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■ 恋の顛末
デスクの上に、うすいピンク色の封筒に入った手紙が置かれていた。 封筒を開くと、A4版の白い用紙にゴシック体の彼女らしい文字が並んでいた。
「昨日、あの恋について、とりあえずの区切りのようなことがありました。 口で言うと支離滅裂になりそうなので、手紙で書かせてください。」
あの恋、とは、胸がぎゅっとしめつけられるくらいにせつない、正真正銘の恋のことで、 私は彼女から、その恋について時々話を聞いていた。昨日、はじめてふたりきりで 遠くへお出かけした彼女は、一緒にいられることが嬉しくて楽しくて、夢中だった。 たくさん遊んで家の近くの駅まで車で送ってもらって、夕飯は一緒に食べられなかった けれど、勇気をふりしぼって小さな告白をした。その直後、はっとして「うそです。 訊いてみただけです」と取り繕ってみたけれど、彼はつらそうな、複雑そうな顔をして 沈黙していた。彼女は居たたまれなくなって、今日のお礼と楽しかったことを伝えて 車から降りた。すぐに家に帰れなくて、駅の周りを小一時間もさまよっていたという。
彼には妻がいた。そんなことは、どうでもいい、と私は思いたい。 妻以外の女性に恋心を抱くことはできても、きっと言葉を声にのせてしまったら、 関係に---妻と彼、彼と彼女---揺さぶりをかけることになる、と彼は知っていたのだろう。 だから、言葉をぐっと呑み込んでいることが、彼のせめてもの優しさだったのかもれしれない。
彼女はその夜、家族の住む家に帰ってから、お風呂に入って、パックをして、自分 のベットからベットカバーと布団をひっぺがし、一階の居間にそれを敷いて寝たという。 「すこやかに眠れた、とおもう」という一行に、私は少しだけ安堵した。 そして、これからも自分の感情を閉ざさずに、きちんと自分の足で立って、 丁寧に過ごしていこうと思います、と手紙は締めくくられていた。
なんて素敵な子なんだろう、と私は彼女の強さに惚れてしまった。 恋するものは、身勝手で盲目に陥りやすいというのに、彼女は自分に正直であろう とする。胸の痛みをそのまま痛みとして受け止め、自分の揺るぎない気持ちから目 を背けず、まっすぐに、ちゃんと向き合おうとする、その想い。素敵な女の子だ。
もはや私がコメントすることは、当然なにもなく、おそらくまだ何かが 起こるであろう恋の行方を、遠くから見守るばかりである。 恋って、女の子を強く、美しくしますね。
2002年09月03日(火)
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