気ままな日記
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| 2003年06月14日(土) |
雑談と、ひとりでいられる能力 |
昨夜は職場で歓送迎会があった。 会場は職場近くの某ホテル。 くじ引きによる席決め。こういう決め方だとホッとする。というのも、自由席だと、自分のまわりに誰もすわらないのではないかと心の中で不安に思っているから。話ベタな人間は他人を退屈させるのではないかと思っている。 その点、くじ引きだと強制的に両隣の席が埋まるというわけだ。 最初のうちは隣になった人と、自己紹介も含めていろいろ話すのだが、そのうちアルコールもはいって、場が崩れ始め、それぞれ席を自由に移動し始める(大抵それは、上司や知り合いへお酒をつぎにまわったりする行動なんだけど)。 するといつのまにか気がつくとわたしのまわりには誰もいなくなっている。わたしもこういう時はみんなと同じように、ビール瓶持ってご機嫌うかがいにまわれば場をとりもつことはいくらだってできるんだけど、横着なもんでそれもしない。 ひたすら出てくる料理を食べている。時々、「どう?仕事慣れた?」っと言って隣にきてくださる人もいて、そのときだけ、サービス精神だしておしゃべりするのだが、でも自分からは席を動こうとしない。 そのくせ、ひとりぼっちで座ってる姿を他人にに見られたくないっていう見栄がはたらくので、なんだかとっても居心地が悪くなる。 で、結局、中締めの音頭とともに、さっさと帰る。あ〜、やっぱりこういう雰囲気苦手!って自分に言い訳しながら。
今日、「雑談」と「ひとりでいられる能力」についての話を聞いた。 雑談っていうのは、何か有益な情報を相手から得ようとしてするものではなく、ただ単に、「あなたと一緒に居ることを楽しむ」ということなんだそうだ。 つまり、おもしろおかしいことを言ってウケようとしなくたって、一緒にいられることを楽しめればいいんだということだ。 そうは言っても、話題が豊富な方がやっぱり相手も楽しいんではないかと、ついつい昨日のような席での場面を思い浮かべるたびに、自分と相手がそこにただいっしょに居られて楽しいという関係をつくるのは、かなりむずかしいと思った。 ひとりでいられる能力というのは、ひとりで居ても、寂しさに耐えることができて、心の中で会いたい他人に出会える自信を持っていられる人のことだそうだ。 つまり、ひとりでもへいちゃらさ!というフリしたり、他人と自分との境界を侵されそうだからとか、雑談で相手を退屈させる不安感からひとりを選んでる(わたしみたいな)人って、ひとりでいられる能力を獲得した人って言わないんじゃなかろうかと思ったのだった。
とまあ、こんなふうにまた理屈っぽく考えてしまったけど、今は同僚の名前覚えるのが先。 顔と名前が一致していないので、座席表片手に用件伝えに出向いている。 なので、その人が自分の座席に座っていてくれないと、もうわたしにとっては相手は不在となる。 この匿名集団に、ひとりひとり名前が付けられるようになって初めて、雑談とか何とか考えた方がいいみたい。
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