たぁちゃん日記。
さな



 準備+移植3

リモコン、見つかりました。
積み木箱の中かしらん?とか思ってたら
洋室のボードの下から出てきました。

そうそう、この下、よく物が入り込むのよね。
と、ほっとしたのもつかの間。

今度は目覚まし時計が見当たらない〜?
アレがないと起きられないじゃないのー!
あっても起きられない時はあるんだけどさ。

でもこれも無事に見つかりました。
布団の中から…。
たぶん先に起きたたぁが遊んでそのままだったんでしょう。

そしてまたなくしもの発見…。
使い捨てのカメラ〜〜〜…。

先日しゅうちゃんが持ってた所までは覚えてる。
取り上げると怒るし…離した所で隠してしまえ…
と思ったのも覚えてる。

けど、いつ離したのか?何処で離したのか?

覚えてない…。


さて、年末へ向けての準備です。

来月11日にしゅうちゃんが2歳、20日にたぁが1歳、30日に妹1が2○歳…。
妹1には年の瀬(より前)になると発売される
限定バージョンの化粧品のどれかを
あげてたんですが…。
去年からそれはなくなりました。
…だって、むりよぅ。


クリスマスもあるし
餅つきもあるし(去年不参加だけどねっ)
年賀状も今年はちゃんと書こう。
もちろんたぁの写真入の奴〜♪

って思ってたんだけどねぇ。
今年は喪中と言う事で
寒中見舞いの葉書にする事にしました。

でもたぁの写真付きにするぞ〜♪

その前にクリスマス…。

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去年は妊婦で暇だったんです…。
しゅうちゃんにも小さいマフラー編んでたし。笑

今年のプレゼントは保育園から
本の申込書が回ってきたのでそこからチョイス。
たぁには車の本(¥600)
しゅうにはぐりぐらの本(¥780)
私には(え?)1500円の絵本です。

紹介文読んでたら欲しくなっちゃったのよ。汗

子父には?え、「私」ですか?「リボン」つけて?
お金かからなくていいなぁ。あははん。
…んな事やりませんよ。


餅つきは毎年我が家の恒例行事なのです。
毎年、妹1の誕生日にするのだけどその数がまたすごい…。
平均して15臼です。

いい加減、父も年なのでかなり大変そう。
ここで男手があれば…という話になるんだけどね。
しゅうとたぁがおっきくなるまで待ってください。
もちろんそのもち米を準備する母も大変です。
えーと、手伝いましょうか?私。

この餅つき、誰でも参加オッケーですので
もし見てみたいなーって人がいたらどうぞ。笑
私が年末家に帰れれば連行していきますので。
つきたてのお餅はうまいぞ〜♪



* 移植 〜移植の日まで〜 *

「切る所がないよ」と言われた年だったか…。
移植の話が持ち上がりました。

移植、と言うと登録して提供者が出るのを待つしかないのですが
それが出来る可能性は宝くじに当たるような確率…だそうで
うちでは何年先になるかわからないけど父の物を
と思っていた事もあって登録はしていませんでした。

でも今回移植の話が持ち上がった時には
血液型違いでも母子間でなら移植は可能
になっていて、すでに3件手術が行われていて
そのどれも順調だと言う事でした。
(3件と言うのはその大学病院での話であって
実際はもっとたくさん手術の例はあります。
死体腎からの移植と言うのもその頃1件ありました)


じゃぁやってみよう。
手術をすれば今の不便な生活からは開放される。


けれど、移植までの道のりはまだまだ悩む事ばかりでした。


移植するまでの準備として
まず、妹と母の体を細部まで調べます。
(細々と調べたようですが
私は全て把握していませんので
覚えている所だけ書いてみます)

この時、移植される側の妹は虫歯の治療もしました。
移植後の状態が最悪の状態になるため
型違い移植の場合ヒゾウをとってしまうために
菌に対する抵抗力が落ちるため
治せる物は治しておかないとなのです。
(術後はもとからあった抵抗力だけになり
極端に菌に弱くなり、風邪ですら大敵に。
これその後ずっと死ぬまで続きます)

母も連日、検査をしました。
摘出後、片方だけでも生活できるのか否か?
どこか悪い所はないかどうか?
もし何かあれば移植は中止です。

この時は母子宮筋腫を疑われました。
「子宮に影があるんだって。ダメかもしれない」
久しぶりに母が泣いた瞬間でした。


結局これは杞憂に終わり
なんとか手術できる所までこぎつけました、が

その手術を前に妹は発熱。
たいした事のない熱だけど手術は延期となりました。
妹は手術のため1ヶ月前から入院していたのですが
そのまま延期の日まで入院する事になりました。
(延期も1ヶ月くらいだった)

時期はちょうど今頃。
風邪のひきやすい時期と言う事もあって
家族全員が一番健康に気を使っていた時期だと思います。


そして妹が移植の準備に入りました。

まず、血液の反応を抑えるための薬を体内に入れます。
純A型の妹は中々数値が下がらなかったようで…。
これがある一定のラインまで下がらないと
移植は本格的に不可能になるのです。


手術の日は近づくし抗体は中々減らない。
けど、あまり焦ってはいなかったように思います。


母が「なんであんたは純Aなのよっ」
と言っていた事を覚えていますが
あの人は中々短気な人…
いえ、せっかちな人…
あ、どれも褒め言葉にならない…。



この入院の時に同じ年くらいの女の子と仲良くなります。
700年くらい続いてるいい所のお嬢さんでした。笑
彼女はA型でその母はAB型
同じ血液型はまだ働かねばならない父。

彼女も同じく腎臓を患っていたのですが
移植をするとなれば彼女もまた
私の妹と同じ道を選ぶしかなかったのです。
(登録してなかったので)

*** 折り返し地点です。笑 ***


2002年11月12日(火)
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