momoparco
  ++ 映画の話 ++
2002年02月26日(火)  

  「オーシャンズ11」を観た。
出演しているのは、ジョージ・クルーニー、ブラッド・ピッド、マッド・デイモン、アンディー・ガルシア。なかなか豪華なメンバーで、何の予備知識も持たずに観る。どちらかと言えば、軽いタッチの娯楽映画。重苦しいテーマや深い感動と言ったものは無い。「ルパン�契ぁ廚魎僂討い襪茲Δ糞な�、と言ったら近いかも知れない。まだ公開されて間もないので、Movies の方に書くのはもう少ししてから。この映画での紅一点は、ジュリア・ロバーツだが、絡みがアンディー・ガルシアとなるとちょっと物足りなかった気がする。あらすじを書いてしまうのも気が引けるので、これくらいにしておきます。

 昨日は初めて、日本の任侠映画をビデオで観た。
その名も「仁義なき戦い」!(爆) 何故か広島弁が面白そうなので、借りてみる。こういった時代錯誤の映画を選べるところにビデオの良さがある。昭和20年、という所から始まるこの映画、当たり前だがこの時代、ハイテクヤクザなどいないし、武器といってもヤッパかチャカだけの戦いである。何やら最近の映画ばかりを見慣れた私としては、少し迫力に欠けるものがあり、何となくおかしい。菅原文太とか松方弘樹、梅宮辰夫などなど、今でこそ親分の風格もある面々が、みんなチンピラでこれが新鮮であった。映画の終わりに次作の宣伝があり、こちらは千葉慎一とか北大路欣也とか、これまたペランペランに若い(笑) また観ようかと思ったりする。

 私は殆どアメリカ映画ばかりを観ているが、日本の映画と大きく違う所に演じる女優のリアル感がある。それは、演技というより創りだが、アメリカの映画は、どんなに美しい女優も疲れた時には本当に疲れた顔をしている。焦燥している時の目の下にはクマが出来、時には袋にまでなっていたり、シワなりシミなりを隠さず、とことん自然に感じるような創りをしていると思う。時には、中年のお腹の出たスタイルなども隠さないし、それが映画にとても現実味を与えていると思うが、それがストーリの展開によりヒロインとしてとても美しい時が多々あるのだ。実は美しい人だったんだと思わされる時がある。勿論本当はとても美しいのだ。

 そこのところを比べると、日本の女優は綺麗過ぎる。シワもシミも隠した上での創られた疲れ、みたいな物はどうもしっくりこない。初めから終わりまで、うわっぺらでの疲れはあるが、いついかなる時も綺麗なのだ。リアルな感じがしてこない。あまり美しくないような役をやりたがる女優はなかなかいないそうだし、皆綺麗に撮って欲しいと思っているらしい。その辺りに、何かオトナを感じない。

 役者というのは顔だから、年を取る事を嫌うより、年齢に合った深みが伴っていれば良いのではないかと思う。007のショーン・コネリーが見事な年の取り方をして、老いてますます味のある役者でいると思うが、クイント・イーストウッドのように、老いてもなお二の線でいいようとしてくれると、何だか観ている方が恥かしくなってくるではないか。

 何かどうでも良い事を書いたような夜(笑)






  ++ 晴れた朝に ++
2002年02月23日(土)  

  「すみませんが、法務局へはどのように行くのでしょうか?」
朝の9時少し前、たまたま法務局のある駅の近くを歩いていたら、見るからに上品そうな60〜70才ぐらいのおばぁさんに道を尋ねられた。大切な人に会うような装いで、綺麗に身づくろいをし、物腰の穏やかそうな人である。法務局はその途中まで通りすがるので、近くまでご一緒しましょうという事になった。足が少し不自由らしく、片手に杖をつき、並んで歩き出すととても丁重にお礼を言われる。

 この度は、息子夫婦と同居する家を新築する事になり、かかる手続きの為に法務局へ行くのだという。慣れない書類手続きは、皆目わからないので、朝一番に家を出て、三つの電車を乗り継いでやって来たそうだ。足の悪いおばあさんが、こんなラッシュ時に電車を三つも乗り継いでの外出や、現役でも面倒でやりたくはないような書類の手続きなど、ご苦労さまな事だと思い、
「それは大変ですね」と声をかけると、
「若い人たちがやってくれれば良いのに、何もやってくれないから」と言って、あれこれ話し出す。黙っていたら彼女は息子夫婦が日頃どういう状態であるのかから始まって、その中で自分がどのような扱いを受けているか、まるで被害者のような話になってくる。
「下手な事を言っただろうか」と内心思ったが、後の祭り。話している間に連鎖反応を起こして、ますます色々な事を思い出すのか、自分の言っている事に興奮し始めたのか、だんだん言葉つきが変わってくる。

 若い人たちと言っても、その焦点は嫁に絞られているようで、嫁の夫であり我が息子の事はどうも別の場所においてあり、諸悪の根源はヒト科の「ヨメ」にあるようだ。私には、特別酷いヨメとは聞こえないが、「気に入らない」という色眼鏡をかけた彼女には、何もかもが気に入らず、こんな朝っぱらから出歩かなければならない事だけでなく、箸の上げ下ろしはおろか、その顔が不細工であるとか、声が憎たらしいとか、そこまでいうかという話し方が聞き苦しい。
「するってぇと何かい、おまいさん、地球が回っているのもヨメさんが悪いってのかい?」と思ったりもする。

 何気なくその横顔を見ると、激昂の極み、さきほどの上品そうな顔が一転、まるで般若のようになっている。私はキツくない女はいない、と断じて言い切るので、優しそうな女が般若の顔になろうと驚かないが、縁もゆかりもない相手から、しかも初対面で「あの馬鹿嫁が」とか「○○しやがって」などという言葉を聞くと、あまり気分の良いものではない。Shit!とかSun of a bitch!とか耳元で言われているようである。

 どうにか話題を変えられないものかと思うが、立石に水のような鮮やかなスピーチは一言の口を挟むスキもない。聞いていると、ヨメを庇いたくすらなってくるが、そのようなことを一言でも言おうものなら、喧嘩を売られそうな勢いである。朝っぱらから、見知らぬおばぁさんにヒステリーを起こされるのは、ご勘弁願いたいので、私は貝になる。

 つらつら聞くに、私が見知らぬ通りすがりの他人だから、思わずこんな話をしてしまったと言うよりは、きっと彼女はその周辺で、誰彼構わず同じような行動を起こしているために、話す事はそらんじているのではないのだろうかと思えてくる。すると、さぞかし回りも辟易しているだろうと、いらぬ同情が湧いたりする。このような話は、当然回りまわって当ヨメの耳にも入るだろうから、事は悪循環を辿り、彼女にとってもとから「忌々しいヨメ」は、益々あの「クソ忌々しいヨメ」にしかならないのだろう。

 対人関係はいかなる場合も「どっこい」だと私は思っている。こちらが好意を感じる時、相手もなんとなく好意的に思ってくれているような気がするし、こちがから見て「変わった奴」ならば、きっと相手から見たらこちらが「変わった奴」なのだろう。好意的な関係ですら、何かしら「あれ?」と思い始めたら相手も同じように疑問を感じたしていたりするものだし、それは何かのきっかけで誤解や曲解が溶け、話せば分かるという場合もあれば、亀裂となる場合もある。ましてや自分が嫌いな相手なら、相手から嫌われていても仕方ないとも思うのだ。

 しかしもともと他人が自分の思い通りでないと気に入らない人には、こういった事は通用しない。自分というものを、一人高い所であれ低い所であれ、別の場所に置いて、誰彼を思い通りにしたいと思えば、誰とだって上手くは行かないだろう。あまつさえ、このような罵詈雑言を発して相手を下げれば下げるほど、自分を下げている事に気がつかない人には事が好転することなどないのではないだろうか。人はどうあがこうと、他者にはなれない。このような話では、アンタが悪いとも言わないが、アンタが大将とも言えない。どんなに軽蔑し、どんなに罵倒しようと、関係を破綻させない限りは、どっちもどっちの枠を出ないだろうし、破綻させないならさせないなりの何かしらの魅力があるのではないか。

 私は70になった時に、自分が一体どんな事を考えるのか、まるで想像もつかないが、実はみんなそうなのか?周囲の色々なお年よりを思い浮かべてみるが、あまり結びつかない。

 ようやく法務局の見える曲がり角に着き、その場所を教えてお別れしたが、その人の苦労はその場所に来なくてはならなかったという事ではない気がする。別れ際に、今までの事は嘘のような穏やかな顔に戻ったおばぁさんは、丁寧なお礼を何度も言う。その変わり身は素早く、何かの間違いであったのかとすら思ったりする。

 少し歩いてから何気なく振り向くと、信号待ちで立ち止まった上品な佇まいのおばぁさんがいた。
何となく、手を合わせたくなる。御愁傷様。





  ++ 山の手ブルース ++
2002年02月17日(日)  

わたしゃ もともと 山手育ち でっかい 御殿に 住んでます

お抱え 運ちゃん お抱えお女中 お抱え 弁護士  お抱えドクター

何から 何まで やってはくれるし わて ほんまに ええ暮らし

わて ほんまに ええ暮らし


『 山の手ブルース 』。。。。。。。。
作詞 阿木耀子 作曲 宇崎竜童 
歌 ダウンタウンヴギウギバンド

 私は山の上に住んでいます。
先日、横浜の中華街の事について書きましたが、私の住む所は山の上です。
山の中腹というのか、頂上よりは少し下の方、海抜どのくらいか調べてみましたが、調べきれません。ええ暮らしってワケじゃありません。

 山の中というのは、非常に不便な事もありますが、景色に関してはとても恵まれています。今いる部屋の窓から海が見えます。
向こう側が千葉県のようですね、遥かに陸地も見えるので、夜になると海沿いの街灯りが綺麗です。陸地に沿って一帯にキラキラしています。

 こちら側に見えるのは横須賀港。必ず船が停泊していて、昼間はそうでもないのに、夜はとても近く感じます。船もいっそう大きくみえます。アンデルセンの人魚姫の世界です。

 山の中というのは、一方的に坂道が登り続き、下り続きと言う事はなくて、くねくねした道は登ったかと思うと今度は下り、角を曲ったらまた登りといった具合に、つまり平らな道はありません。勿論、緩やかな勾配もあり急な坂道もあり、その坂道に匹敵するくらい急な階段も至る所にあります。この階段は一つが40段ぐらいあるでしょうか、かなり奥行きの狭い傾斜のきつい階段が、2つぐらい続いていたりします。この階段を利用すると、息があがります。

 こういった、階段や急な坂道を登りきったあと、今度は下りになるので、いきなり目の前が開けると、そこには必ず海が見えます。公園の滑り台を想像していただくと、分り易いかも知れません。スロープの方から登っていった感じ。道の至るところが滑り台状になっているというか。

これっきり これっきり もう これっきりですか

これっきり これっきり もう これっきりですか

急な坂道 駆け上ったら 今も海が見えるでしょうか

ここはヨコスカ〜

『 横須賀ストーリー 』。。。。。。。。。。。。。。。。 
作詞 阿木耀子 作曲 宇崎竜童 歌 山口百恵

 って感じ。まぁ、ヨコスカは近いです。

 家の近くの路地は、碁盤の目のようになっていますが、私の好きな場所は、我が家の家の前から一本隣の通りの四つ角にあり、車で帰って来ると、わざわざその道を通るようにしています。スピードは30キロぐらいが調度よく、住宅地の中をすすすすっと登って行くと、いきなり目の前が海です。気分は映画、「未知との遭遇」のあの場面です。曲が聞こえて来るようです。そうして、しばし車を止めて(四つ角のど真ん中)景色に見とれます。冬の夕方、そこに見える月は、あまりにも赤く大きくて、怖いくらいです。生物を感じます。

 こういった突然視界が開ける場所が至るところにあって、目の前に開ける景色によって、その度に雰囲気が変わります。一番高い所まで行くと、横浜プリンス、横浜港、ベイブリッジまでのイルミネーションがずーっと見えるのです。それはそれは綺麗です。やはり人魚姫の世界です。

 別の場所からは、晴天だと富士山が見えます。今の季節に見える富士山は、真っ白です。はるか遠くの山の稜線とは比べ物にならないほどの大きな大きな富士山です。やはり富士山は大きいです。

 余談ですが、横浜プリンスのある磯子の山には狸がいます。ホテルの残り物の食べ物を与えたりしているみたいです。この山はこちらの山より高いので、気温も少し低くて星が近くに見えます。

 いつも書いている事ですが、横浜の夜空はあまり綺麗ではありません。漆黒の闇というものがないのです。真夜中になっても空は薄墨色で、星はあまり見えません。冬は空気が澄んでいるので、星座ははっきり見えますが、地方で夜空を見た時のギョッとするような星の数ではありません。何分の1ぐらいでしょうか。あの、自分自身が闇に溶けてしまったような感じは決して味わえません。夏の空なら、晴れた空でも星は数えられるくらいです。月があってもなくても明るいのです。そうそう、こちらの人は漆黒の闇に満天の星を見た時に、まず初めにギョっとするのです。得体の知れない物を見たように。しばらくしてそれが空だと認めてから初めてゆっくりその美しさを認識するのです。

 道を歩くと、曲がり角を曲る度に角度が変わり景色が変わり、変化に富んでいます。昼間でも、どこかの家の満回の桜の花を上から眺めながら、次第にその木の真下にいるなんて事があるわけです。ほんの少し坂を降りただけで、さっき見た月と今の月が全然違います。だから月があちこちに動いているように感じたりしています。

 まんざら捨てたものではありません。

ちょっと前なら憶えちゃいるが 一年前だとチトわからねぇなあ

髪の長い女だって ここにゃ沢山いるからねぇ

ワルイな 他をあたってくれよ

アンタ あの娘の何んなのさ

港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

『 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ 』 
作詞 阿木耀子 作曲 宇崎竜童 
歌 ダウンタウンヴギウギバンド




 



  CD
2002年02月11日(月)  

ふらっと立ち寄ったフレグランスのお店で初めて聞いた曲。
R&Bのリズムに引きちぎるような声
誰だろう。
耳を澄ませて聴いてみたが誰の曲だかわからないので、1人で店番をするお店の女の子に聞いてみた。
「今かかっている曲は誰の曲?」
「カーナです」
髪をオレンジ色に染め、真っ白な頬にオレンジのチーク、瞳にはブラウンのカラーコンタクトを入れた多分まだ10代の女の子が目を輝かせて教えてくれる。
「え?カーナ?」
知らない、初めて聞く名前。
彼女は嬉しそうにCDケースから一枚のCDを取り出して見せてくれた。
KAANA ふんふん、ロングヘアにあらわな肌、気だるい雰囲気のアルバムジャケットは、やっぱりブラックの香りがする。
しかし曲のタイトルを目で追うと、日本語がいくつか混じっている。
「この子日本人?」
「はい、そうです」
赤毛のアンみたいな女の子は得意気にコクンとうなずく。
小柳ゆきがドナ・サマーばりの歌声で初めて躍り出て来た時にも
凄い子が出てきたと感動したが、今度もそれに近い期待を持った。
女の子にお礼をいってお店を出たが、その日はCDショップへは行くことが出来なかった。
帰って来てからネットで調べてみたら、見せてくれたアルバムは1stアルバムと書いてある。
一曲だけ視聴することが出来たので聴いてみたら・・・なんとなく・・・??
他のサイトへ回ってみるともともとはレゲエ。
やっぱり。
今は純然たるR&Bナンバーばかりらしいので、ちょっと気になっていたりする。
それから、小室ファミリーの曲は苦手といいつつ安室チャンのR&Bは嫌いじゃなかったりする。
最近、ZEEBRAと組んでラップを出した(出す)らしいのでとってもとっても気になっていたりする。



  ++ 懺悔な話し ++
2002年02月10日(日)  

 神社の巫女さんのアルバイトをした事がある。
確か、中学の三年生だったと思う。

 中学一年生になった時に入学した学校はミッション系の学校であったため、日曜日には日曜学校へ行くのが原則であった。この学校へは、あちこちの小学校からの入学生がいた分、同じ小学校からの入学生がいるのは非常に稀で、4月の入学の頃のクラスは、全員が借りてきた猫のように大人しかった。学校に慣れ、友人に慣れて来るのは、夏の宿泊行事や、夏休み中のクラブ活動を経た秋の頃からで、この辺りから猫のように大人しかったクラスが、賑やかになりだした。

 一学期の内は皆毎週真面目に教会へ通っていたが、クラブ活動の上級生の話から、どうもそのように毎週真面目に教会へ通っている生徒は少ないというか、ほとんどいないという事が分り、その辺りから段々教会学校は疎遠になっていた。

 秋も深まった日曜日の午後、クラスで親しくなった友人と私は、家族には教会へ行くと言って家を出て、地元では大きな神社の境内にいた。この時は、二人して伊勢佐木町の不二家で甘い物をしこたま食べようという話になり、そこでひと時を過ごしてから、折角近くまで来たから、あの神社へ行ってみようと言う事になったのだと思う。

 神社は山の上にあり、いかにもその先に神社があるといった風情の、幅が広く長い石段を登って行ったのだと思うが、そこそこに人が行き交っていたような気がする。10円のお賽銭をして、大きな鈴をガランガランと揺らすと、特別他にする事もなく、おみくじやお守りを買う余裕もないし、帰りは来た時とは別の石段を下り始めた。この石段は一段一段の奥行きはあるのだがとても狭く、左右には民家があり、人も歩いていずに、多分この辺りに住む人にしか使われてはいない階段ではなかったか。くねくねと曲りくねった石段は、かなり長いものであった。

 左右のところどころに小さな祠があり、中には小さい鳥居があるのや、狐が座っているのや、札のような物がかかっているのが見える。そのうちに、二人ともその祠の中には二つ三つの白いおひねりのような物が置いてある事に気がついた。白い半紙か和紙のようなものが、こぶしよりも小さく、茶巾しぼりのような形でひねられて置いてある。戻ってみると、どの祠にも同じようなものが置かれている。

 あれは一体なんだろう。何かお供え物のようであるが、中身はまるで想像がつかない。神様に供えてあるのだから、大変なものに違いないとか、それほど大変な物があんなに無造作に置いてあるのは可笑しいとか。しかし左右には沢山の家があるので、そこに住む人たちが見張っているのではないかとか。話せば話すほど、中身が気になり、あれこれ言い合ううち、もしかしたら、500円ぐらい入っているのかも知れない、という事になった時には、それならさっき食べた不二家のケーキ代になるじゃないかと、あらぬ方へ話しは膨れ、好奇心は留まらない。

 しまいには、どうにかしてそれを開けてみたい衝動が抑えきれなくなっていた。それでも、回りには家があり、もしかしたら人が見ていると、やっぱりやめ、だのでも、だの、何だかんだと階段を行きつ戻りつ挙動不審な行動を繰り返しながら、ある瞬間、どちらからともなく一つずつ、そのおひねりを掴んで走りに走った。

 ころがるほどに駆けたかと思うが、ようやく下の大通りに出た頃には、すっかり息が上がって、しばらくは口も聞けなかった。 それならその場で開けてみれば良いものを、何も失敬する事はないじゃないかと今は思うが、その時はそういったずぅずぅしさも無かった。(あれ?)

 二人とも、そのおひねりの中身を開けて見る事しか頭にない。何が入っているのかと言う事と、もしかしてという期待が膨らみ、わくわくしながらそうして開けて見たその中身は、一方は梅干が一つ、もう一方はひとつかみの塩であった。

 あまりの意外さに、可笑しくておかしくてお腹が痛くなるほど笑ったのは、お金でなくて良かったという安堵感も少し混じっていた。そうしてひとしきり笑うと今度はいいようもない罪悪感を覚えて来た。梅干や塩を大切に包んで、信心深い腰の曲ったおばぁさんが、前かがみになって石の階段をせっせと登り、何かの願をかけてうやうやしく供えたものではないのか、と、そんな事を想像する。それを失敬して来てしまうというのは、余りにも罰当たりな事ではなかったか。

 その日は二人ともすっかり意気消沈し、いつもなら夜になるとどちらからともなく電話をかけては長話などをしていたが、夜になってもお互いの電話は鳴らず、それぞれが暗い時間を過ごしていた。

 祀られていた、狐の顔を思い出し、何か祟りでもあるのではないかと思うと、眠いのに眠れない。後から後から想像は膨らみ、あんなに怖かった事はそれまでに無く、全くまんじりともしなかった。翌朝友達に会うと、彼女は一度寝るには寝たが、夢の中であのガランガランという音が聞こえて来て、それはどんどん大きくなり、どこまでも追いかけて来たと言っていた。やはり怖い思いをしたらしい。触らぬ神に祟りなしとはこのことか。

 学校には祈祷室というのがあって、懺悔などする場所になっているのだが、まさか教会をサボって神社で悪いことをしましたとは言えず、気になりつつも誰にも言えない話であった。この話はお互いの間でも、一言も語らず、全く忘れてしまったかのような日々を過ごしていたが、3年生の秋になって、彼女の姉上が通う高校に、例の神社から巫女のアルバイトの要請があったらしい、という話を彼女から聞いた。

 大晦日からお正月の神社は、参拝客が多く、普段いる従業員だけではとても対応出来ないので、数多くの巫女さんのアルバイトを募るために地元の商業高校などに直に打診があるらしい。たまたま友人の姉上の通う学校にそういった話が来たのを聞きつけて、友人がやらないかと持ちかけたのだ。その時、二つ返事でやる事にしたのは、一年生の時のカルマを背負っていたからであった。(笑) 何かお互い、そうしなければいけないような気がしたのだ。

 仕事は大晦日の夜10時から、朝の8時まで。真夜中のことなので、親をどう説得しようかという問題があったが、これは友人の姉上の学校関係だの、神社なら悪いことはないだの、大した説得力はない事を言ってみたらあっさりと許しが出たのは意外だったが、もしかしたら気迫で迫ったのかもしれない。

 大晦日の夜10時に社務所に行くと、大きな広間に案内される。襖を開け放した広い部屋には、同じようなアルバイトの高校生が沢山いる。本職らしい、巫女さんから、白い着物に緋色の袴を渡される。夜中の間、表でずっとその格好でいるので、中には暖かい物を着て来るようにと予め電話で聞かされていたので、友人も私もトレーナーにジーンズを着たまま、その上から着物袴を着用した。背中にはカイロなど貼り付けて。髪に付ける白い紙の飾りも渡され、短い髪の人は、後ろで縛ると白い紙の下に馬の尻尾のような毛がついた物をつけられて、あっと言う間にどこから見ても巫女さんになる。

 そうして、私と彼女の配された場所は大きな賽銭箱のある両側の物売り台であった。(何というのか)ここには、おみくじ、各種のお守り、大小の破魔矢、根付、絵馬、などがあり、参拝客がまず立ち寄る場所なので、夜の11時を回った頃には、目の前は人人人の顔顔顔であった。お賽銭が時々間違えて飛んで来て、頭や体に当たって痛いこともあったが、何しろ後から後から色んな物が売れるので、物を考えている暇もない。物の値段も、初めはうろ覚えだったのが、しばらくすると幾つか選ばれた品物を見ただけで、合計金額が分るようになり、何も考えず機械のようにお金のやり取りが出来るようになる。

 そうして、夜中の一時頃になると本職の巫女さんが休憩のために呼びに来てくれる。神社の中というのは、思っていたよりも豪奢な造りで、床には赤い絨毯が敷き詰められ、高い天井からはシャンデリアかと見まがうばかりの照明が隙間なく下がり、壁には細かい細工の飾り物がずらっと並び、この休憩は仮眠を取るためのもので、先ほどの広い部屋に戻ると布団が敷き詰められていて、豪勢な旅館に宿泊しているような気になってくる。

 そこで着物と袴を脱いで横になると、すんなり眠れてしまうから不思議なものである。2時間ぐらいすると、また巫女さんが起こしに来てくれて、元いた場所へと戻って行く。夜中の2時3時というのに人の勢いは全く途絶えず、後から後から人が来てその熱気で寒さも忘れるほどである。芸能人の姿も見られ、そのお財布の中など覗くと、1cmぐらいの厚みのお札がぎっしり入っているのが見えたりする。そうしてしらじらと夜が明ける頃、今度は朝食の為に巫女さんが呼びに来る。

 さきほどの広間にはずらっと一人一人のお膳が並び、お屠蘇やお雑煮、お煮〆などが乗っている。お煮〆の味は忘れたが、お屠蘇はいつも家でいただくお屠蘇と同じ味がした。お雑煮の汁物の味は家のとは違ったが、お餅は柔らかくて美味しかった。何という、豪勢なアルバイトであろうか。これでお風呂があれば立派な温泉旅行である。なかなか飽きのこない楽しいアルバイトである。食事の時間はそれほどないので、周囲と話をする暇もなく頂いてしまうと、仲間と交代をするために持ち場に戻る。

 すっかり明るくなった周囲を見回すと、お賽銭箱の回りには箱に入らなかったお金がぎっしりと敷かれて山をなしていた。あちらの台に辿り着くにはこのお金の山を一体どのようにするのかと思っていたら、本職の巫女さんは草履のままお金の山の上を歩くではないか。そうなると後へ続かないわけには行かないので、お金の上を草履で踏んでみる。これは正直に言うと、積もった雪の上を踏むより楽しい気がした。お金は踏むと軋むので、足許は若干不安定ながら、こういう事をして良いのか、いや、良いのだと言った面白い感覚でゆっくりゆっくりと歩いて行った。

 朝の7時を回ると参拝客はすっかり減り、境内のまばらな人の中を巫女さんたちが竹箒を使って掃除など始めている。私たちの所には、キャスターのついた大きな金属の箱と箒や塵取りが届けられ、一体何をするのかと思えば、辺り一帯に山となったお金の掃除を始めるのであった。お金を踏みしめつつ、箒で掃いて塵取りに乗せるとそれはとても重く、箱の中にザッと落す時には腰が痛く腕は上にふわっと上がる。そういった事を何度も繰り返し、ようやくきれいに掃き上げると調度8時になっていた。

 そのようにして頂いたお給料の時間給は、当時の高校生がアルバイトをする時間給の10倍に近いもので、なんと休憩時間も何も引かれていないではないか。やはり、夜の仕事はお金になるのか、などと思ったりする。

 こうして、かつて500円欲しさに窃盗を働いた女子中学生約二名は、同じ場所で一夜にしてリッチになり、中学生としては10円が相場(?)のお賽銭に破格の500円を投げ入れて来た事はいうまでもない。







  ++ 下世話な話 ++
2002年02月09日(土)  

 

 最近、睡眠時間が多くなり、すっかりご無沙汰しました。
習慣というものは恐ろしいもので、夜11時を過ぎると頭も体も睡眠モードに入ってしまいます。
皆さまの所にお邪魔しても、活字が霞んで読めなかったりしています。(笑)
ページがちっとも先へ進んでいませんが、気にしてもしゃぁないので、化石にならない程度に頑張ります。
とりあえず、沢山寝る生活を楽しんでおります♪

 ところで、サボっている間に世の中は、眞紀子、眞紀子になりましたね。
政治に関しては、あちこちそちこちで嫌っちゅうほど批判が書かれています。
\(・_\)その話はぁ (/_・)/こっちに置いといてぇ。

 やはり眞紀子さんの人気凄いものです。
今も連日、彼女の一挙手一投足が報道されては、やんややんやになっています。いやー、ホント注目度高いですね!

 もうかなり前の事ですが、議会でさる女性議員の答弁がしどろもどろになった時、「これだから女はだめなんですよ」なーんて事を言ってのけた眞紀子さん、凄いな、と思って見ていたんですが、自らが「涙は女の武器」なんて言われちまったか、と思ったりしていたんですよ。
しかし、よくよく見ると、あの方本当に泣いたんですかね?私には、そうも見えなかったな。そういうの、センセーショナルですからね、マスコミは。

 しかし、彼女は何であんなに人気があるんでしょう。
それはですね、一言で言って分り易い、これです。
彼女が、主婦の代表であるというのは立派なギャグです。
それを真に受ける人はまさかいないと思いますが、本来なら山の手言葉かなんかで優等生のようなキッとした女性議員であってもてんで可笑しくはないわけで、彼女の喋りは型破り。これは一般に受けています。議員言語で一体何を言いたいんだか、わかったような分らないような話っぷりの並みの議員サンより、近いんですよ、感覚が。それで誰彼構わず言いたい事をいいますが、そのアオリも自分で喰ってます。そこら辺、稀有な人でもありますよ。だから、人が親近感を覚えてしまうんでしょうね。

 少し前までは、街頭インタビューなんかで「日本の今の総理は?」なんて聞いて、答えられる人が非常に少なかった。若者に限っていえば、皆無でしたからね。今、中高生だってみんな知ってます。これは凄いことですよ。彼女の人気によって、小泉内閣の支持率が成り立っていたと言っても過言じゃないどころか、周知の事実。テレビで国会中継なんて、NHKしかやらなかったものを、今ではお茶の間で扱っても視聴率が取れるんですから。こういう事は、真面目に政治を考える方には、嘆かわしい事でしょうが、そういうレベルなんじゃないですかね、日本人の政治的感心なんて。感心が全くないと、言い切る人も沢山いますから。

 そこへいくと、小泉内閣になって眞紀子さんのお蔭でいつもハラハラどきどき。新内閣が発足して、真っ先に何が変ったって、国会で居眠りする議員がいなくなりましたよ、一時は。政治に無関心だった、国会議員が、感心をもって国会に臨むようになりました。(大爆笑)すごいなーと思ったのは、私だけでしょうか?繰り返しますが、そんなレベルでしょう。いやー、ホント下世話な話。

 外務省にメスを入れた時点での、彼女の功績というのはとても大きいし、人の期待に大きく答えたものでした。
ただね、彼女は時々ワープしちゃうんですね、ここはどこ?私は誰?ってな具合に。(笑)
応援演説に行くと、候補者にお名前は?なんて聞いちゃうし。指輪を買いに行っちゃって、遅刻しちゃうし。まぁその他もろもろ、あの人でないとしないような失敗もあるわけです。その辺りの、この人ちょっと「お馬鹿?」ってとこが、人間臭くていい、って事になっちゃうんですねー、これがまた。平気で見せちゃうからでしょう。

 逆にいうと、あの人にしか出来なかった事も沢山あるわけで、彼女の存在感はとても大きい。誰か代わりに同じ事をやる人いますか?っていうと、居ないでしょう?あの人気に乗っ取って、多いに利用した小泉さんが、今この時期に彼女を更迭したことは、人の感情には良い影響が無かったのは仕方がないでしょうねぇ。時期というものがありますからね。

 それでもって、眞紀子の怨み節みたいな流れをマスコミが作り始めているのも笑えます。「首相を睨む眞紀子議員」なんて、そりゃ、ちょっと怖い顔して首相を見た画像を何秒も静止して見せればねぇ。(笑) 結局待っているんでしょう。あの人がまた何かやるのを。今の所は大人しく、出来ればあのワープ癖をどうにかして、また暴れて欲しいと私も思っていますよ。

 下世話な話ついでに、もっと下世話な話なんですが・・・
眞紀子さんに限らず女性の議員さん、髪も顔も着る物も、いつもいつもピシっとしてますよね。あれはとても感心します。あれはあれだけでとても大変な事だと思います。勿論、自らの手でするのじゃないにしても、夜中であれ、早朝であれ、乱れている様子がないじゃないですか。女性は大変だな、と思うんですよ、これ。いくら女性でも、お化粧なんてしたくない時は沢山あるし、目が腫れぼったいなんて時もあると思うのに、あの戦闘態勢を見ているだけでも
「24時間働けますか?」って言われているような気になりますよ。それが良いか悪いかは別として、感心しています。そこへ行くと男はね、そういう時間は不要でしょうし、第一寝てますからね。
「真面目に働くのは馬鹿ですね」と言われている気になりますね。
これ、ほんと女の視点ですね。

 ま、いずれにしても、政治家の皆さんのお給料は、もっと安くしてもらえないものですかね、と思うんですが、それを言っちゃうとプロ野球の年棒の話に飛んでしまうので(笑)この辺で。










  ++ 体温計要らず ++
2002年02月01日(金)  

 2月になりました。
やはり寒いですね。

 月末から、頭痛がしていたのですが、ちっとも良くなりません。
パソコンをやっていると、時々想い出したように集中的に眼精疲労から来る頭痛がするので、今回もそれかと思っていましたが、いやに体が火照ります。

 体が火照っているのが一週間続いて、自分では上せているのだと思っていた事があります。風邪の諸症状などなにもなし。顔だけが火照っているなら、手を当てるとひんやりと冷たいはずなのに、手も顔と同じに暖かく、温度差がなくて、珍しい火照り方だと思っていました。周囲に話すと、そういう時は熱を計ってみるものだと言われ、家中を引っ掻き回して体温計を探し出し、計ってみると・・・、38度近くありました。勿論、何の手当てもしていません。平熱は36度はありません。それまで、いつも通りに生活をしていたのに、体温を知った途端に気分は病人。

 どういう訳か、今の今までなんともなかった体中が痛くなり、動くと頭ががんがんしました。精神力を試されたような気分。俵万智じゃありませんが「やってくれるじゃないかと思う」

 以前、こうして - 病は気から - を地で行ったような出来事があったので、ますます熱を計るのは嫌いです。月末月初は忙しく、明日、明後日は仕事なので、「やれやれ、タチの悪い眼精疲労だ」と思っています。ちなみに、自己暗示にはかかります。

 皆さま、どうぞお気をつけて。





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