに人間としてあそびの部分がえらい少ないなあと。
私が好きなのは、屋台でおっさんの身の上話を聞いているうちに同情してその屋台を300万円だかキャッシュで買って、屋台引きながら酔っ払って上機嫌で家に帰ってきたという藤山寛美。(友達に聞いたのでうろ覚えだけど)これぞほんまの芸人。
はちくんがじぇんじぇん寝ない。
そろそろ早寝早起きに切り替えようと、1時間ほども歌いながらあやしてるんだけど、夜になると盛り上がってきて、きゃあきゃあ騒いで寝る気ナッシング。 ちょっと泣いたら寝るかなと思って、ベッドに無理やり寝かすと、当然大泣き。で、5分もするとさすがに可哀相になって「眠くないならおっ母と遊ぶかー?」とベットを覗き込むと、目に涙をいっぱいためてにっまーと笑って大喜び。 よいっぱりなのは、夕方生まれだからかな。
今週は母子家庭。ここんとこ寒いけど、蒲団をしいて寝る頃には蒲団のなかでちーにゃんが丸くなっているので、ぬくぬくなのです。
先週会社のおねえさまがたとまたまたインド料理ティフィンに行って、そこでサービスでもらったインドのスイーツの味が忘れられない。 牛乳を三時間も煮詰めて作るそうだが、とにかく甘くて一口食べたら歯が溶けそうだった。でも今頃またあの味が食べたくて食べたくて仕方ないんだよねえ。
私は正直賛成でも反対でもない、というより、考えれば考えるほどわからなくなるんだけど、ちょっと疑問に思うのはこの「検討委員会」なるものにどれだけ女性が関わっていたかということ。
代理出産 全面禁止を求める案 http://mainichi.jp/select/science/news/20080118k0000m040145000c.html
こんな重要な問題を脂ぎった(失礼)おっさんらだけで審議しているとしたら、なんかものすごく抵抗があるな。
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先日、ケーブルで放映されていた川瀬直美さんの「殯の森」を見た。編み物しながらだったので、見るともなしに見ていたんだけど、奈良の森の緑が尋常じゃない美しさで、その光景だけが妙に残って夢に出てきた。
その川瀬さんが「いのちとはこれほどまでに望まれて産まれてくるのだと知った」と息子さんについて語っていたけど、その「これほどまでに望まれて」という彼女の言葉もこれまた妙にこころに残った。
ニュースで家族間の殺害事件や、震災追悼式典の映像を見ているときも、彼女の「これほどまでに望まれて」という言葉がよみがえってくる。商店街を歩いているときに出くわすあんな人やこんな人も、「これほどまでに望まれて」この世に生きている人なのだなあと、不思議な感慨を持ったり。
マイエンピツの方が「所属する感覚」について書かれていて興味深かったので、私も考えてみた。
私が一番所属について近いと考えるのは、人通りの多い繁華街をひとりで歩いているとき。 その人ごみにちゃんと所属しているような、それでいて一人だけふわふわ浮いているような不思議な感覚で好きなのだ。 考えてみると、それ以外にあんまり所属の感覚ってないな。 昔からどちらかというと自分の存在がくっきりはみだしているように感じることの方が多くて、それは自立心かと言えば、どちらかというと孤独の意味合いのほうが強い。
子どもは私に所属しているのかと問うと、それも違う。 どちらかというと、大事な壊れ物を預かっている感覚に似ている。手に入れた歓喜と、無くすことへの底なしの恐怖は常に隣り合わせだ。 ちょっと考えてみると、それは孤独に似ていなくもない。限りない自由と、のどがからからに乾くような渇望感。 ということは、幸福と不幸も裏表で、やはり幸福は自分のからだの中から生まれるものだという無理やりな終着点に行きついてみた。
母乳がじゃぶじゃぶ出るようになったので、ここ二か月は完母だったんだけど、久々に哺乳瓶をくわえさせると、はっちゃん吸い方を忘れたみたいで、舌で押し返してものすごいいやがる。母乳を絞って入れてもだめ。 こりゃいかーん。保育園どころか誰にも預けられんばい。 明日からちょっとずつ哺乳瓶の練習だ!
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ヒラリーの涙、ちょっとほろっときてしまったよ。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080108-00000910-san-int ヒラリーとか、マーサ・スチュワートとかマドンナとか、鉄の女が時折見せる弱さに惹かれる。 公の場での涙は賛否両論あるんだろうけど、男だって泣くんだしいいやんかと思う。ニューハンプシャー予備選勝利おめでとう!オバマもフォトジェニックでいいけど!
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今読んでる小説が、癌を克服して毛糸屋さんを開く女性の話で、「編み物のある生活がいかに素晴らしいか」という表現がちりばめられているのでつい買っちゃった「初心者用マフラーキット」。 メリヤス編みを母に習って始めてみたけど、10センチほど編んでもう酷いことになっている。どっから直したらいいのかわからん。確かに面白いんだけど、目がチカチカしてすごい疲れるなー。 思い出した。私、中学の編み物の宿題、全部友達にやってもらったんだっけ。
出産前は子供はひとりでいいだろうと思って、マンションだって3LDKでまあいけると踏んでいたが、生まれてみると面白くて面白くて、どうしたらできるだけ子供を産めるか、そればっかり考えている。 子供を育てる生活は、母ライオンや母カメや母いのししとそう大して変わらない。 そういう動物の生活が楽しい。
現実的には難しいけど、こどもがたくさんいて、動物がたくさんいて、自然に溢れた場所で生活できるといいなあと思う。自分のしたいことを我慢してまで子供の世話なんていや!って思っていたけど、そもそも「自分のしたいこと」なんてそんなにあったのかという気はする。
仕事に戻るとまた気持も変わるんだろうけど、今はあと三か月たっぷり二人の生活を楽しむよ。
たぬき。
Nおじさんの葬式。宴。死者が生き返って喋ってる。 死者がおじさんからおばさんに変ってる。
正月は家族3人2泊3日で京都へ帰省して、3食昼寝つきケーキつきの生活をさせてもらった。ご馳走をたらふくいただいて2キロくらい太ったよう。ちーにちゃんはうちの母親に頼んでおいたけど、帰ってきたら相当拗ねていて、胸まで飛びかかってきた。すまんねえ。。。。
はっちゃんは京都でじいちゃんばあちゃん、3人のいとこのおにいちゃんに遊んでもらって、今まで聞いたことのない声できゃっきゃと大爆笑していた。 本来子供はこうやって、たくさんの人に囲まれて生活するのがいいんだろうなあとしみじみ思った。 2歳の甥っ子君が「ありがとねー」というと「いいえー」と毎回返事してくれるのが無茶苦茶可愛かった。はっちゃんと誕生日8日違いの従兄君は、はっちゃんと違ってそのへんに転がされても全然泣かないし、全くぐずらない。こんな小さくても性格って全然違うのね。
毎年恒例今年の目標。思いつくままに。
�_搬価完�の健康に気をつける。今年は食育を意識して、なるべく家族みんなでご飯を食べる。
�▲茵璽�と筋トレを毎日続ける。
��時間の許す限り、翻訳のボランティアを続ける。 (ボランティアというより、校正してもらっているので自分の勉強と心得る)
�ぐ媼韻靴篤表颪了�間を作る。
�チ歃�をこまめにする。しまうときに整理しておけば今のようなひどいことにならない。
��常識力が低いので、一般的知識を身につける。
�Ю疚鵝I塢�要なものを買わない。本当に必要なものは、長く使えて質の高いものを買う。
�┝匆颪箸隆悗錣蠅魄媼韻垢襦�30代から今までたくさんの人に受けた恩を少しずつ返していこう。
��家庭と仕事を両立できるよう、無駄な時間を作らない。無理せず、しかし工夫する。
��優先順位を誤らない。いつでも1番は家族であることを忘れない。
そんなわけで今年もどうぞ宜しくお願いします。
あけましておめでとうございます。 ほぼ独り言スタイルになってきましたが、今年ももんすん日記をどうぞ宜しく。 皆様が楽しい日々を過ごせますように。
以下自分の備忘録として使わせてもらいます。今年の初夢です。
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�_燭笋藏欧蹐靴ぬ粥F睛道廚そ个擦此0豌鶺�きる。
�∨紊肇�レーをめぐって口論。松井選手のお母さんが鍋いっぱいのカレーを持ってきた。 私はホームに立っている松井選手に大声でそのことを伝える。 電車が松井選手をみえなくする。
講堂のような場所に聴衆がぎっしり埋まっている。 F井さんが「いかがわしい場所に行きたいので、女性のところまでついてきてほしい」と言われたからだ。 いかがわしい行為はあきらめたのか、その後自動車で会社へいく。 私は住宅街の中をなぜか、車椅子で自動車をおいかける。
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