こんなこと・あんなこと

2003年09月28日(日) 9月27日(地震の翌日)

たくさんの方からお見舞いの電話やメールをいただきました。
その中に神戸在住の高校までの同級生Sさんのものがあり、大震災経験者の彼女は、実家の池田のことを非常に心配しています。「断水らしいので、食料やらお水やら送りたいぐらいだけど、こう離れていると何にもできないよー」と泣きそう。
彼女の実家は私の実家とも近いので、「今日、池田に行くから様子を見てきてあげるね」とメールを入れて、ありったけのバケツにゴミ袋を入れてその中に水を入れ、コンビニでペットボトルのお水数本と、すぐに食べられる食料を仕入れ、池田に向かいました。
彼女の実家の近くに、妹のだんな様の実家もあり、ここにも寄ることに。

数年ぶりに会ったSさんのお母さんは、うちの母より少し年上だけど、とにもかくにもお元気そうで何より。お水と食料に「いやー、わざわざ来てくれてありがとうね」と言ってくださいました。妹のだんな様の実家の方も、「家の中、わやわやだったの、昨日1日で何とか片付けたさ。でも見て、これ、壁もちょっと壊れちゃってさ」とは言うもの、やっぱりお元気で何より。

私の実家はスーパー元気な父がいるので大丈夫だと思っていたけれど、それでも元気な顔を見ると、やっぱりよかった、よかった。
お風呂の残してあった水でトイレは何とかしのいでいるとのこと。しかし、たっぷり張られていた水が、地震で三分の一ぐらいになっちゃったとのこと。家に水槽がある方は、皆さん大変だったらしいです。

トイレに行きたな、と思ったけれど、そうか、水出ないんだよな。そろそろ帰ろうか、と帯広に戻ってきました。

千代田大橋がまだ通行止めで、温泉から池田に向かう道路も不通なので、行きは帯広−池田間を高速利用。帰りは池田の青山−筒井温泉−十勝川温泉という迂回路をで帰ってきました。池田がこんなに遠いところになってしまうなんて・・・。


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Hiroko Watanabe [MAIL] [HOMEPAGE]

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