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静香はピアニストを目指す音大生。5歳の時、 ピアニストである母親の手ほどきでピアノを 始めた。約20年間、1日8時間のレッスンを 欠かさなかった。人並み以上の努力と才能 が合わさり、新人音楽家の登竜門といわれ るコンクールで入賞を果たした。 だが、それ以来、何故か心の震えが止まら ない。同時に鍵盤をたたく指と心が、いつの 間にか不協和音を奏でていた。 ピアノのレッスン以外に、静香の人生には 何もなかった。友達と旅行に行ったこともな ければ、恋をする暇もなかったのだ。 ◇ 静香は孤独に耐え切れず、生まれて初め て、レッスンを中断して家の外に飛び出し た。すると、ひどく痩せた老爺が向かいの 大きな家から出てきて、玄関の前でしゃが み込んでいる静香に話しかけた。 「お嬢ちゃんかね?毎日ピアノを弾いてい るのは。わしは数年前に妻を亡くし、この 家にひとり寂しく暮らしているんだがね。 唯一の楽しみは、風に乗ってやってくるあ んたのピアノを聴くことだ。いつもありがと う」 あたたかくて、落ち着きのあるその声は、 ピアノを調律するように、静香の心の音色 を正しく整えていった。
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