さっき、友だち(と勝手に思っている)チャットで 「文字で伝える」ってことの話題になったんだけどね 文字で伝えきれることって、制限があって伝わりにくいんだろうなぁ と思うことが多い。
だってさ、文字だけって悪いようにも良いようにも取れるじゃない 私がこういう感じでって思って発した言葉も 感じ方によっては、酷く残酷に酷く優しく感じることもできると思う。 だからこそ、こう文章だけでその人の性格をイメージしても、「こうだ!!」って決め付けないようと思うんだよね。 実際会った人でも、その人の全部はわからなくて当然だし。 例えば「イントネーション・間・声の質・表情・雰囲気」は会ってみないとわからないんじゃないのかなーと。
パソコンを手にしてネット始めたには一年前以上。 その当時は、ネットの人との繋がりってとても私にとって非日常的なもので遠い世界であって、現実世界に繋がるものではないと思っていた。
でも実際、ネット経由で人と出会ってみて その人たちとは私の日常に込みこまれる人たちとなっていった。
もちろん想像とは違うところはたくさんあった。 私にとってそれは、意外な一面であった。 それを知って、ネットだけではない繋がりを確立させてくれたように感じた。 だけどって、ネットに気を許したわけじゃない。 自分のことを必要以上に言っては危険だと思う、誰しもが見れるから。 たくさん人間がいて、中には無害な人と有害な人がいることは確か。 それを感じ取るには、リアルな世界で人を見抜く力を見につけることじゃないかなと思う。文字という少ない情報の中では。
人を接するときに思うこと それは、いいところを前面的に捕らえること、そして認めること。 理解が出来ないところを見ること、違いを認めること。 理想は、もろい。 枠に外れたところは、自分自身に問題定義をする。 ほら「こんな感じ方もあるんだよ、こんな考え方もあるんだよ、自分にとって受け入れるかい?自分以外の人を」って。
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