蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2002年11月09日(土) 箱は六花亭の箱

家の中のこまこまとした雑用を片付けながら、横目で映画『冷静と情熱のあいだ』を見る。もうすでに、知り過ぎているお話。

TVの映画見てる?10時頃、携帯電話に差出人不明のスカイメールが届く。メモリに登録している人だったら名前が出るはずなのにおかしい。誰だろう。メモリに登録していない人で、私が今日この映画を見るだろうと予測できる人なんていただろうか。携帯電話をにらめながらしばらく考える。迂闊に「あなた誰?」なんて返信するわけにもいかない。知っている人だったら失礼だし、知らない人だったらそれはそれで面倒。そんなのはたいてい、単なるひまつぶしのメル友探しに決まっている。

手がかりは差出人の携帯電話の番号だけだ。どこかで見覚えのある番号…と思って昔の手帳をひっくり返したら、それは前の前の恋人だった。彼は、私が江國さんの本を好んで読んでいることなど知らないはずだ。すれ違うあおいとマーヴに、自分を重ねたのだろうか。不思議に思いながら、それでも返信はせずに、だまって映画の続きを見る。私から彼に連絡をすることは二度とない。

フィレンツェの街並み、オレンジ色の屋根を見ながらぼんやり思う。前の前の恋人はきっと、この映画を見ながらいちいち子どもみたいに驚いたり悲しんだりするはずだ。例えば、ラスト近くのチェロの演奏のところで、「ほら、やっぱりあの人だよ!」と、さも自分の手がらのようにうれしそうに言うだろう。私は落ち着いてじっくり見たいから、「ちょっとだまってて!」と邪険に言ってしまう。それから前の恋人(数字の2)はたぶん、はじめから「この映画は見ない。きみが一人で見ればいいよ」って宣言する。本当は一緒に見たいけれど、彼の宣言を撤回させることは不可能なので、私はあきらめて一人で見ることになる。

「前の前の恋人と私」、「前の恋人と私」、それぞれの姿をあまりにくっきりと思い描くことができて、驚いたのと同時に少しほっとした。私はどう考えてもその時その時、彼らのことをまるごと100%好きだったのだし、今でもそのことをきちんと覚えている。もらった手紙をきれいにたたんで箱にしまっておくみたいに、必ずしもいいことばかりじゃない思い出も、捨てないで、ひとつひとつ心の奥にきれいにたたんでしまっておいているようだ。ぐっすり眠っているマロの横で『冷静と情熱のあいだ』を見ながら、そんなことを考えていた。


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