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■ どうせ生きる一日なら…
『どうせ生きるなら…どうせ同じ生きる一日なら、楽しく仲良く、おもしろおかしく生きな…なっ!』
私が訪問すると、いつもその言葉通り、調子いい時も悪い時も変わらず、酒焼けした赤ら顔で爽やかな?笑顔を向けてくれる人がいます。 72歳には、とうてい見えない10は若く見えるMさん男性。
うちの旦那とは、一字違いの同姓似名で、しかも誕生日も旦那と一緒! 妙に親近感を覚えました。
築何年だろう?かなり古そうな文化住宅の2階に独りで住んではります。 1Kの部屋で、玄関を入るとすぐ台所で、いくらそ〜っと歩いても、ミシミシ…ガタガタと畳が鳴り、食器棚が音を立てる…私が重い訳じゃないよね?
午前中に訪問したら、朝から(ここは居酒屋か!?)と思わせるようなご馳走がテーブルに並び、グラスには冷酒が… ヘルパーさんが、Mさんの好みに合わせて料理を作りはるねんけど、これがプロ級! ほんと感心してしまいます。
午後に訪問した時は、そんな訳で(息してる!?)と思われるぐらい、グッスリ酔いつぶれてお休みです。 ほんと毎回ヒヤヒヤもんなんですよ、これが… ある日なんか、血圧80/40の時があって、『Mさ〜ん!Mさ〜ん!わかりますかー!?』と焦って揺すり起こしたこともありました。 『……ん”…あ”…う〜ん…寝てた…』 そして、また深い眠りに…
結局、この時はDr.コールして、『…様子みよか?』(酔いつぶれて眠ってるのは、いつものこと)ということになり、そこをあとにして、しばらくしてからMさん宅に電話して、起きて電話に出るかどうか確認を取りました。 少し酔いが覚めて電話に出てくれたMさんは、『ああ〜すんませ〜ん、すんませ〜ん…』…やれやれ。
このMさん、楽しいお酒なのはいいけど、アルコール依存症で肝臓を悪くし、私はいつもお酒の匂いのプンプンする腕にブスッと肝臓の薬液を注射するのでした。 これって〜何だかなぁ〜アルコールが常に流れてる血管に少しばかり、お薬入れてもなぁ〜と思いつつ、でも、その人らしい生き方というか、晩年は本人が承知してるんなら、体にはいけないとわかってても、ある程度は目をつぶって、できる範囲内の健康管理をしてあげたらいいのかなと思いながら、訪問しています(これが病院なら絶対ダメなんだけど…) これでも、食事時にコップ2杯冷酒を飲んでいたところを1杯には減らしてくれたんですよね〜
『どうせ生きるなら…どうせ同じ生きる一日なら、楽しく仲良く、おもしろおかしく生きな…なっ!』
でも、Mさんのこの言葉、ただの飲んだくれの言い訳めいた言葉かなと思いきや、何度か訪問させてもらううちに、すごく深い意味のある言葉なんだということがわかりました。
Mさんの部屋のタンスの上には、二人の年老いた女性の遺影が立てかけてあります。 聞くと、奥さんのものではなく、どちらの方も一緒に暮らしたことのある友人なんだそうです。 内縁の妻なのかな?と思ったけど、そうでもなく本当に同居人だったそうです。
若い頃は、出来たての船に乗り、テスト航海をする仕事をしていて、1年のほとんどを海の上で過ごしたそうです。 日本で航海したことのない海はないとのこと。 テスト航海というだけあって、常に危険を伴うので、給料は当時にして普通の会社員の3倍は貰っていたとか。 だから当然、家を空けることが多く、家賃を払うのも勿体ないということで、自分が航海でいない間、知り合いの女性に貸していたんだそうです。 Mさんが航海から戻ると、その同居人?(実際は違うけど)は一時的に自分の実家に戻ったりしてたそうです。
初めの頃は、『わしは結婚したことないねん』と言われていましたが、私と打ち解けてくると本当の話をしてくれるようになりました。 『実はな…一度だけ結婚したことあるんや…わしが24歳で、彼女が20歳の時や…交通事故で1歳になる娘と一緒に死んでしまってな… 田舎の道やったからハンドルを切り損ねたんか、崖から転落して… 電話で、その知らせを受けた時は本当に信じられんかった… わしは、そのまま倒れて入院してしもた… 脳を調べても、どこも悪くなくて、精神的なもんやろうということで精神病院にしばらくおった…
それから女を抱けんようになってしもて… まだ若いし、再婚話もたくさんあったけど、病院にもあちこち行ったけど、結局はどうにもならんで結婚は諦めたんや… やっぱり女は結婚するからには子供が欲しいやろ? わしは気持ちはあっても、いざという時には使いもんにならんで、子供をつくってやることもできんかってな、それで諦めた…辛かったで、そりゃ〜わしも男やしな…
でも、もうこの年になったら、女を抱く年でもないし、一生のうちに一度は結婚もしたし、子供もつくったし、もうええかな… どうせ生きるなら…どうせ同じ生きる一日なら、楽しく仲良く、おもしろおかしく生きな…なっ! 人に迷惑かけたり、人と争ったり、そんなことしてたらアカン、おもろない! 言いたいことはハッキリ言ったらいいけど、あとは忘れて、皆と仲良くな、やらななっ、自分が損やしな! みんながみんな、そんな風に生きられたら、この世の中から戦争っちゅうもんもなくなるのになぁ〜』
涙ながらにも、笑みも浮かべながら話してくれるMさん。 そんなMさんを慕っている人はたくさんいます。 近所の住人、デイサービスで行く先の老人たち、介護ヘルパーさん、私もその一人。
そして以前、Mさんが足を悪くして入院してた先で知り合った親子ほど年が離れた同室の患者さん。 この男性は、それ以来、Mさんのことを本当の父親のように慕い続け、戸籍上は他人だけど、親子同然の付き合いをしているとか。 彼には父親がいず、彼本人、障害があり上手くしゃべれないとかあるそうです。 結婚した奥さんは中国人で、あまり日本語も得意じゃないとか。
初め詳しく話を聞くまでは、何か財産目当てか?年金目当てか?と疑いの気持ちも湧きましたが(こんなことは思いたくないけど、独り者のお年よりはよく狙われるので)、聞くところによると、彼は超有名企業の社長で生活には全然困ってないし、本当にMさんのその人柄に惚れ込んで尊敬の念でもって、『お父さんになって下さい』ということになったらしいです。 院長も会ったことがあるそうで、間違いないらしい。 普段のMさんを見ていると、それは頷ける話です。
飲んだくれの独りもんのおっちゃんだったMさんは、おじいちゃんになった今も変わらず、みんなの人気者で、老若男女嫌わず、みんなから慕われ、尊敬され、大事にされ、『こんなおっさん、ほっといたらええのになぁ〜みんななぁ〜ほんまに…』というMさんをよそに、人が集まってきます。
たぶん、Mさんの傍にいるだけで楽しく幸せな気分になるんでしょうね〜♪ 私もMさんから、『ちょっと一緒に一回、酒でも飲もうや!』と誘われてるけど、(え〜っと…これって、ええんかいな?)と思いながら、う〜ん…と悩み中。 患者の健康を守るべき訪問看護師が、患者と一緒に酒飲んでてええんかいな!? うう…酒好きな私を誘惑せんとってぇ〜
2004年12月06日(月)
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