ふうこの英国留学日記-その後

2003年12月20日(土) 父の入院

木曜日の夜、10時過ぎに帰ってきて留守電をチェックすると姉から電話が何本も入っていた。電話してみると、父が脳梗塞の発作を起こして入院したという。
最初は症状とかも良くわからないし、すごく不安になった。命には別状はないし、まだ意識もはっきりしてるらしいと聞いてほっとしたが、早く自分の目で父の様子を確かめたかった。
仕事は休もうと思えば休めるが、金曜日中締め切りの原稿があったのでとても休む気にはなれなかった。寝不足で体も心も重苦しい気持ちのままどうにか仕事を終え、帰りにそのまま父の病院に行こうかどうか悩んだが、面会時間が8時までで、私の職場から病院までは1時間以上あって行ってもすぐに帰らなければいけないので、諦めた。
土曜日、母とランチを食べた後、家に戻って着替えて父の病院に向かった。
母は祖母の介護があるので、私が今日父の所に行くことにしたのでほっとしていた。
病院に向かう電車の中で父のことを考えていた。
イギリスからやっと帰ってきて、このお正月はいろいろ話したりできると思っていたのに。。。父は当分退院できそうもない。
斜め前の座席に座っていた小学生の男の子が、父親らしき男性に話しかけているのが聞こえてきた。
「お父さん、**カード買ってくれてほんとありがとう。**が入ってたよ。僕これ欲しかったんだ。今日これ買ってくれてほんとうにありがとう。」
とその少年はカードを手に、上目遣いで嬉しそうに彼の父に言っていた。

この言葉を聴いた瞬間父への思いがあふれてきて涙がほろりとこぼれた。
ああ、私は父にいろいろなものを買ってもらったけど、こんなふうに素直に喜びを表すことをしたことがあったろうか。父との思い出が急にいろいろ甦ってきて、父に対する感謝とか、喧嘩したことと情景が甦った。
いっぱい喧嘩もしてきたけど、私にとっては本当にかけがえのない父で、怒られながらも、自分がいつもいかに父に励まされてきたかということに気がついた。
どんなに怒鳴られても、叱られても、私を決定的に傷つけることを言わず、一度も手を上げられたこともなかった。
私が着古した服ばかり着てると、もう少し、ましな格好をしろと叱りながら洋服を買ってくれた。親以外にだれが私がヨレヨレの格好をしている私のことを心配してくれるだろう。

父と4時間ほど病院で過ごした。
父の目は穏やかで、少し諦めと悲しみが混じっていた。
病院のベッドで横たわる父と見つめあっていたら、自分が父をこんなにも愛しているのだとまざまざと実感した。
去り際に、かすれた声で父はとても素直に「ありがとう」と言った。
気の強い父は普段私にいつも偉そうな態度で、ありがとうなんて滅多に言わなかった。
私は一人になって病院から駅までの徒歩30分位の道のりを木枯らしに吹かれ、ボロボロ泣きながら歩いた。
単に悲しかったのでもない、状況を悲観したのでもない、ただ自分と父の間にある愛情を確認し、でもその愛する父と一緒楽しむことができないことがこの先増えていくのだろういう、その変化の事実が泣けた。

私が日本に帰国してすぐ、就職活動中ランチタイムに父の事務所を訪れ、二人で父のいきつけの寿司屋に行った。父は「これ、うちの下の娘なんだけど、最近イギリスから帰ってきてね。。」とカウンターの向こうの親方に嬉しそうに私を紹介した。つい、一ヶ月前は母と私と父の三人で箱根の温泉に行き、川の字になって寝た。ああ、幸せだったなあと思う。

私も両親も、姉も友達もみんな年をとる。。。そして、少しずつ不自由がでてきたり、疲れやすくなったりしていく。その中で、愛する人も自分も変化していく。何かが失われていき、そのかわり老成しいく。
老いることを恐れたくはない。それは自然な変化だから。
でも時に、失われていくものを思って泣いてしまうことがあっても仕方ないんじゃないかと思う。


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