気ままな日記
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2006年04月27日(木) 良い子の住んでるどんな町

 午後4時半になると、職場近くの公共機関から、「よい子の住んでる良い町は〜♪」という曲が流れてくる。そして、「小さいお子さんは家に帰りましょう。大人の方も、まわりのお子さんに気を配ってあげてください」というのんびりとした口調の有線放送が響き渡る。実にのどかである。ああ、あと45分で終業なのだなあというホッとした気分がそれに続く。

 わたしの家の最寄り駅近くに、5メートルほどの短い横断歩道がある。一応信号がついているのだが、ほとんど車が通らないので、普段この信号を守る人はほぼいない言っていい。
 しかし、「交通安全」と印字された黄色いカバーのかかったランドセルを、背中が隠れんばかりに背負った一年生が、律儀に信号待ちをしていたりすると(ってそれが当たり前なのだけど)、あとから来た大人たちも、立ち止って信号が青になるのを待っていることが多い。
 幼児がお母さんに手をひかれて信号待ちをしている場合もしかり。このお母さんだって、ひとりの時は信号なんて目にはいらないかのように渡っているのかもしれないが、とりあえず今は、我が子に安全教育を施す立場とあれば、信号待ちをするのは当然。彼女につきあうかのように、通りすがりの人々も、いっしょになって立ち止っている。
 うっかり無視して渡ろうものなら、屈託や遠慮のない子供のこと、
「ああ!あのおじちゃん(またはおばちゃん)、赤なのに渡っちゃったよお、いけないんだよねえ、ママ」などと、大声出して指差しなどされるからだろうか。
 それとも、あのような場面に出くわすと、大人たるもの子供の手本にならなくてはいけないという使命感をふと思い出すからだろうか。
 わたしも子供連れのときに限り、この信号を守ったものだった。そんな時に、赤信号で堂々と渡って行く人を見ると、どういうわけか律儀に立ち止っているわたしたちが、なんとも滑稽に思えたものでした。
 まあ、青信号になるのを辛抱強く待ち、おまけに片手をピンと誇らしげにあげて横断歩道を渡っている良い子たちも、何年か後には、赤信号でも車にひかれないように渡る注意力や要領を身につけていくのでしょう。

 そういえば、横断歩道にすえつけられていた黄色い手旗はいつのまにか、姿を消してしまいましたね。


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