或阿呆の人生
kimko



 今夜タイタニックの夢を見るか?

いよいよ今日が最後。24時間後には帰宅しているはず。
帰ったらバイトと読書と今回の旅行記の清書だな〜

てか100冊絶対無理!これ計算に入れてなかった。なんとか出てる間に10冊は読んだけどさ。

引き続き2015年9月15日の記。
帰りはフェリーだったに違いない、帰りにフェリー乗ったのは1回だけでそこで印象的なことがあること、そしてタイトルからと後は学生時代には北斗星に乗っていないというのが根拠である。そして、フェリーの夜便には乗ったことがない。従って前日は札幌宿泊だったと言える。

テレビ塔に行ってお土産を買っているはずである。3年後はあるところからの記憶が抜け落ちているのと、その頃には土産を買う習慣がなくなっていたからである。

エレベーターに乗ったらエレベーターガールのお姉ちゃんと2人きりになってしまい、非常に気まずかったのが猛烈に記憶に残っている。2人きりだが、お姉ちゃんはテンプレ通りの観光案内をしていたのが…帰りは階段を駆け下りたw

その後は多分苫小牧に直行し、当時バイトしていたチェーン店で新商品を食べたと思われる。半袖の上にジャンパー1枚で外に出て配送されたものを受け取るという仕事をしていたのが今でも記憶にある。

その後、自分も冬に同じようなことをする事になるのだが、おそらくあのジャンパーはどこでも同じものだったのだろう、地元では半袖ポロシャツ1枚の上にあれを着るだけで逆に暑いくらいだった。それなら北海道でもなんとかなる。今や知る由もないがあれはどこの製品だったのか…

さて、フェリーはガラガラであった。と、近くの北杜夫に似た人が手招きをしている。何かと思っていってみると酒の相手であるw
確かにめぼしい人物が近くに自分しかいなかったというのもあるだろうが。相手が持っていた酒をごちそうになり、つまみを食べ、あれこれ話をしただろう。

内容は忘れてしまったけど、1つ「ごみ投げてきて」というのが記憶にある。これが方言で捨ててというのを知ったのは後の話で、その時の自分は投げないと怒られると思ってゴミ箱まで自信のある距離まで近づいて投げて捨てたものだったw

いったいいつお開きになったのか、いつ寝たのかは記憶にないが、下船の時肩を叩かれて「頑張りなさいよ」と言われたのが今でも記憶にある。当時の自分は大学2年と3年の間だった。今はそこから12年プラスなわけで…

その後の記憶は全くないのだが、これで同じ時期に日本の南と北を見てみようという今に至るまで最大の旅行は終わったのだった。

完結まで12年半というのも実に長かったw


2003年03月18日(火)
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