長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2006年04月16日(日)

 嗚呼、私って、まだ切れるんだ。

 少しだけ安堵した自分が居たことに、吃驚した。
 ……………………。


 人間不信は、嗚呼、未だ続いていたのだ。自覚してなかったとしても、無意識だったとしても、そういうことには一切関係無く。誰かに見せ付ける為のものではないから、私は絶対に瘢痕を見つからないようにする。隠す。夏場でも上着を着るのに、地元が北であることと、私自身が筋金入りの寒がりであるということは、非常に都合が良かった。腕の、中程の、内側であれば、見付かり難いことなんて考えるまでも無かった。未だに見つかっていない瘢痕に、何時も安堵していた。特に、家族に見つかっていないということは。だって、私は私の家族が大嫌いだ。私自身も、同じくらいに大嫌いだ。
 痛みは、其れが如何なる種類のものであっても、我慢できる。だって、痛みは絶対に他者に伝わらない。


 久々に流れた赤い血は、まだ生きていくのに充分な熱を持っていた。










 <<  道標  >>


一言メッセージフォーム。長文は此方をどうぞ。




片翼 [MAIL] [CLAP!]

My追加