たぁちゃん日記。
さな



 悪戯盛り+移植4

悪戯盛りはまだまだこれからよぅっ!!!


まずはこたつに手をかけ、膝立ちの姿勢で
上にのっている物を全てなぎ倒し…
片付ければいいんだけどね…
ついおきっぱなしにしちゃう私が悪いんだけどね。

今度は床にあるものに興味を持ち。
これも片付ければいいんだけどね…
ついおきっぱなしにしちゃうんだよね。

その後、無理な姿勢がたたって
コタツにぶつかりながら転がり…
これは怖かった。
大泣きしたけど何事もなくてよかった。

テレビ台の所まで這って行き
そのまま台を回転させて指を挟んだり…
ガムテで台を固定しました…。
ドアのついてない台なのでビデオテープを引きずり出し
ついでにそこに置いてある物も引きずり出し…
これも片付ければいいんだよね。

自分のご飯用の椅子に手をかけ
何をしようとしてたんだか
そのまま椅子ごと後ろに転がり…。


最近は母のバッグに興味があるらしく
床に置いてあるのを発見すると
嬉々として中身を取り出している。

鍵も大好きなようで出かけに閉める時
いつもニコニコしながらそれを見ていて
もちろん手を出そうとする。
床に鍵が落ちてれば喜んで手にするのは言うまでもない。


たぁは『物』に対する見方が変わってきたように思える。

おもちゃを渡すと真剣になっている時がある。
絵本を渡すとそれに集中する。

ちなみに。
その、物に対してどれくらい神経を集中させているか?
の、バロメーターはよだれである。

彼は真剣であればあるほど、集中していればいるほど
よだれを極端にたらす。と言うか飲み込まない。
飲み込むのも忘れるほど、のめりこんでいるからだ。

ついでに言うと絵本は読んであげていない。
読もうとすると取り上げて自分でページをめくっている。
ただし、1ページしかめくらない。
ってか表紙と同じページをいったりきたり。
たぁが他にもページがあるという事を理解するのはいつだろう?

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絵も可愛いし、これを見せながら母は歌うのだ。



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* 移植4 〜当日〜 *

手術のため入院した母の、一番の心配事は…
「あの子(私の事)朝一人で起きれるのかしら?」
だったそうです。(−−;

毎日起こされてましたから、当然と言えば当然ですね。
家族全員、先日亡くなった叔父さえも
私が一人で起きれるのかどうか心配してたようです。

母のいない間、一人で起きてましたよ。汗
みんなびっくりしてました。


手術当日は家族全員で病院に行きました。
まぁ、祖母は叔父に任せてしまったのだけども。
行き帰りだけでも2時間はかかりますから。

その日は夜遅くまで寝付けず(もともと寝付き悪いし)
朝は早くから起き出して(寝た気がしませんでした)
車2台で家を出ました。

私は術後に一晩付き添う事にしていたので。

平日、木曜日だったので2日続けて仕事の休みを取りました。


早めに出たため、渋滞に巻き込まれる事もなく
無事に母と妹のいる病院に到着。


この日、病院に集まったのは
父、私、妹、父の姉、祖父の兄弟、祖母方の父の従兄弟、母の妹です。
この日の私は極限状態だったのでよく覚えてないんですけど。

母と妹と少し話しをして…親戚に挨拶をして(多分)
他は雑用に追われていました。
妹と母、どちらが先に連れて行かれたのかも
今はもうあやふやな記憶のかなたに飛んでます。


私が何やら一人でボーっとしたり
雑用をしている間にもう一人の妹は看護婦に怒られたとか。
部屋のカーテンを締めっきりにして荷物を片付けていたせいらしいです。

術後、その部屋には戻らないため
いったん荷物をまとめておく必要があったのですが…。
早くベッドを空ける事ばかりに気を取られていたようです。


その日はとても時間が長く感じました。


『もし途中で何かあれば、手術はその時点で中止になります』

そんな言葉のせいだけでなく
私は小さな脳で色々考えていました。

もし、手術が中止になったら?
もし、中止にならなくても失敗したら?


私が結婚して家を継ぐしかないんだろうか…。


その時、付き合ってる人はいませんでした。
好きな人も気になる人もいませんでした。

適当にいい人と適当に結婚して
そのいい人にはたくさん働いてもらって
うちの家計を支えてもらって…。

適当な人、好きでもない人
好きになれるかもわからない人
好きになるかもしれない人
けど、家計を支えてもらうのが目的。


…私の存在ってナニ?


あまりの馬鹿馬鹿しさに考える事はやめましたが。
考え出すとどんどん私がひねくれていくので。
私が結婚にたいしてネガティブと言うか…
後ろ向きだったのはそういう風な期待もされていたからです。


手術の間中、うちの血縁は病棟のロビーでずっと待っていました。

私は一人でフラフラと
来るはずの母の妹が来ていないか見に行ったり
玄関でぼーっとタバコ吸ってみたり、時々妹と話したり。


外人に話しかけられたりしていました。
私は英会話は出来ません。
言ってる事はなんとなく理解したのですが
それに答えるだけの語力はありません。

彼女の自作と思われる日本語ノートと
私の身振り手振りで質問に答える事が出来たのですが。
彼女の最後の質問にはやっぱり答える事が出来ませんでした。

『あなたは何処に行くの?』

何処も何も…ここにいるしかない。
今、私の家族が手術受けてるのよ。
本当はここであなたにバス停について
駅までの道のりについて教えてる場合じゃないらしい。
第一、私日常的にバスを使う事はないから
教える以前にわかってないのよ。地元じゃないし。

彼女は私に意味が通じてないと思ったらしく
そのまま私たちはそこでバイバイしたのです。


その後すぐに母の妹が着きました。

ちょうど昼時で、他の人は食べて来たと言うので
私と叔母も食べに行く事にしました。
叔母は「付き添うんでしょう?ちゃんと食べておかないと」
と言っていたけれど、私はやっぱり食べられませんでした。


朝、9時過ぎには手術室へ向かった二人。
麻酔が切れた母が戻ってきたのは夕方でした。

それぞれが母に言葉をかけていたけれど
母は麻酔で目が回ると言っていました。
まだ完全にさめたわけではなかったようです。


もう日も落ちてしまったので
そのまま待機してもらっていた親戚は帰ることになり
感謝の言葉とともに頭を下げ送り出しました。


その後、意識がはっきりしだした母を囲んで
4人で少し話をしました。

母は「朝だったのにいつの間にか夜になってる」と言っていました。
相変わらず「目が回る」とも。


それから妹の様子を見に集中治療室へ。
その部屋に入ると妹は紐で縛られていました…。
なんでも、暴れたそうで…。汗

意識は戻っていなかったけれど、そこのスタッフが言うには
今までで一番状態がいいと言う事でした。

術後の説明もそこでしてもらいました。
妹には母の腎臓の小さい方が移植され、傷口はこんな形、とか
母は腎臓を摘出するさいに肋骨も1本とったとか。


改めて見た妹はとても小さかった。
もともと小さいのに更に輪をかけたように。


*** んで、術後のお話に続く…。汗 ***


2002年11月13日(水)
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