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■ 三周忌・・・
いきなり、今年の私の誕生日はラスベガスで週末みんなで(家族)すごそうといわれた。
普通、単純にこういわれたら、飛び上がるほどうれしいと思う。
しかし、私の誕生日の前の日は、前奥が亡くなった日なのである。 ラスベガスというのも、前奥が働き、子供たちと住んでいた場所である。
彼の言い方は、私の誕生日がテーマになっているいい方だったが、それとは別の理由があるのは、みえみえだった。 「あたしの誕生日っていうのは建前でしょう?」 と聞くと、正直に 「三周忌もあるけど。」といった。
一周忌のときに、気を使い、キャンドルや花とか飾る?といったのに、いらないの一点張りで、アニバーサリーなどやりたくないといって、彼らの思いでの曲をぐてんぐてんになるまで聴いていた。それをしんみり、横で聞く子供たち。そんな彼らをみてたら、なんともいえない気分になり、飛び出したのを思い出す。
もう三年経つんだし、やってもいいかな?って。それに、君の誕生日だからお祝いもしたいしといった。 正直いって、私は行きたいないと思ったのだ。
それまでは、ラスベガスは大好きな町のひとつだったのに、前奥の死をきっかけに私はぱたりとギャンブルもやらなくなってしまった。 家族の行事でカジノの行くこともあっても、彼といっしょにカジノに遊びにいっても私は一切やらない。ギャンブラーと言われた私が、まったく興味を示さなくなってしまったのは、前奥が亡くなった場所が、まぎれもなくカジノだったから。
「悪いけど、三周忌をやるなら、子供たちといってきていいから。私はいかない」といえば「君がいかないと楽しめない」という。 結局、わからないという、優柔不断な答えをだし、私はその会話に終止符を打った。
そのあとに、パッケージツアーで今住んでいる場所からラスベガスまでお値打ちナ値段があるよーといわれても、私は一切口が開かない。本当にいきたくない場所のひとつなのだ。 「もう、被害者になるのはやめなよ、前と同じように、カジノでプレイいっしょにしたいし、あんなに好きだったのに」といわれても、ビールをがぶがぶ飲んでいたのが今では一適も飲めないのと同じで、preferenceが変わってしまったのだ。すべて、私のまわりが変わってしまったのと同じで。
2002年09月17日(火)
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