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人間関係の絆としがらみ。 紙一重、なのだ。 ただ、普段、とくに何もないときは、 その微妙なバランスの上を器用に歩いているだけなのだ。 そのことを意識するときは、 たいてい、 バランスを崩したときだ。
そのときに自分に何が残っているか、 自分はすでに何を捨てたか、 いま何と何を天秤にかけているか、 を考える。 考えても答えがでないこともあるのだけど、 その場合、 答えがでない、というのも、 一つの選択になる。 望むと望まないとに関わらず、 選択している。 無常に過ぎていく時を、 捉えることはできない。 でも、加速することなら、 ひょっとしたら、 できるかも。
『人は誰でも荷物を持っていて、その荷物を捨てるわけにはいかない。一生、それを持って歩かなければならない。たとえば、自分の身体が荷物だし、自分の周りの人たちも荷物になる。自分も誰か他の人の荷物になる。重いからといって捨てることは簡単だが、それを背負っていくことが、人間としての生き方だと思う』(森博嗣『今夜はパラシュート博物館へ』)
『人間と地面も違うだろう? だから立っていられる。人それぞれも違うのだから、お互いに摩擦が生じて、その摩擦のおかげで、滑らずにすむんだよ。摩擦がなかったら、すってんころりんだからね』(森博嗣『数奇にして模型』)
(ところで最近、森博嗣からの引用がとくに多いのだが、これは、ひさしぶりに森博嗣の小説を読んでいる、というのが理由の一つかもしれない。言葉が、俺に合うのだと思う。もう一つ、森博嗣の小説を友人に貸すことになったので、その際に少しパラパラと眺め返したのも、理由の一つかもしれない。いや、きっとそうだろう)
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