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■ イマジネーションの勘違い
週末、仕事をかねた旅行で名古屋に行っていた。 昨晩は最終の新幹線で帰ってきたので、帰宅するとゆうに深夜になっていた。 目覚まし時計をセットせず、惰眠を貪る勢いでベットにへたり込む。
昼過ぎに、メールの着信音で眼が覚めた。 受信すると、送り主は未登録者らしく、11桁の数字が無機質に並んでいる。 その短い内容に目を通して、妙にドギマギしてしまった。彼女は間違えたんだ、と。
「今から買い物にでます。もし明日、来ていただけるのでしたら お菓子を買っておきます。寂しいし、よかったらいらしてください。」
ベランダのガラス戸を開けて、すゞやかな風を部屋に呼び入れながら、 私はもう一度、どこかの女が間違えて、送ってきたであろう文章に目を通す。 うすい水色の空に浮かぶ雲は、すっかり夏の勢いを失い、静かにたゆたっている。
きっと、と私は携帯電話を右手に握りしめたまま思う。 きっとこの女は、恋人あるいは妻のある男に、この短い恋文を送ったのだろう。 今日は日曜で、女のすきな男は、家族あるいは彼の彼女のもとにいる。 女はひとり、孤独感を抱え、男のことだけを思いながら週末を過ごす。 だから、月曜になったら、部屋へ顔を見せに来てね。お茶も用意しておくから。
この女も街へ買い物に出掛けながら、このうすい水色の空を見上げているだろうか、 などと勝手に想像力をふくらます。どうしよう、「貴女のあのメールは間違えです」 と教えてやるのが親切だろうか。それとも、このままこの恋文を男に送ったと思わ せてやるのが適切だろうか、とパジャマのままベランダに寄りかかりながら考える。
念のため、と思い、11桁の電話番号を検索してみる。 小さな液晶画面に登録済みの名前が表示される。・・・・あ、あった。
その送り主とは、隣りの研究室のおじさまだった。 そういえば、この週末あたり彼のご自宅に保管されている膨大な量のLPレコードと 蓄音機を見せてもらいに行く約束をしていた。「また連絡入れますから」と言った のは私の方で、そのまま約束を放置してしまっていた。それにこのおじさま、まだ 携帯のメールに慣れていらっしゃらなくて、時々妙な言い回しを使う、と有名だった。
ぐふふっ、と私は背中を丸めて笑う。 まったく、想像力とは見事なもんだ。どこかの美しい女の顔に、つるっとした頭を ぽりぽり掻いているおじさまの顔が重なる。そして「さみしい」という言葉の女性性 に私が囚われていたことに気付く。寂しい、と言葉にできるのは、やはり女の特性 だと思ってしまうのは、私の身勝手な解釈でしかないのだけれど。
2002年09月08日(日)
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