おーのの育児日記

2003年03月30日(日) 花見

心配だったお天気も、本日快晴。暖かい一日でした。
桜は昨日よりもたくさん咲いていて、お弁当もおいしかったし、晃太朗もまあまあいい子にしていたし、なにより楽しかったです。

お花見・カラオケの後、美知子ばあばの実家で法事がありました。
晃太朗はじいじに抱っこされていい子にしていました。
美知子ばあばの父のひいじいじは、集まってくれた近所のかたがたに、まずはひ孫披露をしていました。
晃太朗がいい子にしていてくれる間、私はお茶を出したり、お菓子を詰め合わせたり大忙し。
やっと近所の人たちが帰った後、やっと家族でお経をあげました。
今日の法事は、美知子ばあばの兄、私のおじさんの23回忌でした。
おじちゃんは交通事故で亡くなったのです。私の幼稚園の入園式の日でした。
おじちゃんは結婚もしていなくて、子どももいなかったので、姪の私をとってもかわいがってくれました。
弟は生後半年の時に、おじちゃんが亡くなっているので、顔は覚えていないけど、私はよーく覚えています。
遊びに行くと「ちぃきたか。おかわり(弟のこと)もきたのか」といって、私を膝の上に乗せてくれました。
仕事の関係で、中東に出かけることが多く、今戦争をしているイラクから電話をしてくれたり、民族衣装を買ってきてくれたりしました(着たことないけど)
29歳で亡くなったので、お葬式でみんながわーわー泣いていたのを覚えています。
大人がみんな泣いているので、私はなんだか泣いちゃいけないような気がして、弟を連れて、誰もいない玄関で一人で泣いていました。
まだ赤ちゃんの弟はわけがわかっていなくて、きょとんとしていました。

法事では、ご近所の人や家族でおじちゃんの思い出話をしていました。
普段はあまり思い出すこともないけど、時々こうやって亡くなった人のことを思い出して話すのはいいことなのかもしれません。
とくにおじちゃんみたいに、若くて突然亡くなってしまった人はそうなのかもしれません。
子どもだった私が、1歳児の母になるなんて、空の上のおじちゃんはどんな顔しているのでしょう。

お経をあげている間、晃太朗は私の膝の上でおとなしくしていました。
時々、一緒に「あー、うー」とお経をあげていたので、ひいじいじがニコニコ笑ってみていました。
最後は「まんまちゃー」と手を合わせていたので、びっくりしました。
「晃太朗は賢いなあ、偉いなあ」と褒められ、みんなで座布団を片付けている間、自分も片付けている気分になったのか、仏壇のリンを持ってうろうろしている晃太朗の顔が得意げで、思わず笑みがこぼれました。

夜、やっぱり疲れた晃太朗はお風呂に入っておっぱいなしでぐっすり寝ました。


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