nomiの思考

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1分間小説「その声は」
2004年06月07日(月)

静香はピアニストを目指す音大生。5歳の時、
ピアニストである母親の手ほどきでピアノを
始めた。約20年間、1日8時間のレッスンを
欠かさなかった。人並み以上の努力と才能
が合わさり、新人音楽家の登竜門といわれ
るコンクールで入賞を果たした。

だが、それ以来、何故か心の震えが止まら
ない。同時に鍵盤をたたく指と心が、いつの
間にか不協和音を奏でていた。

ピアノのレッスン以外に、静香の人生には
何もなかった。友達と旅行に行ったこともな
ければ、恋をする暇もなかったのだ。

            ◇

静香は孤独に耐え切れず、生まれて初め
て、レッスンを中断して家の外に飛び出し
た。すると、ひどく痩せた老爺が向かいの
大きな家から出てきて、玄関の前でしゃが
み込んでいる静香に話しかけた。

「お嬢ちゃんかね?毎日ピアノを弾いてい
るのは。わしは数年前に妻を亡くし、この
家にひとり寂しく暮らしているんだがね。
唯一の楽しみは、風に乗ってやってくるあ
んたのピアノを聴くことだ。いつもありがと
う」

あたたかくて、落ち着きのあるその声は、
ピアノを調律するように、静香の心の音色
を正しく整えていった。




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