散書
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2010年07月20日(火) 当然といえば当然

名を変え姿を変え。ってか。


まあどこに引っ越したところで、そこに人がいる限り、人間が人間の輪を脱却できない限り、ストレスってのは、人の生活と切っても切れないものなんだなと改めて。
うん。色々面倒臭い。なんで自分の家で他人に気を遣わんとならんのだ。という。この家の冷房事情に適応できないなら出て行けばいいんじゃないか。と。なんでそっちで環境整えることを考え始めてるんだよ。とか。
あんまり外には出さないように気をつけてはいますが、わりと苛々してます。フラストレーション。
色んなことが重なるんですよね。悪い時期って。重なってます。色々。

なんですかね。
こっちに引っ越してきてから、変に宗教の勧誘とかがくるんですが。今の俺の余裕のなさを見抜かれてでもいるんでしょうか。他者に依存してるだけの惰弱な精神しか持たん劣等の分際で生意気な。
彼らの言い分にしてみれば、神は他者のうちに入らんらしいです。どんな理屈だ。

つくづく、俺は集団生活ってのが苦手なんだな。と、改めて。
以前にも書いた気がするけど、俺が独身主義なのは、結果としてひどく正しかったってことなんだろう。
畢竟、俺は孤独なくらいがちょうど良いのではなかろうか。ってことを言い出すと、ドサ健を思い出すわけですけど。

そういえば、その宗教の勧誘(なのかなんなのか)が、聖書をくれました。買ったら\4'000以上するようなものだというのに、配り歩いているようです。さすがに裕福だね、宗教法人。
京都に置き忘れてきたから、今度帰ったら資料として回収しなきゃなと思ってたところだったので、それはそれでラッキー。
でもなんか、宗教に懐柔されそうな気もしてきたぜ、俺。なんか新聞折込の求人チラシまでもらったし。それはそれで不安だ。


さて、この状況で、どうやって生活サイクルをもとに戻すか、それが難問だ。


詩螺時依 |HOME PAGE