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2002年08月27日(火) 私が人を信じるのは、きっと楽しい童話をたくさん読んでいたからだと思う

頑張りすぎちゃったみたいです。
心も体も、ぐんぐん背伸びしたいみたいで
気がつかないうちに無理をしちゃってました。

昨日は岡崎の友達と遊んだんです。
その子の頑張ってる姿見てたり話を聞いているうちに、
私も、私も何かしたいーって。
すごく刺激を受けました。悔しいくらいに素敵だと思いました。

すぐ追いつこうとしちゃうんです。
ブレーキが利かなくなっちゃうんです。

朝起きたら最悪の状態になってました。鬱くん。
「うわあ。久しぶりになってしまった。」

何もしたくなくて、何もできなくてネコと一緒にゴロゴロしてました。
ゴロゴロしながら昔読んだグリム童話を頭の中で回想していました。
何もしていない自分が嫌で無理矢理本を読んだりもしてみました。

7時ごろ父親が帰ってきました。
「ねえ、お父さん。本が嫌いになった時期ってあった?私小学校六年生までは
 ほんが大好きで、保育園のころから本に吸いこまれるように読んでたんだけど
 最近字をみるのも嫌になっちゃって。」
毎週図書館に通って何時間でも本を読んでいる父に聞いてみた。

「あるよ。あるある。お父さんにもそういう時期があった。」

でもね、それはしずくの財産だと思うよ。童話だとか、そういう色々な本を読む事によって今までの人間性なんかもつくられて来たんだと思うよ。
それを持ってるのはすごく大事な事だと思うよ。」

なんだか嬉しかった。
ちょっとほっとした。


父親が上の階段を上がって寝ようとしたとき思わず言いそうになってしまった。

「お父さん、やっぱり辛いよ。今。色々考えちゃったり、悩んだり
 それが病気と絡んで苦しいんだよ!」

その言葉を飲みこんで、私はもうちょっと強くならなきゃって思った。
なんだかわかんないけど、父親に苦しいなんて言えない気がした。

しずくペース、自分で探さないとね。



2002年08月26日(月) 初対面

感受性が強いのは、私の長所でもあり短所でもあるかな〜って思う。
私は人見知りがすごく激しい。だから初対面の人に会うと
カルチャーショックみたいなものを受ける。
まず、その人の事をオーラ?みたいな形で全部受け入れて
体中でミックスジュースを作るみたいにその人の個性や雰囲気が
自分の気持ちと混ぜ合わさってなんというか分かりやすく言うと
ちょっと情緒不安定みたいな感じになる。

まあ、話していくうちに慣れてゆくんだけど
どうしてもその人ペースになるんだよね。
自分がどっか行っちゃうみたいな。
だから、自分をしっかり持ってる人って(人によって左右されない)
結構凄いなーと思う。

色々な人に会うと皆違った個性をmってるから面白い。
新たに自分の中に追加されてゆくものがあったりすると
かなり嬉しくなる。
この辺が感受性の長所・・・なのかなあ?


2002年08月25日(日) 妙な弁当屋さん(1)

こう見えても私はバイトをしたことがある。
始めたのは去年の今ごろで、あまりにも無気力な私に
母親が「そんなにだらだらしてるんだったらバイトにでも行ってきたら?」
と珍しく指摘をされたものだからちょっと焦った。
今までこうしろああしろとあんまり言われた事が無かったから。

事実その時期は自分に価値が無いと思い続けて
周りから見てもかなりだらしない。。というか、愚痴っぽくなっていたので。

とりあえず、どこでもいいや!!と思って近所の「ほかほか弁当」に
飛びこんだ。
後から考えるとバイト料金自給600円という法律に違反しているものであったが
その時の私は無我夢中だったのでそんな事考えもしなかった。

私は物覚えが悪くて結構ドジなので失敗してばかりだった。
おじさんから「最初の1か月は邪魔になると思って働きなさい。」
と教わった。
ほんと、毎回、「すいません」の連発だった。
最初のうちは「うわっまたやちゃったよ^^;」
って感じで本気で謝っていたが、あまりにも注意される回数が多いので
とりあえず「すいません。」っていっておけばいいや♪
と、ちょっと自分の心に余裕を持たせる事ができてきた。
あんなのマジに受け取っていたらからだがいくつあっても足りない。
「ほか弁なんてレジ打ちだろうな。」
と思っていたら大間違い。
レジ打ちは一番仕事が出きる人がする仕事だった。
料理を作る>弁当箱に詰める>蓋をしてレジに出す>そして初めてレジ内ができるのだ!!

なんだか私は拍子抜けだった。
普通は初めはお皿洗いとかから始まって(弁当屋には無いけど)
それからどんどん煮付け>。。。んで初めて板前になる
そんな感じの構造が自分分の中でできていたからだ。

こんな叱られてばっかの私だけどバイトはすごく楽しかった。
もともと料理をつくるのが好きなのに、バイト中食材を焼いたり切ったりできるのだ。終わった後には充実感があった。

そんなこんなで私の初バイト生活はスタートしたのであった。

ここはおばさんが少し変な人だった。
個人的情報を色々私から聞き出して、なんかやな感じだった。
両親の職業は?って聞かれたときは一番びっくりした。
そんな事関係無いじゃんって感じで。
あんまり言いたくなかったので仕方なく、まあ、公務員ですけど。。。
みたいな感じに答えたら

「あら、夫婦で丸儲けじゃない!?」
丸儲け???
ってかそっちだって弁当や夫婦でまるもうけじゃんか
って感じだ。
その事を親に話したらかなり受けて
両親とも爆笑していた。

受けが撮れたのでちょっと嬉しかったり(笑)
私とおじさんとおばさんのバイと生活はこれから波乱の道を進む事を
まだそのときの私は知らなかった。。。




*最近料理好きな私もだるくて全く料理してない。
そんな私が今日久しぶりに作った簡単サラダレシピ〜〜

*材料<2〜3人前>

レタス  5〜6枚
味付け昆布(お握りなどに入れる市販のもの)適宜
米酢    大さじ3    
砂糖    一つまみ

ごま油   小さじ3


�.譽織垢鯢洪紊砲弔韻討僂蠅僂蠅砲靴討�く。
水気を良く切って一口大にする
�△�皿にレタスを盛って、その中央に昆布を載せ
残りの調味料を混ぜ合わせて上からかける

★サラダの美味しさは水気をよく切る事が大事
プチトマトやコーンを乗せたりすると彩りが鮮やかになるかも


2002年08月22日(木) 今注目の彼

クールで
めったにこっちを振り向いてくれない!
今一番気になる男の子
剣道で頑張って筋肉つけちゃってさ



携帯にメールが来てたので
見てみたら動く画像が山ほど入っためーる。。。
か、可愛い。。。
そして最後に、ENDと。



昨日君は珍しく母親の携帯を長い事いじっていましたね。
あんまり見つめると怒られるのでチラッと横目で見ただけだったけど
その為だったのね!!!

弟君、昔はあんなにお姉ちゃんこだったに〜
最近は冷たいのね
その内彼女とかできちゃうんだろうな
お姉ちゃんちょっと複雑です。



2002年08月17日(土) フルーツ

桃は3年。。。

柿は8年。。。

梅は18年。。。

「ももくりさんねん、かき8ねん、ウメは大馬鹿18年」って言うけど

それって違うと思うな。

だってそれぞれ美味しい実がなるんだよ
美味しい果物ができるんだよ
実らない果実なんてないもの。

人間だって同じだと思うよ
心の中にちゃんと意思があれば
きっといつか素敵な花が咲くよ
いつかみんな同じじゃなくったっていいんだよ
道は1つじゃないんだから
時間はたくさんあるんだから


2002年08月15日(木) 若草色

見えないから
入道雲見上げるの

今自分の踏み台を
未来への階段を干草で作ろうかなって思ってるとこなの


2002年08月12日(月) 揺れる心

またやっちゃった。。。
今日の夢も中学校の夢。
私はそこから抜け出せないのかしら?

多分未練があるから、充実してたから、忘れられないんだろうね。
そこにはまだ同級生がいて、一緒に勉強してるの。
この夢ばっかりみてる。


父親とお酒をのみに行ったら、同級生が働いてた。
その後のカラオケも同級生。
みんな美人になっちゃって、大人になっちゃって、一人前に見えた。

待ってよう。置いてかないでよう。。。


2002年08月11日(日) オフの後の疲れ

お昼頃起きたら
「しずくが起きるの待ってたんだよ。」との事。
家族で回転寿しにいって来ました。

最近近所に新しく全品100円の「かOぱ寿し」
ができたので、
お店の中はガラガラでした。
「この店屋ってけるのかなあ」と余計な心配をする母。
こんな不況だって言うのに4人でランチを注文するしずく家。
食べきれないほどの種類の御寿司と、赤だし、コーヒープリンがついて
税込み600円!
安っ!!!
しかもまあまあの味・・・。
ランチがあるって言うのにおなかの空いた私はランチが来る前に
はまちとマグロを食べたので海老が残ってしまった>父の胃袋へ
食い意地張ってますねw

んでまだ疲れが残ってたので
帰ってから夕方までまた寝ました。





2002年08月10日(土) 歴史さんさくぅ

今日は朝からばたばたしてました。
名古屋でチャットのオフ会があったのです。
寝起きの悪い私は朝からカリカリしてました。
親に来るまで駅まで乗せてってもらってるくせに
「今日は道混んでるね(怒)」もーどでした。
化粧の乗りは悪いし・・・。
つーカスっピンとあんましかワンないんだよね(化粧しても

私は愛知の人間なのに名古屋の事なんにも知らなくて
横浜からきたTさんのあとから山口から来たHさんと金魚の糞みたいに
名古屋の迷路みたいな地下鉄のを右往左往しながら、名古屋城に連れて行ってもらいました。
名古屋城って一度行ってみたくって、ちょっとワクワクでした。
中はその時代のも道が再現されていたリして
予想以上の満足感に浸る事ができました。
織田信長も豊臣秀吉も徳川家康もみんな愛知の生まれだったなんて・・・
歴史で習ったのはいつだったかしら?

あまりにも無知でしたね(汗

ってことでもっと勉強したいな〜としみじみ思いました。
時間の関係で長くいられなかったから、
今度は一人で行って、ゆっくりガイドの人に話を聞きながら
江戸の町を探検したいっす。




2002年08月09日(金) 8月9日

今日は長崎に原爆が落とされた日。
NHKの番組を見ていたのだけど、
「何故何の罪も無い自分がこんなに酷い目にあわなければならないのか」
というおじいさんの言葉に、涙が出そうになりました。

生生しい火傷の少年少女。痛々しくて顔を手でふさぎそうになりました。
十分な治療も受けられず亡くなっていかれたこと。
戦争は絶対してはいけない事だし
祖母から何度も話を聞かされていたので、その事は心に留めてあったのだけど
ここまで酷いとは・・・。

きっと自分が体験したことが無いからもっともっと語り尽くせないくらいに
すさまじい出来事があったのではないかなって感じました。
それから考えた事は放射線がばら撒かれた=白血病患者がたくさん出たのでは
ないか?という思いでした。予想は的中でした。

戦争とは少し違うかもしれないけど、私も白血病になりました。
5年生の退院したての頃はかつらも何もかぶっていなくて
ほんと、髪の毛は無いに等しいというものでした。
後ろにちょろちょろっと生えているだけで・・・

ある日、男子2人と私で学校の玄関の掃除をしていました。
わたしはからかい半分に一人の男の子(M君)に(その子がサルににてたから)
さるだ〜さるだ〜と言いながらふざけてました。

そしたらM君が
「しずくって髪薄いよな?学校中のみんながうわさしてたぜ?」
って言われちゃったのです。
もちろんこっちからからかったのは悪いけど
息が止まりそうなくらいドキッとしました。
心臓を包丁でひとつきに刺されたみたいにぐさっときました。
あんまりびっくりして返す言葉も、言い返す事もできずにいると
もう一人のH君がM君にこんな事を言ってくれました。
「Mくん、しずくは病気でそうなったんだよ?
なりたくてなったわけじゃないだら?そんな事言っちゃいけないよ」
みたいなことを言ってくれました。

なんかその時は、涙でそうなくらい嬉しかったというかホッとしました。

戦争で被爆を受けた人は、他の人から特別な目で見られる
と言うのは、原爆の病気について正しく周りの人に認識されていないからだと
聞きました。被害者は心に傷を負っているのにそれを非難するなんて絶対おかしいと思いました。

本当に、戦争も、核兵器もこの世から1つ残らず消えて欲しいって改めて実感しました。そんな世の中にならなきゃ困ります。








2002年08月08日(木) 今晩のごちそう

今日の晩御飯は「シャコ」でした。
いやあ。海のそばに住んでて美味しい魚が安く手に入るっていいですなあ。
ってそれにしても量がおおすぎ!!
おっきいボールに2つも山盛りになっちゃって。
まず頭を取ってしっぽを切って〜更に量側面を切りとって殻から身を外す。
見た目はあんなに大きいのに中身は薄っぺらい・・・
切りながら思いました。
生まれ変わってもシャコにはなりたくないと・・・v
塩味がきいてて、身が詰まってて、生まれてきた中で一番美味しいシャコでした。
シャコさんごちそう様。


2002年08月06日(火) 私を変えた一言

通信制に通い始めた去年から
私は自分自身がまるで抜け殻みたいになったようだった。
今、求めている授業内容に納得していなかったし
周りのみんなの協調性の無さにもうんざりしていた。
自分もどんどんその色に染まって行く気がした。


私は自分の事を何の魅力も無いカス同然のように思っていた。
つまらない人間だと。
そんなある日、私に転機が訪れた。
勤労感謝の日に近くのケーキ屋さんに一人でプレゼントのケーキを買いに行った
時の事だった。

すぐそばののテーブルで、中学の女の先生2人に偶然発見した。
私はなんだか懐かしいやら、嬉しいやらでケーキを買い終わったら
すぐ声をかけた。

「こんにちは〜。お久しぶりです」
「ああ、びっくりした。雫ちゃんだったの?すっかりお姉さんで
大人っぽくなっちゃってたから全然気がつかなかったよ。」
「へへへ・・・」
「それで今どうしてるの?」
私は学校を休みがちだったので、きっとどうしてるのか気になってたんだと思う。

戸惑ってしまった。
だって、今の私には何も無いし、通信に通ってるなんて恥かしくて・・・
でも思いきって話した
「今、通信制の1年生なんです。」
そしたら思いがけない言葉が返ってきた。
「そっか〜。しずくちゃん頑張りやさんだもんね。頑張ってるね。」
びっくりした。そんな風に私のことを見ていてくれた人がいたなんて。
そうなのだ。負けず嫌いの私は結構が頑張りやさんだったのだ。

胸がトクトク嬉しそうに鳴っていた。
それからの私は胸を張って言えるようになった。

「今、通信制の1年生です。」と

結局一番学歴にコンプレックスを持っていたのは
自分だったのだ。

まあ、たまにあきれられる事はあるんだけど。
「まだそんな事してんの?」って。

でもいいのである
私は私のペースでやっていくから。






2002年08月05日(月) 19歳って大人かなあ・・・?

久々の日記更新です。
書きたい事はいっぱいあったんだけど
自分の気持ちを正直に書くのがなんだかちょっと恐くなっちゃって
書くの止めてました。
誰かに白い目で見られるんじゃないかなって。
でも、自分の正直な気持ちだし、ファンもいる事だし♪
日記を見て「励まされた」とか「泣いてくれる人がいた」
って事が撮っても嬉しかったので再開しました。

最近になってよく考えるのが母親の事。
前に「虐待だ」って思って恐くてすごくパニックに陥った事があったんだけど
なんでそんな風に思っちゃうのかなって思うようになった。
周りから見たらそんなの全然虐待じゃなくて、
本当の?虐待は蹴られたり、たたかれたり体に傷を負った人のことを言うんだと思う。

今思うと、子育てって本当に大変だし切れる事の一つや二つ(数え切れないくらい)ストレスが溜まってあると思う。

だけど現実に私はあの時恐かったんだよね。
それはどうやら病気と関係してるらしいって事が最近分かってきたんだけど・・・
やっぱりたまにふと考えちゃうのだよね。
市役所の「自動相談所」が無かったら今ごろどうしていたかわからない。
だから最近は心理学にすごく興味がある。


えっと今の状態は(も)家族すごく仲が良いです。
弟が反抗期のために、私と2人だけの時はなんだかピりピりしてます。
自分で言うのも変だけど、この家に、両親に育てられてほんとに
幸せだよなって思う。
パニックになって家でした時も、友達の家で寝かせてもらった時も
結局その場しのぎなんだよね。
本当に頼りにできる人や自分を守ってくれる人って
両親だな・・・と。
というかそうあるのが一番いいんだよ。


だけど、やっぱり両親以外の人で悩み事や心を預けられる
人って絶対必要だと思う。自分の味方になってくれる人。
カウンセラーになりたいなって良く思うけど、私には絶対無理。
相談する方は得意なんだけど、聞くほうはあれだねストレス溜まるね(笑)
去年の冬頃に公園で子どもと遊んでたら
一緒に子ども連れてるおばあ様に
「お子さんは?」
と言われてしまった。
いや、お子さんは私です(汗。。。って感じで

いやー子育てなんて私には無理だね。
子どもは好きだけど。
「いつ来てもいいよ。」って児童相談所の方に言われた時以来
1回こっきりで行ってないんだけど、まだ少し話がしたいなって思ってる。

そうそう、初めて相談所に行った時、
「お母さんかと思いました。最近若いお母さんの虐待の相談が多いから」
との事。
いやあ、だから私は子供だって!
そう思いつつも来年は成人式。
どうしましょ。










2002年08月04日(日) とりあえず、祈ろう

お家のPCが壊れました。
ネット依存症の私にとってはなんだか歯がゆい思いです。
代わりに祖父のPCからエンピツを書いています。

父親曰く「ウィンドウズ98は壊れやすいんだ。
     ごみがたまってきたからもう壊れたんだ。」

しずく  「えーー!!!じゃあ、もう使えんの?」
父     「使えるって。お父さんが直すだなあ。」
しずく  「。。。。。。」

こういう場合大抵他人の言うことって信用できない。
他の物事ならともかく、機械なんて私の苦手分野、困ってしまう。

私は小さい頃からお話とか絵本が大好きで
その話を良く覚えてたりするんだけど
結構それって現在の生活に当てはまるなって思う。

今回の場合はすずめのお母さんのお話。
あるところにすずめのお母さんがいました。
雛は生まれたばかり。林の中に巣を作ったのですが
巣は取り壊される事になってしまったのです。
なぜならその林で、木を切る工事が行われる事が決まったからです。
すずめのお母さんは、近所の蛇のお母さんに相談に行きました
「もしもし蛇さん、今度家の林に人間が入って木を切る事になったの。
一緒に引越しを手伝ってくれないかしら?まだ小さい子供たちが心配なの。」
「ええ、でも私も少し用事があるんです。
 それが終わったらお手伝いにいきますわ。」
「どうぞよろしくお願いします。」
すずめのお母さんはそれからわしたかのおじさんや、
狐のお姉さん
きつつつきのおじさんに同じような事を頼みました。
大抵帰ってくる言葉は同じでした。
今私にも用があるからそれが終わってからお手伝いに行くねと。。。


すずめのお母さんはみんなが手伝いに来てくれるのを首を長くして待っていました。とうとう森の中の林が人間の手によって切られていくのです。
ところが誰一人手伝いに来てくれる人はいませんでした。
彼女は思いました。
「初めから自分ですれば良かったんだわ。」
すずめのお母さんは別の場所に立派な巣をこしらえました。
そして小雀たち一家は幸せに暮らしましたとさ。

人は大抵自分の事でいっぱいいっぱいなんです。だからなんというか
他人に期待せず自分で積極的に行動することが大事なんですね〜。

保育園の頃、祖母とケーキ屋さんに行ったんです。
あれもこれもほしくて迷っていてシュークリームも頼もうとしたところ
「いいわよ。そんなに迷わなくても。おばあちゃんがいくらでも作って上げるから。」
私はその言葉をずっと信じていました。
祖母は忙しい人だったので、約束はのびのびになって私は中学生になっていました。そして祖母より先に自分で作っちゃたのです。
今でもこの話しを持ち出しては祖母をからかうのだけど。
これはただの食い意地?

 

    


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