月のシズク
mamico



 こころみ

空調の効きが悪い、でもスパイスの調合は完璧に美味しいカレー屋さんで、
素揚げした夏野菜をふんだんに盛り込んだ季節カレーをたらふく食べた後、
とある冊子の編集者さんに原稿を見てもらった。(このひとはいつも遅刻してくる)

カレー屋ではお互い食べることに真剣だったので、仕事の話などそっちのけで、
大皿に盛られたオクラやら、茄子やら、獅子唐やら、南瓜やらと格闘していた。
なので、原稿はカレー屋の近くの喫茶店で読んでもらうことにした。
二種類の出力紙を渡してしまったら、どうも居心地が悪くなり、私は公園の近くの
自動販売機で煙草を買い、フェンスに寄りかかって一本、喫茶店の隅で一本すった。

頃合いを見計らって、おそるおそる彼に近づき、「いかがでしょう」と訊く。
「うーん」と言った後、「小説を書くのは初めてじゃないでしょ?」と逆に質問される。
私は正直に、はじめてです、と答えた。エッセイや散文はわりによく書いてきた。
でも小説と名の付くフィクションは、これまで一度も書いたことがない。
「初めてにしては、よく書けてると思うよ。でも・・」。やはり「でも」と来た。
私は身体をこわばらせて次の言葉を待つ。「でも、僕らが作っている冊子にこの
テーマは重いと思うんだ。もっと時間をかけて分量ももっと増やして、小説として
ちゃんとした所に応募する方がいい気がしてきた」

そう来ましたか。別にしょげたりはしなかったけれど、「小説」というカテゴリに
私は過剰に拒否反応を起こした。ずっと前から小説は向いていない、と気付いていた。
なんというか、大海原にひとり、小舟でえっこらよっこら漕ぎ出すパワーはないのです。

「いつもみたいな2000字程度の、軽い日常の断片エッセイ、よろしく」
と言われ、すこしほっとした。残念な気持ちもそりゃ耳垢くらいはあったけれど。
文章を書く、ましてや物語を書くというのは、アタマの中のデータを外にアウトプット
するのみならず、果てしない想像力が必要な作業だから、思考や感性に加え、もと
もとの素質も重要なのだろう。私なんかのド素人は、想像するだけでどっぷり途方
に暮れてしまう。そして、編集者をうならせるって、まったく至難の業だこと。
でも、私は、いつかこのひとをうならせてやりたい、と心密かに考えている。


2002年09月04日(水)
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