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2004年01月31日(土) 頼もしい自分。

●幸せなことに、今日は、自分を頼もしく思う1日だった。すべて段取りよく好調に進み、どこにもしわ寄せがいかず、文句を言う人もおらず、100人余をしきった自分を、今日は誉めてやりたい気分。

 体は肉体も頭脳も、心地よい疲労。2時終了予定だったところが12時に終わり、ほっとしつつ、明日の鋭気を養っている。明日もまた大事な1日。元気にでかけよう。


2004年01月30日(金) 興奮冷めやらず。

●午前3時まで仕事をして、3時半、ホテルにたどり着いたが、仕事の興奮が体と心に残っていて、とてもすぐには眠れそうにない。ビールを飲んでしばしクールダウンしなければ。
 明日は、わたしの仕事ぶりが全体の運命を左右するリハーサル。どこまで立派にやれるかな、と、自分の明日を不安にも頼もしくも思う。


2004年01月29日(木) 姉たるわたし。

●自分がアシスタントとして長く働いてきたので、その自分がアシストされる身になると、有り難さが本当に身にしみる。
 考えるだけ考え、判断するだけ判断すると、、それを伝達したり事務処理したりという雑務はあっという間にこなしてくれる。疲れた顔をしていたら、「何か飲み物持ってきましょうか?」と気遣いしてくれる。わたしに尽くしたって、何の現実的な得もないはずなのに、一緒に働くのが嬉しいと言ってくれる。いやはや、こんな幸せもあるのだなあ。
 ひたすらに頑張らねばなあ。ひたすらに人間らしく。妹たちのあるべき姉として。

●今日は11時に仕事が終わったので、妹たちを連れてちょっと飲みにいく。なんと、酒飲みのわたしが、今年はじめての酒である。彼らの現在の悩みを聞いている時間は少しも惜しくなく、幾ら奢ってあげてもいいって感じ。そう言えば、わたしは若い頃から、「姉」という立場になることが多かったなあと、つくづく思う。自分でも支えきれない自分を支えるための力を、「姉」としておおらかにかつ気丈にふるまうモードから、得ているのだろうか?

●明日から深夜作業開始。3日間は、まともに眠れない日々がつづくだろう。ハイテンションで、明るく、いい仕事をするぞ。


2004年01月28日(水) ホテル暮らし。

●年末のパリ行きで散財し、倹約生活を続けているわたしは、スーツケースを転がしながらラッシュの電車へ。これが大失敗。満員の車内、回りの人に睨まれて小さくなりながら品川駅へ。やっぱり、タクシーに乗るべきだったのだ。いい歳なのだから、状況に応じた行動をとるべきだった。おかげで新幹線に乗るまでにすっかり疲れてしまう。

●劇場に到着し、明日からの作業に備える。わたしの助手になってくれている二人の女の子と、1日、和やかに仕事。嵐の前の静けさといったところか。

●ホテルは、小振りなツインのシングルユース。もうすぐキッチンのついたダブルが空くというので、完全に荷解きをせずに、コンピュータと本だけテーブルに出す。ホテル暮らしは、不便だが、ストイックになれるので、1ヶ月くらいなら十分楽しめる。読んだり、書いたり、静かに過ごそう。


2004年01月27日(火) しばし我が家とお別れ。

●スーツケース1個と段ボール1箱をようやく送り出して、後は1泊分の荷物と仕事道具一式を持って、旅に赴くだけ。我が家とも1ヶ月さようなら。こうして旅仕事に出るたびに、安くはない家賃を恨めしく思うのだが、一人暮らしの女としては、仕方あるまい。

●2日まで、またまた戦闘態勢。たくさんの人間を、自分の声が動かしていくのは、恐怖でもあり、生きている醍醐味でもある。
 
●新年早々、毎朝7時前に起きねばならないという暮らしに、今日でようやく終止符。どんなに睡眠不足でも、いったん目が冴えてしまえば4時5時になってしまう夜型人間なので、日々、起きられるのかと戦々恐々の暮らしだった。さらには苦手な通勤ラッシュにもまれる毎日からも、しばらくは解放される。1ヶ月暮らすホテルは劇場まで歩いて5分の距離。ちょっと楽すぎて、逆に「いいのか?」って気もするけれど。


2004年01月25日(日) 激烈な寂しさ。

●昨日は、たっぷり稽古した後、音楽録音へ。スタジオは駅から離れたひどく寂しい場所。制作スタッフの不備ですぐに中に入れず、暗く寒い夜道を、暖を求めて歩くも、喫茶店のひとつも見あたらず。歩いて歩いてようやくジョナサンを見つけて入る迄の時間、久しぶりに「寂しい」という感覚を思い出した。
 簡単なことでは「寂しい」と思わないタイプなのに、なぜか突然、激烈に寂しかった。水面下の深い底に押し込めていた泡立ちが、急に水面に現れてぼこぼこと音を立てるような。……大きな声で叫びたい気持ちを押し込めるのがようやくという感じだった。

●そうこうしてスタジオに入れると、急にまた仕事人間に戻り、午前3時まで、耳と心が全開で働き続ける。寂しくなんて、全然なくなってる自分がいる。朝から働きづくめで家に帰りつくとさすがにくたくただった。

●いよいよ出発が近いのだけれど、支度をする気にはまったくなれず。一ヶ月滞在するというのに、結局着の身着のまま出かけてしまうかも。

 


2004年01月24日(土) 自分の好きなところ。

●あと5日で、1ヶ月の旅暮らしに入る。支度をそろそろしておこうと思いつつも、疲れて帰ってくるとその気になれない。1ヶ月分のパッキングを、出発前夜、大急ぎでやることになりそうだ。宅急便屋に集配にきてもらえる時間に家にいられないため、3箱ほどの荷物を自転車でコンビニまで運ばねばならないし……気が重いなあ。

●80人の大所帯の仕事にも、すっかり慣れた。たくさんの人を背負っている責任は重いが、楽しくもある。
 7歳から70歳まで。とんでもなく広い年齢層のカンパニーで、わたしは過分な仕事をさせてもらっているのだと肝に銘じ、いつも全体を見る目と柔軟な想像力を持っていなくてはと、自分に言い聞かせている。
「大変でしょう?」と多くの人に言われるが、わたしはやっぱり、自分の選んだ自分の好きなところにいるのだという感が強い。


2004年01月22日(木) 長い髪にまつわる話。

●ふと気がつけば、髪がずいぶん伸びている。20代をずっとストレートロングで過ごしていたので、自分では違和感がなく大した変化だとは思っていなかったのだが、ここ7年くらいのショート時代を見てきた知人たちには、ちょっとした驚きらしい。ここのところ、毎日のように、「ずいぶん伸びたよねえ」なんて言われている。
 20代は、「髪だけはきれいだよね」とか「後ろ姿は美人だね」とか、ギャグにされるくらい艶やかぶりを誇っていた我が髪も、40代に入るとちょっと見劣りするものがあるが、それでも、長い髪というのは、軽やかな風が吹いた時とかには、なかなかに気分がいいものだ。

 今日は珍しく早く仕事から帰ったものだから(それでも21時だけれど)、息抜きにかつて自分が書いた雑文たちを読んでいた。
 わたしは、難しげなことを書くより、どうでもいいようなことを書く方が向いているらしい。読んでいて懐かしかったり、当時の実感が色濃く蘇ったりするのは、大体、どうでもいいことを書いた文章だ。ラブレターも然り。恋人に宛てた無数のメールを読み返していると、恋をしていないと書けない文章が確実にあると思えてくる。

 このHPを立ち上げたとき、3ヶ月ほどメールマガジンを発行したことがあって(仕事が忙しくなってすぐに挫折してしまったのだ!)、そのとき書いた「散髪」という文章があったので、今日はそれを再掲。20代の終わり頃一緒に暮らしていた男の子に、髪を切ってもらっていた思い出を綴ったもの。文章は今と変わらず下手くそなのだが、読んでいて色んなことを思いだし、何やら仕事に追われる自分に、甘い気分が蘇って、悪くなかった。
 
 

「散髪」

 最近のこと。2年ぶりに実家に帰ると、76歳になる祖母が驚いたように
「いつ髪切ったん?」と聞いた。

 わたしは24歳から35歳までずっと、腰までのストレートロングで通した。
今でも久しぶりの友人に会うと、トレードマークの長い髪が刈られてしまったことに、皆一様に「勿体ない」と言う。ただ、祖母は髪を切ったわたしを2度ばかり見ているはずなのだ。

「こういう短いのんもええなあ」と言いながら皺を貯め込んだ指を広げてわたしの髪に手櫛を何度も何度も通し、目を細める。きっと祖母の目には長い髪をしたわたしの姿が映っていたのだろう。祖母はわたしの長い髪が大好きだった。

 そんなに長くロングで過ごした女が突然切ると、たいていの人が「何事か」と思うらしい。実際は何事でもなかった。女友達とお茶を飲んでいて、
「時々、突然、髪切っちゃおうかなって、思うことあるんだよね」
「じゃあ、今日切る?」
「今?」
「うん、すごく分かってくれる美容師知ってるから」
というなんのことはない会話をした3時間後に、ショートヘアーのわたしになっていた。
 わたしから切り離された60センチくらいの髪は、友人の漆芸家の手にわたって、うるし筆になった。
 髪を切って後悔することはなかったが、少しだけ残念に思っていることがある。できれば美容院ではなく、家に新聞紙を敷いて、どこでも売っている紙ばさみで、誰かにざっくざっくと切ってほしかった。
 わたしは「散髪」が好きだ。

 切る人と、切られる人。

 新聞紙を敷いて、その真ん中に椅子を据える。大きなバスタオルを肩にかけて洗濯ばさみで留めたり、ゴミ袋の底に穴を開けてすっぽりかぶってガムテープで留めたり。いずれにしろ少しみっともない。少し恥ずかしい格好で慎み深く第一刀を待つ。排泄する時の動物みたいに、じっと一点に視線を留めて。恐々と頭部を委ねる。自分でもじっくり見たことのない後頭部やら頭頂部やらをまじまじと眺められ、霧吹きでシュコシュコと水をかけられ、冷たいとも言えずちょっと顔をしかめている内に、突然はさみが入る。
「じょりっ」
 さっきまで自分の体の一部だったものがぱさりと落ちる。その行方を見ようと顎をひくと、いち早く人差し指でくいっとあげられてたりして。次第にリズミカルになっていくはさみの動きに一抹の不安を覚え、相手の顔を上目遣いに見たりする。忙しそうで視線は交わらず、新聞に目を落としたりする。足で落ちていく毛束を集めてみたりする。見出し小見出しまでは読みとれても本文までは読めなくて、小見出しを声に出して呼んでみたりする。なんの反応もかえってこなくてまた視線を中空に戻してみる。まじまじと見慣れた部屋を眺め、あそこを明日整理してやろうなどと考えたりして。試しに今日の自分のトピックスを口にしてみたり。かえってくるのは「ほんと?」「そう・・・」「よかったね」とか、そんな感想ばかり。仕方なく聞こえてくる音に耳を澄ます。雨音だったり、BGMだったり、しゃきしゃきしゃきしゃきはさみの音だったり。そしてある時は、呼気と吸気の音だけの時間。時には「あっ」という小さな声の漏れるのを聞き取って、反射的に「大丈夫?」と尋ねる。「大丈夫大丈夫」と真意を汲みかねる答えが返ってきたりして。

 切る人はそれは真剣だ。円形舞台のようにしつらえらえた作業場をくるり、くるりと回ってみて、あるべき姿を夢想する。しゃきしゃきしゃきしゃきはさみを二本の指で音立てながら、髪に手櫛を入れつつ、上から横から、眺めてみる。上瞼にちょっと力が入り。全神経を集中して第一刀をいれる。一度落ちていく毛束を見ると、何やら気が大きくなって、作品を仕上げる自信と責任感に溢れる自分を楽しんで。また一刀、また一刀。作業にちょっとしたリズムが生まれてくると、それを守ることを楽しんで。時折選択肢が現れる。こう切るか。ああ切るか。一瞬悩んで動きを止めて、結局本能的に手を動かすことを楽しんで。大胆に。繊細に。揃うべきところはきっちり揃え、あるところでは不揃いの美しさもちゃんと考慮にいれて。ある瞬間、ここからが「仕上げ」だというポイントがやってくる。終わりよければすべてよし。自分が見たいものを仕上げる喜び。はさみは段々ゆっくりになっていく。眺めては僅かに切り。切ろうとしては思いとどまったり。円形舞台を再び回りながら、作品を検証する。どこかに輝かしい可能性が埋もれていないかと探ってみる。そして突然、「出来上がり」がやってくる。「出来上がり!」と宣言してから、また少し距離をおいて見たりして。

 鏡に見慣れない自分を映してみる。口をちょっとすぼめて、右から、左から。上目遣いに。顎をあげて。手鏡を合わせて全き横顔。そして後ろ姿。
 一方。気に入って貰えるだろうかと息を詰め、相手の肩越しに自分の顔を映し込む。角度を変えるたびに笑ってみせる。どれもいい。どこからもOK。と、伝えたくて頷いてみせる。
「いいね」「そうでしょ?」
「上手だね」「そうだろ?」
 時々はお互いにちょっと気を遣ったりしている。時々は新しい自分と新しい相手にほんとうに浮き浮きしている。
 いずれにしろ、ひとつの鏡に二人の姿が映っている。鏡の中に二人でいる絵を、お互いが眺めている。

 散髪のことを想像するのは楽しい。しあわせと名のつくいろんなものがそこにあるように思えて。
 いつだったか、誰かに散髪して貰うためだけに、もう一度髪を伸ばそうと思ったことがあった。そしてすぐに思い直した。髪が短くったって散髪はできるじゃない! でも。と、わたしは思う。
 
 ある幸せな風景が、わたしの今はなき長い髪に映し込まれているのかもしれない。ちょうど祖母の瞳の中に、長い髪のわたしが映りこんでいたように。


2004年01月21日(水) 成長とか、成熟とかいうものって。

●化粧をしていないと「疲れてるのねえ」とか言われてしまうので、化粧をし、食べないと働く元気がでないので食べ、眠らないと集中力がなくなるので眠り、と、どうしても仕事を中心に生活がまわっており、そのほかのことで人生を楽しむことが少ない。昨日も書いたが、本を読むことくらいが、仕事と関係ない楽しみか。
 恋人と離れていると、生活には仕事しか残らない。20代だったら、すぐさま別の恋人を探すところだが、特定の他者を愛するということに対する感覚が、あの頃とは全く違う。
 そのこととは全く意味合いが違うが、加藤典洋氏の川上弘美小説を表する文の中に、気になる文章があった。

●引用。
『若者は怖いもの知らずで「叡智」に欠ける代わり、謎を探求するための「無謀な純粋さ」を持っている。一方、年老いた人間には「叡智」があるが、「無謀な純粋さ」はもうない。そしてこの「無謀な純粋さ」なしに「叡智」は無意味であることを、よく知っている。』

人は、歳を取るにつれ、得る代わりに失っていく。勝ち取る代わりに剥奪されていく。そう思うと、「成長」とか「成熟」とかってことばは何なんだろうという疑問に取り憑かれる。うーん……。


2004年01月20日(火) 書物はわたしの恋人か?

●昨日は休日のため、足りなかった睡眠を午前10時起床で補ったものの、逆に眠れない夜を迎えてしまった。仕方なく、ベッドにノートPCを持ち込み、つらつらと書き物。
 昼間、書評を書こうとして書けなかったことが心にひっかかっていたので、「シンセミア」ではなく、再読した内田百�里砲弔い峠颪�。夜の力か、あっという間に書き上げて、さらにまた眠れぬ時間が続く。あげく、7時前に起きるべきだったのに、目覚めたら8時過ぎ。蒼白になって、家を飛び出す。それでもちゃんと仕事が始まる1時間半前に着いているのだから、気が小さいというか、何というか。

●次のベッドのお供は、加藤典洋著「小説の未来」。でも、まずはバスルームのお供に連れていこう。
 ベッドを共にしたり、バスルームを共にしたり……書物はわたしの恋人か?



※久しぶりにBook Reviewをアップ。


2004年01月19日(月) 読書の休日。●シンセミア下巻(阿部和重)

●寒い、寒い、ほんとうに寒い毎日。特に今朝の冷え込みは格別だったような。
 今日は稽古休み。約1ヶ月は休みがなさそうなので、心して色んなことを片づけようと思っていたが、結局「シンセミア」を読了して以降は、2時間ほど仕事をしただけで、ほとんど何も為せずに1日が終わろうとしている。

●「シンセミア」に衝撃を覚えたので、久しぶりにReviewを書こうとしたのだが、長らく書いていないせいか、文章がうまくまとまらない。2月、本番生活に入ったら、退屈なホテル暮らしの中で、書き方を思い出すことにしよう。
 それにしても「シンセミア」。
 山形県の小さな共同体を精細に描くことによって、世界を俯瞰するような小説。それもかなり、悪意と倒錯に満ちた世界。人が存する限り生まれくる、あらゆる欲が形作ってきた時間を、縦に横に、描きまくる。読者は、作者の手になる精緻な箱庭のような世界を覗き見ることに、ただならぬ興奮を覚え、ページをめくり続ける。
 同世代がこのような作品を産み出すことに、ちょっとした嫉妬を覚えて過ごす休日だった。


2004年01月18日(日) 美酒を目指して。

●少しずつ、少しずつ、前進する。仕事場では、何もかも、時間が進んだ分、きっちり前へ進んでいく。
 自分の人生は、そうも行かない。
 停滞しているのは確か。しかし、その停滞のときも、間違いなくわたしの人生時間。

●まともに食事をする時間がまったくないので、少し痩せた。体重はたいして変わっていないのだけれど、顔がげっそりこけてきた。
 恋人から届いたメールに、「睡眠時間をさいてでも、血肉となるものを食べるように」と書いてあった。……読んでるな、わたしのこと。
「たまには美味しいお酒も飲むように」とも書いてあったが、睡眠時間をさいても酒を飲み交わしたいという相手が、今はいない。
 初日が開いたら、今、わたしの手となり足となって働いてくれている助手を誘って、シャンパンでお祝いでもしよう。美味しいものもたくさん食べさせてあげよう。最近時間がなくって、さっぱり奢ってあげていないものな。


2004年01月17日(土) 初雪。

●仕事場を出た頃はさらさらした粉雪だったのが、最寄り駅に着く頃には、大粒のぽってりした牡丹雪に姿を変えて、風に舞い、これでもかこれでもかと降ってくる。

寒い、寒い、夜。

いつだったか、恋人が徹夜明けで、朝電話をくれて、眠っているわたしを起こし、
「カーテンを開けてごらん」と、雪の降るのを教えてくれたことを思い出したりした。

●仕事場では、さらにさらに、闘いが続き。
 明日も早起き。電気毛布にくるまって、「シンセミア」の続きを読みながらクールダウンして眠ろう。


2004年01月16日(金) ついに、自衛隊出発。

●今日は全体稽古を休み、主演俳優の自主稽古につきあう。
親密な稽古の中で、一人の俳優がどれほど細やかに役を分析し、どれほど心を砕いて役を作り上げようとしていたかを知り、再演慣れしてしまっていたわたしは、ちょっと感動してしまう。

はじめは影響を受けるのが怖いからと、かつての上演ビデオを見ていなかった彼は、稽古が始まって少し緊張が溶けると、ビデオを見始め、必死に研究している。
今日も、「ここはね、××さんはこうやってるんですよ」「○○さんはこうなんだよね」と、かつての主演俳優の芝居を何シーンも真似してみせてくれ、(これが実に似ているのだ!)そして次に、「僕はこういうニュアンスを出したいんだよね」と、自分のバージョンをやってみせる。
「どう? やりたいこと、わかるかなあ」
わたしはそれを真剣に見守り、やりたいことをより鮮やかにするための提案をしていく。
……幸せな稽古だった。

●自衛隊の第一陣が、派遣される。
その派遣式で、首相は顔を紅潮させながら「血を流しにいくのではない! 汗を流しにいくのだ!」と声も高らかに宣言していた。
さらに、「あなた方は、国民の誇りです。あなた方は、国家の誇りです。」
ということばも聞かれ。

+++

わたしは、「ぼくは始祖鳥になりたい」という小説を読んでから、宮内勝典という作家のエッセイをインターネット上で時々読んでいる。
日本人外交官が二人殺されてから、自衛隊派遣決定するまで、ずっとわたしの胸にくすぶっていた違和感を彼も同じく持ち続けており、それをきっちりことばにし続けている人だ。
共感した記事があったので、コピーペーストしておくことに。
日本の都合が、文字通り都合よく彼の国に通じるわけがないという不安を、
多くの日本人が感じているのではないだろうか?

元旦に、首相は早速と靖国参拝をし、中国から多大な非難を受けていた。
それに対して、「一般人と同じく、参拝をしただけ。過去の罪を繰り返さず、平和を願うための行動。中国は神経質にならず、そこをくんでほし
い」という意味の声明を発表していた。
公人としてことばを発するということの意味を、彼は本当にわかっているんだろうか?

+++

以下が、宮内氏のサイトからの引用掲載。


あるイラク人から、日本人への手紙【転送・転載歓迎】

 NGO活動をしている友人が、バグダッドから送られてきたメールを転送してくれました。Yahoo Japan で、日本のNGO団体のメールアドレスを見つけて発信してきたそうです。

 一読して、激しく胸を揺さぶられました。ぜひ、多くの日本人に読んでもらいたいと思っていたところ、友人から二信目が届きました。

 バグダッドにメールを送り、本人に確認したところ、公表してもいいという返事があったそうです。さっそく、ここに転載します。NGOメンバーたちによる翻訳を添えます。

 訳文では、原文の Please という一語が省略されていました。その Please という言葉に、切実な叫びがこもっていると感じられますから「どうか」という言葉を(原文通り)二か所に挿入しました。さらに、読みやすく改行をほどこし、一部、訳文を補いました。

 発信者に危害が及ばないように、名前の部分だけ●●●●で消しました。あとは、すべて原文のままです。文末の Rei とは、空手を習っているというので、おそらく、日本語の「礼」のことだろうと思います。

 一人のイラク人の悲痛な声が、日本中に届くことを願っています。みなさん、この「日本人への手紙」を、できるだけたくさんの友人・知人たちに転送してくださいませんか。無断転載も、もちろんOKです。どうか、よろしくお願いします。

                宮内勝典(作家)
                http://pws.prserv.net/umigame/

 I have found your email address from Yahoo Japan. My name is Mr. ●●●● and I am a high school teacher living in Baghdad, Iraq. I have learned Karate and Japanese language and I always respected Japan and Japanese people.

 It was terrible news for us that Japanese Army is coming to Iraq to help US invasion. I have never supported Saddam Hussein but US is nothing but an armed robber. They are killing Iraqi every day and no ordinary citizen supports them.
 Now, more and more people are taking part in resistance movement. They are not terrorists or remnant of old regime, just normal people. Imagine how people would act if any country invaded Japan. Exactly the same thing is happening here.
 Iraqi should be the one to reconstruct Iraq, not the invaders.

 Do not come to Iraq as a US allied invasion troop! Iraqi respects Japan but if the army comes now, Japan will become the enemy of Iraqi and whole Muslim.
 Every Iraqi will feel deeply disappointed to Japan, a great nation who has never been hostile to Muslim in the past. Supporting US is absolutely not worth all these losses including Japanese people’s life. We welcome Japan after the invaders are gone, but strictly not now.

 Please tell our real feelings to Japanese people. Japanese army should not invade our country! I love Japan so please, please, do not be our enemy. We hope Japan will take the right decision as an independent country.

  Rei,
  Baghdad, Iraq


 私は、Yahoo Japan で、あなた方のメールアドレスを見つけました。私の名前は●●●●といい、イラクのバグダッドで暮らす高校教師です。
 私は、空手と日本語を学びました。私はいつも、日本および日本の人々を尊敬しています。

 米国の侵略を支援するためにイラクに日本の軍隊が来るというのは、私たちにとって恐ろしいニュースでした。

 私は、サダム・フセインを支援したことはありません。しかし、米国は武装強盗です。彼らは、毎日イラク人を殺しています。そして、普通の市民はだれも彼らを支持していません。今、ますます多くの人々が抵抗運動に参加しています。彼らは旧体制の残党でも、テロリストでもなく、普通の人たちです。

 もし、仮にどこかの国が日本を侵略したとしたら、人々がどのように行動するか想像してください。まさしく同じことが、ここで起こっているのです。イラクを再建するのは、イラク人であるべきです。決して、侵略者ではありません。

 米国の連合軍としてイラクに来ないでください。イラク人は日本を尊敬していますが、今、日本の軍隊がイラクに来れば、日本はイラク人とイスラム教徒全体の敵になるでしょう。すべてのイラク人が、日本に対して失望するでしょう。偉大な国である日本は、過去の歴史においてイスラム教徒と敵対したことがなかったからです。

 米国を支援することに、日本人の生命を含め、あらゆる損失を被るだけの価値はまったくありません。侵略者が去った後なら、私たちは日本を歓迎します。しかし断じて「今」ではないのです。

 どうか、日本の人々に、私たちの本当の気持ちを伝えてください。日本の軍隊は、わが国を侵略してはなりません!

 私は日本を愛しています。ですから、どうか、私たちの敵にならないでください。私たちは、日本が独立した国として正しい決定をすることを願っています。

                   ●●●●
                   バグダッド、イラク



2004年01月15日(木) これじゃ駄目なのはわかっているが。

●流れの中でも責任重大な2日間を無事終え、ほっとする。少し早くあがって、帰宅は10時前。「シンセミア」の下巻が届いていたので、風呂につかって疲れをとりながら、早速読書。と、恋人から遠距離電話がかかってきて、さらに疲れがとれる。

●仕事ばっかりしていると、どうも世情に疎くなる。新聞も読んだか読まずかの状態で積まれていく。自衛隊派遣をはじめ、首相がらみの話題が気になり続けているが、気になるに留まり、事実関係を追求する時間も、考察する心の余裕もない。逆に、こんなことで仕事が続けていけるのかと社会人として恥ずかしくなるが、それが仕事の忙しさからきているのだから、どうもこうも。


2004年01月14日(水) まあ、生きてる、かな。●阿部和重「シンセミア」上巻

●過酷な毎日、闘う日々也。
 今年に入って、アルコールの一滴も口にしてないし、恋人は遠きに在りて、女心の動く暇もなし。いやはや、こんなことでいいのか。まあ、とりあえず、仕事は少しずつ進んでいるぞ。わたしは自分を試す場に日々挑んでいるし、それは疲れるが、やはり生きている感じがする。

●阿部和重の「シンセミア」が面白い。下巻を買わないうちに上巻を読み終わってしまい、本屋の開いている時間は仕事をしているため、急ぎネットの書店で申し込み。ああ、早く続きが読みたい。……それにしても、ようやくあ本を読む余裕だけはでてきたなあ。


2004年01月09日(金) 突然の……。

●年明け早々、過酷な日々。やっておくべきことが目の前に山積みで、身体も気も休まる暇がない。それでも、元気だった。少なくとも仕事場ではエネルギー満タンで。わたしの元気が現場を支えるのだと思っているから。
 それなのに。
 朝、電車の中で突然、目の前に幕がさーっと降り、猛烈な吐き気が。たまらず途中下車したら、ふらふらと足がふらついて歩けず、ひどい貧血状態。30分くらいベンチに埋もれてじーっとしていた。寒かったけれど、満員電車からしばらく逃れて、ようやくもう一度立ち上がれた。
 
 自分がこんなに疲れていたなんて。確かに寝ない食べない時間を過ごしてはいたが……。
 それでも、仕事中は、元気だった。家に帰り着いてから、朝方認識した疲労が体中にまわってきた感じ。

 誰にも不調は告げないから、誰も心配はしない。一人で闘っているという緊張感、ひしひし。


2004年01月05日(月) 今、享受できること。

●新年早々、くたくたになっている。たった2日で。次の休みは7日後。慣れない早起きに神経を尖らせ、起きるときはボヨボヨしているのに、1時間半の通勤ラッシュを耐えて仕事場にたどり着くと、「ああ、ここがわたしを待っていた」と、驚くほどしゃっきりとしてしまう。そして家に帰り着くと、またまた使い古しの雑巾みたいにぐったり。
 でも。1日12時間ずつ働いたって、それでなお休みがなくたって、過労死するようなタイプじゃない、ありがたいことに。しんどくっても、今は仕事をしているとき、最も生きてる感じがするから。

●日誌に、なんとなく気分でお天気マークをつけるようになったが、実のところ、朝の通勤時と帰宅の夜の空しか、わたしは知らない。そこら辺は、ちょっと淋しいところ。だから、休みのときに感動するのは、天頂に太陽があるのを感じられたりとか、でっかく黄色い満月が低い空で輝いているのを見たりするとか。
 若い、仕事のない頃は、いつも朝まで書いていたり、読んでいたりして、満月が沈み太陽が昇る瞬間を見に散歩に出かけたり、月の昇る時間にきまぐれに海に行って、水平線から昇りくるのを楽しんだりしたものだ。今ではそんな自由な時間、夢のような話。
 一度にたくさんの楽しみは、なかなか享受できないものだ。だから、まあ、今できることは、今楽しんでおかなきゃなあ。……それが今は仕事ってことか。


2004年01月04日(日) 仕事はじめ。

●いつも空きを探しまわらなければならない自転車置き場は、スッカスカで、電車はもうどこかのローカル線に乗っているような気分になるほど空いていて、とっても変な感じ。
 冬の早い朝、太陽は低く、車内で座席に座っていると、窓越しの太陽が矢を射るようなストレートさでわたしに光を投げかけてくる。仕事はじめとしては、とても気分のいい朝。

●現場はもう、いきなり戦場。何せ100人の人間が会していたのだ。それを一人仕切るとなると……緊張などしている暇なく、朝から大声だしまくって張り切っていた。瞬時瞬時の判断力で勝負する、疲れるけど楽しい仕事が、また始まってしまった。

●この部屋に引っ越してきて3年がたつが、なんだか最も整理され片づけられた状態になっている。仕事が始まってしまうと、崩れていくのを待つのみといった気もするが、整った部屋というのは、思考を誘う。そして、精神の整理さえ環境が求め始めるような気がする。……部屋は簡単に整理できるけど、現在の自分を整理整頓するってのは至難の業だなあ。


2004年01月03日(土) この1年の仕事が……。

●仕事に備えて、頑張って早起き。恋人からメールが届いていた。末尾に、「この一年の仕事が、このあとの20年につながるものであるよう、祈っています」と書いてあり、強く励まされる。
 彼のことばのおかげでか、仕事始めを明日に控えて尻に火がついたか、今日は仕事に集中する。一日、てきぱきと色んなことをこなした。それなのに、愛用のメビウスがどうも調子悪く、久しぶりにPowerBookG4で仕事。これがまた、マックらしいところで、長らく使ってやってなかったものだから、実にご機嫌悪く、フリーズを繰り返す。でも、いくらフリーズしても、ちょっとHDを整理してやると機嫌をなおしてくれる。こういう時は、マックの方がわかりやすい。そして、久しぶりに使うと、キーボードの感じが実にしっくりくる。久しぶりにキーボードの上で踊る自分の指を愛おしく感じた。長らく寂しい思いをさせて悪かったなあ、という気持ち。一度ウィンドウズに慣れると不便なことも多々あるのだけれど、旧友の魅力は捨てがたい。
 そして、いよいよ仕事始め。問題は、明日から毎日の7時起きに耐えられるかだ。なんたって、徹夜仕事で鍛えられているから、夜に強く、どんなに寝が足りていなくても起きていられるタイプなものだから、どうしてもしわ寄せは朝に……。ああ、今日なんて「いよいよだ!」なんて興奮してるから、いつもの「遠足の前症候群」で、眠れないのではないかしら?
●わたしは、業界で突っ走る同世代に、すっかり遅れをとっている。いい仕事をしたと思っても、それは自分の名前で負っている仕事ではないのだ。
 でも、本当に、今のこの時間からでも、遅れた自分のこれからの勝負の布石になるようにと、思って生きていこう。
 恋人のことばは、不安におののくわたしの心を、優しく厳しく慰撫してくれた。


2004年01月02日(金) 秘されたもの。

●「向田邦子の恋文」というドラマをテレビで見た。久世光彦演出の、TBS新春恒例の枠。
 
 向田さんの死後、ずいぶん経ってから、遺品の中に、彼女の、恋人に宛てた手紙と、恋人の手紙と日記が見つかった。

 脳溢血で仕事ができなくなったカメラマン。家族と別居して暮らす彼を足繁く訪ねる向田さん。わずかでも一緒に過ごし、食事を作り、共にし、話をする。放送作家としてひっぱりだこだった向田さんは、寸暇を惜しんで彼を訪ね、愛する。家族のドラマを得意とした彼女が築いた、特異な形のもうひとつの家族の姿。
「忙しいから、訪ねてくるのは大変だろう?」と云う彼に、
彼女は「ここに来ることができなきゃ、台詞のひとつも書けない」と答えている。
 彼らの関係は、彼のガス自殺によって、一方的に終わった。

 わたしはこの原作を、新潟で読んでいる。
 昨年の7月、忙しく過ごす恋人と、わずかな時間でも二人で過ごしたく、新潟まで追いかけて行った時のこと。その日の日記にこう書いている。


***

「向田邦子の恋文」という本を読んだ。向田さんの死後見つかった、不倫相手との手紙やら日記を公開したもの。人ひとりの人生での秘め事は、フィクションと同一線上に並ぶものではない。何故こんなものが出版されたのだろう、と、読後もやもやしたものが残った。

向田さんの著作は全部読んでいる。20代、偏愛していた。亡くなってからも、書棚から時折ひっぱり出す。この人が切り取る生活は、痛ましく美しく、当たり前でいながら、いつも不思議な日常の異界だった。作品だけで十分だった。いいじゃないか。……そんなもの出版しなくったって。

書簡という文学形態を意識したものでもなんでもなく、ただただ愛情を綴った日常的な手紙は、読んだことを忘れたいくらいの、純粋さだった。大人になってからの純粋さは、あらゆる世間体や自己愛、見栄や計算の、その下にある。大人なら誰でも持つ、それらの逡巡の下にある。だから、見え隠れする愛情は、純粋なほど痛ましいのだ。みっともなくも美しく、その美しさは
他者に知られる必然を一切排している。

……読まなければよかった。本を読んでそんな風に思うことなんて、めったにない。……だから出版する意味があったというのか?

***

と、その出版を解せずにいて。

気になって見てしまったドラマだが、向田さんを演じた山口智子が、魅力的だが適度に乾いているので、逆に安心して見ることができた。相手役の男性は、知らない俳優だったが、人間を演じておれず、痛みが伝わらない。何も伝わらないことと、淡々と演じることとは違う。
それより、演出だ。
久世光彦氏ほど向田さんを知っている演出家はいないのだろうが、老いた演出家の限界を、ちょっと感じたり。
原作にあった、個人の裡に秘められた生(なま)の生(せい)の痛みは、
影も形もなく。それが、テレビドラマに置き換えるための方策だとしたら、狙いだとしたら、もう遅れてるんじゃないかしら? 少なくとも、ゴールデンの連続枠ではないのだから。

***

見ている間、やはり恋人のことを考え続けていた。
向田さんの作品を思い出し、一人の女性の短い人生に起こりうる、色んなことを考えていた。

人生、一回しかないから、できれば上手に生きていきたいのに、なかなか難しい。

●早く仕事に出たい。家で一人だらだらやる仕事に、早くも飽きてしまった。現場で、人の中で、人にもまれて早く働きたい。


2004年01月01日(木) だらだら仕事。●ヒトラーとスターリン(アラン・ブロック)

●ああ、ほんとに1日中仕事してしまった。しかもだらだらと。
 集中してやれば4時間できっと出来たことを、1日中机の前に座って、だらだらと。なんだか先の思いやられる2004年初日。

 でも。次の仕事のための新しい曲が素晴らしく、1日中聴いていたとも言える。なんたって、恋の歌だ。楽譜に起こしたり、細かくタイムをとったり、仕事に使おうとしているのに、突然、唄に純粋に感動してしまい、涙がでてきたりしてしまい。
 恋の病、深く、その道、依然として険し。ああ。

●後半読み流してしまった「ヒトラーとスターリン」を、読み直す。先の巻に進むために、ドラマを思い起こす。この本の面白さは、対比して二人の人生を追うことで、巨大な人生を俯瞰することが自分の小さな人生にも反映するということが分かってくることだ。


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