アイ ナンカ イラナイ。
夏野 空の日記

2003年08月12日(火) 闘病日記(その5)

8月12日(火)

まとめて。

7月の中旬から上がっていた熱は下旬になっても下がりきらず
時に上がり、時に下がりを繰り返す。
「風邪のせいだろう」と放っておいた咳も日増しに酷くなり、
それは風邪の残りなのかあるいは他のものなのか。
内科の知り合いに「膠原病じゃぁないだろうねぇ」と言われてもピンと来ない。

放っておいたのだけれど8月に入ってからバタバタと。
知り合いが二人続けて子宮内に腫瘍を認められた。
一人は良性だったが、もう一人は悪性だった。
胃の検査にばかり気を取られて、
「ああ、そう言えば区から婦人科検診の案内も来ていたなぁ。」と
自分も婦人科系の疾患があるのではないかと、ふと不安になる。

翌日、呼吸困難と歩行困難をおして近所の婦人科にかかると、
検査の結果、総合病院を紹介され、すぐにでも行くように言われる。
ので、行ってみた。

紹介状を見せた後で一通りの検査をしてくると、診察した後で、
初期の子宮癌だと判明。
翌日朝一番での緊急オペということで、
すぐに帰宅して入院の用意をするよう言われる。
体調が悪い上に急な災難で、何がどうなっているのかよく分からない。
が、腫瘍を取り除くことよりも以前に、持病の喘息と呼吸機能の低下により、
麻酔を使うことのほうが危険だということをかろうじて理解する。
専門の麻酔医が必要。

診察をしてくれた医者はテキパキとした医者で、
アタシの目の前で、翌朝一番でのオペ室予約と専門の麻酔医へのオペ連絡、
入院にあたっての個室確保を看護婦に指示する。
が、こんな急な指示がすんなりと通るはずもなく。
しまいになって怒鳴り散らす医者は大声で
「婦長を呼べ!緊急オペの患者なのに個室が押さえられなくてどうする!」

緊急オペと入院が可能だという結果を貰って病院を出てきたアタシはそれでも
「ああ、何だか大変なことになったのだなぁ」と、
まだ実感を伴わない。

何とか地元まで戻ってきて、駅前のスーパーで入院準備品を揃える。
息が続かない。
空気が肺に入ってこない。
とりあえず必要であろう、と思われる物を買って表に出る。

家で入院の支度をしながら知り合いに連絡をする。
「・・・・・まぁ、そういう訳なので、当分連絡できなくなります」
あちらこちらに電話をしたりメールを打ったり、
相手と受け答えしているうちに、じわじわと実感がわいて来る。

「腫瘍はともかく、麻酔による命の危険が考えられ・・・・・」

でも成功すれば3〜4日で退院。
失敗したら1ヶ月程の入院で生還できるか命を落とすか。

3〜4日で退院して来よう、と何故か分からないけれどそう考える。
が、1週間分の入院の準備をしている矛盾。

そして翌朝。
夫と朝一番で入院手続きを済ませる。
オペ中に緊急処置が必要になった場合、同意書にサインが必要になる、
ということで急遽、知り合いにも来てもらう。

何だかバタバタであったがオペは成功。
もちろん、麻酔は正しく効き、正しく覚めた。
もちろん、まだ本調子ではないけれど。

そうしてアタシは今この日記を書いている。



そう言えば、麻酔が効いている間、夢を見た。


まるで血でもぶちまけたように真っ赤な中にそそり立つ紫禁城と、
その前を整然と行進していく清の時代の民族衣装を着た
数え切れないほどの人、人、人、人の波。
時折、真っ赤な中を黒い色が通り過ぎていく。


あれは何だったのだろう。





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