不快な煙草の匂い。あれだけ煙草嫌いだった兄は何処へ行ってしまったのだろう――健康の為に禁煙した父と、何時の間にか愛煙家になった兄。鬱病診断は、きっと誤診だ――私は、鬱に関しての偏見は持っていないと思う、そうして肉親であるという穿った見方を取り除いても、きっと兄の鬱病は誤診だと私は疑っている。兄は、鬱病ではなく、鬱依存症だ。日がな一日オンラインゲームに勤しむ兄が、チャットを楽しんでいる兄が、如何して欝なのだろう。私でさえ――外界とのコミュニケーションを一切遮断する時期がある、のに。私は、何だったんだろう。 紅く染まっているのは、私の腕だけではなくて。
頭が痛い、なんていう一言は、私には許されない。先ず第一に、数値での証明。其れは体温計が表示する無機質名数字が表す、私の熱量だ。第二に、目に見える症状。其れは洟だの咳だの、或いは嗄れ声といった、下らない抗体現象だ。第三は無い。頭痛は数値で表されることがなく、目に見える症状もない、だから私は認められない、許されない。母だけが、許される。母は、絶対の存在だ――私が最も苦手とする人で、同時に私が最も嫌いたい人。其れは、遠い記憶の底からの願望で、何時か実現したら良いな、して欲しい――そういう曖昧極まりない願望だ。いつか、僕は、母を大嫌いだと言えるようになりたい。そういう、淡い、願望。 許されていないのではなく、赦されていないのだ、私は。
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