月のシズク
mamico



 夜桜散歩

空港からの帰り道、リムジンバスの窓の外、
街灯とは違う、たおやかな白さが視界をよぎる。
目を凝らすと、満開に咲き誇る桜の花だった。
緑の少ない東京の街にも、こんなに桜の木があったのかと感心する。

部屋に戻ると、とたんにざわざわとした気持ちが私を急く。
荷物を置き、スニーカーに履き替えて、夜の冷気の中へ戻る。

私が住んでいる場所は、駅からも少し離れた住宅街だ。
その辺りに、役所や文化施設が建ち並ぶ一本の通りがある。
両脇を無骨な桜の木で固めた、500メートルの並木道路。
周囲の住人だけが、静かに桜を愛でるプライベート・スポット。

桜通りの出発点にあたる角を曲がる。
すると、ずいと向こうまで続く白の幽玄。
横断歩道を渡って真ん中で立ち止まると、桜のアーチを見通すことができる。
何度もそれを見たくて、私は用もないのに横断歩道に差し掛かるたびに渡った。

自然の力って不思議だ。
どうして通りの中央に向かって、枝を伸ばすのだろう。
などと、小学生のような疑問を浮かべながら、何度もアーチをくぐる。
心なしか、桜並木の下を走る車も、速度を落としているようだ。

桜並木の終結点から出発点に戻ってくるまで、散歩中の中年夫婦、
犬を連れたおじさん、コンビニに買い物にきた少年、バス停で
バスを待つ若い女性ふたり、にしか会わなかった。
深夜という時間のせいもあったのだろう。
例年通り、宴を催している人はいなかった。

もう少し暖かかくなったら、こっそりここでビールを飲もう。
よし、今度は忘れずに一缶、ポケットに忍ばせておこう。
はかなき桜よ、もうすこしだけ、生きておくれ。



2002年03月23日(土)
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